012 例の少年がソルジャーになりました。



 * * * * * * * * *



 受付に判を押された受験票を提出し、エインズは正式に合格を告げられた。職員からソルジャー認定証とソルジャー章を受け取ると、それを大事そうに鞄へと仕舞う。



「ソルジャー認定証とソルジャー章があれば、どこの国にも行くことが出来ます」


「はい!」


「武器防具の所持が認められますが、国や自治体が不届き者と認めた人族の者以外への攻撃はいけません」


「はい!」


「個人で仕事を請けることも可能ですが、ソルジャー協会で発行する『クエスト』であれば難易度別に分けてありますから、最初はクエストをお奨めします」


「はい!」



 エインズはとても嬉しそうに説明を聞きながら、項目の1つ1つに元気よく返事をする。その声は重厚で広いロビーに響き渡る。



「……などがあります。以上で説明は終わりとなります。協会の管理所でいつでも説明した内容は確認できます。何か質問はございますか?」


「はい、あります! 魔王の住んでいる家って、どこにありますか?」


「まおう、魔……えっ?」


「魔王は魔族の一番偉い王様です! 腕輪を貰わなきゃいけないんで、倒しに行くんです!」



 ソルジャーになって僅か数分の者から「魔王討伐」の話が出てくるとは思わず、職員はきょとんとした目でエインズを見つめている。魔王がどんな存在かなど、エインズに説明されなくても分かっていることだ。


 ただエインズの凄まじい身体能力は周知のものとなっている。職員達にもしかすると……と思わせるのには十分だった。



「魔、魔王はお城に住んでいます。この国の北にあるバンナー山脈を越え、ジュナイダ特別自治区に入れば魔王城の情報が入るはずですよ」


「分かりました! 有難う御座います!」



 遠足に行くような風貌に、遠足に行くような軽い返事。魔王違いか? などと首を傾げている者もいる。



「ああ、魔王って強いんだろうなあ。弱くなりたいだけなのに、どうして怖い思いをしなくちゃいけないんだろう」


「わたくしが付いておりますから。さあ、しっかりと準備しなければなりませんね。まずは情報を集めましょう」


「そうだね、魔王ってどんな奴なのか全然知らないし」


「風貌もさることながら、もっと詳細が必要と思いますよ。何が好き、何が嫌い……」


「さっすがチャッキー! 好き嫌いは把握しないとね、嫌いなものを調べなくちゃ」


「お褒めに与り光栄です、エインズ様」



 魔王について調べる際、真っ先に嗜好から調べる馬鹿がどこにいるとツッコミたくなるも、あまりのボケっぷりに、周囲はどう割って入ったらいいのかが分からない。


 エインズにとってはとても真剣で、周囲からはほのぼのでしかない会話がロビーに響き渡る。この町の無骨なソルジャーが集まる中心地で、まるで見学に来た子供のようなエインズたちは明らかに浮いていた。



「エインズ! どうだった?」


「あ、ニーナ! うん、しっかり出来たよ。合格した」



 エインズの声が響き渡っているせいで分かったのだろう、ニーナが大きく手を振りながら駆け寄ってくる。その胸には早速ソルジャー章が着けられている。



「私も! 良かった、これで早速明日からソルジャーの仕事が出来るわね」


「うん! ようやくこれで悲願の達成に一歩踏み出せるよ!」



 その一歩がなんと強烈な事か、多分エインズはちっとも分かっていない。



「ねえ、実を言うと……私、ソルジャーになるって目標はあったんだけど、ソルジャーになってから何をするって具体的に決まってないのよね……これから、その」


「え? あれ? 俺、てっきり手伝って貰えるもんだと思って……」



 エインズは驚きの表情でニーナを見つめる。先程女性面接官に対して向けた眼差しと同じやつだ。



「うっ、眩しい……。いやそうじゃなくて、だから良ければ一緒に行ってもいいかなって言おうとしたところ。なんだかエインズと居ると張ってた気が抜けちゃうわね」


「エインズ様は穏やかでお利口さんなのです。ニーナ様も分かって下さいましたか」


「あ、いや、そういう事が言いたい訳じゃないんだけど……とにかく、明日から一緒にどうかなって」



 ニーナの申し出に、エインズの表情はパァっと明るくなる。



「是非とも! 良かった、魔族とか魔王とか、そんなの1人じゃ立ち向かえないよ! ニーナが来てくれるなら頼もしい!」


「私はむしろエインズがいてくれるなら頼もしいって思ってるわ」


「エインズ様は色々とご不便な事が多いのですが、わたくしだけではお手伝いにも限界がありまして。ニーナ様が一緒だと有難いです。宜しくお願いしますね、ニーナ様」



「頼もしい」のベクトルがそれぞれ違っていても、単語だけは共有できるようだ。



 最強少年とその精霊、そしてこのパーティー唯一の常識人というトリオが結成され、これからきっと武勲が世界中に広まるはずだ。


 魔王を討伐するという夢も、きっと今知れ渡った事だろう。



「……まずいぞ、やっぱり魔王討伐を計画していやがったか! すぐに連絡だ」



 その夢を聞いて慌てる者が数名、足早に管理所から出て行く。


 これからの旅において、一体エインズ達の敵は何なのか……その真実をまだ2人と1は知る由もなかった。



「ねえ、好きな物を調べて、むしろ好きな物で気を取られているうちに倒すってのは?」


「成程、油断させるというのは兵法として確立されたものですよ、名案です」


「ねえエインズ、チャッキー、何を話してるの?」


「魔王の好き嫌いだよ。好きな物でおびき寄せるってのもありかな」


「なんですって? 魔王をおびき寄せるってどういう発想よ、だめ、絶対駄目。周囲を被害に巻き込んじゃうわ」



 ゆっくりと管理所から出て行くエインズ達の背を見つめながら、職員達は願う。


 頼むニーナ・ナナスカ。その少年を上手くコントロールしてくれと。

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