009 例の少年とお受験。p05


 

<ピーーーーッ>



 エインズがいったい何を分かったのか誰にも分からない中、5人の受験者の実技試験は始まった。


 皆がそれぞれ全力疾走をしながら、あるいは1体ずつ立ち止まりながら、両手が半分程しか回らず、背丈ほどもある丸太の木人に攻撃を入れていく。



「破ァァッ!」


「うぉりゃっ!」



 受験者達はきちんと力を入れジグザグに、あるいは一度当てられるだけ直線で走り、ある者は後から戻って残りを片付けるなど、様々な作戦で実力を見せ付ける。


 藁に木刀が当たるたびにパサッと音がしているということは、しっかりと攻撃が当たっているということだ。


 しかし、そんな受験者達の涙ぐましい努力は、殆どが後の映像でしか見られることはなかった。


 その原因は受験者が座っている観客席から一番奥のレーン、つまりエインズのレーンにあった。


 サクッ、スコン……サクッ、スコンと1秒程の間隔で気持ちよく大きな音が鳴り響く。エインズは軽く走るように一歩で木人の間を飛び回り、他の受験者が走り出して4体目に攻撃を入れる頃にはもう殆ど終わっていたのだ。



「なっ……なんだあいつは!?」


「何か足に仕込んでんじゃねえか」


「いやいやよく見ろ!」



 猫を肩に乗せた、普段着の田舎者が見せる、現実離れした曲芸。脚力だけでなく、見れば木刀が当たった部分の分厚い藁は、綺麗に切断されて地面に落ちてこんもりとしている。



「どんな力で振ってやがんだあのガキ……」


「仕掛けがあるに違いない、木刀で藁をザックリ切っていくなんて聞いたことがねえ」



 実際には、斧でも振るったのかと思われるような傷がばっくりと刻まれているのだが、受験者達からはそれが見えない。


 軽快なリズムで文字通り刻まれていく木人と、エインズの動きに気を取られ、試験官ですらまともに担当の受験者を見ていなかった。


 だがそのリズムは16体目で急に止まる。



「あっ……!」



 スコンと鳴るはずの音が鈍く響き渡り、その瞬間木刀が真ん中から折れて宙を舞ったのだ。



「おっと当たる所でした、エインズ様、お怪我は?」


「ごめんチャッキー。当たってないから怪我はないよ。でも……どうしよう、軽く当てていたら案外壊れないから嬉しくて……」



 木人に巻かれた藁がバッサリと刈り取られている事は、壊れているとは看做していないらしい。



「柄の部分だけで続けられますか?」


「でもこんな短いんじゃ殴った方が早いよね」


「木人を攻撃しろというのが試験ですから、木刀を使わなくても良いのではありませんか? さあ、いずれにせよ全てに攻撃を」


「そうか、分かった!」



 エインズは折れた木刀をそっと地面に置き右肘を引いて、それから自分にとっては良く出来た手加減で拳を繰り出す。予想できた結果ではあるが、木人はしっかりと砕かれて吹き飛んだ。



「ああっ、壊しちゃった! でもとりあえず残り3つ!」



 他の受験者や試験官の呆然とした表情は、決して木人を壊したエインズを咎めるようなものではなかった。だがエインズは何か勘違いをしたまま、1つ破壊……いや、攻撃する毎に「ごめんなさい」と口にしている。



 一度立ち止まって攻撃を悩んでいたせいで時間はかかったが、結局30秒前には木人への攻撃を終えたエインズ。その隣のレーンではエインズの人並み外れた速度と攻撃力に調子を乱されたのか、ようやく10体目の木人を攻撃し終えた受験者が駆け抜けていく。



<ピーーーーッ>



 試験終了の合図が鳴り、5レーンそれぞれの受験者が次の順番の者と交代する……が、エインズのレーンはもう使い物にならないだろう。



「き、君! 一体何をしたんだ、木人が滅茶苦茶なんだが……まさか魔法を使ったのか」


「ご、ごめんなさい! 力がうまく抑えられなくて、すぐこうなっちゃうんです……弁償、しなきゃいけませんか?」


「ただ力を込めて木人を殴っただけ、と?」


「い、いえ! 力は込めてません! ちゃんと優しくやりました!」



 こんなに真剣な顔で説得力のない弁解をする者もそうはいない。確かにエインズにとっては力を込めていない事になるが、普通に見れば有り得ない程の力を込めて、全力で木人を壊しにかかったとしか見えない。


 おまけにその速度だ。


 1秒ごとに次から次へと瞬間移動のように飛び回れる脚力は、どんなベテランのソルジャーであっても持ち合わせてはいない。



「あの、失格でしょうか。弁償ですか?」



 自分が怒られるのか怒られないのか、ここでハッキリと言って欲しいなどと訳の分からない覚悟を決めるエインズに対し、他の受験者達は言葉を掛けるのを躊躇っている。


 試験官も、事前情報を持っていたニーナでさえも、凄いと言っていいのか分からない。


 人は自分の常識の範囲内にない出来事に遭遇すると、それを瞬時に把握することが出来ないという。


 まさに今がそうだ。



「と、とりあえず君は元の席に戻りなさい」


「あの……壊しちゃったのは怒られるんでしょうか、弁償しないと駄目でしょうか」



 後方の試験運営の者達は俄かに騒がしくなり、エインズは少なく見積もっても怒られるとしょげていた。彼にとってこれはつまり失敗なのだ。


 しかし試験官はエインズを怒るつもりはなかった。木人は消耗品であり、本物の剣や斧の斬り試しにも使われる。安い物ではないとしても、壊れる事を前提に作られている。


 おまけにとびきり強い人物が現れて、どうしてソルジャー協会が怒るだろうか。むしろ飛び上がって喜び、今すぐに合格を言い渡してもおかしくない。その、この事態にきちんと思考が追いついていればの話だが。



「怒るような事は何もありませんよ、次の組が始まるからスタンドに戻りなさい」


「良かった……有難う御座います!」


「エインズ様はきちんと全てに攻撃を与え、時間内に終わったのですから、きっと合格なさっていますよ。さあ戻りましょう」



 チャッキーを肩に乗せ、エインズは安心したのかようやく笑顔になる。そのまま先に戻っていたニーナのところまで戻ると、ゆっくり椅子に座った。



「どうなるかと思った、なんとかちゃんと出来たよ」


「え、ええ……そうね。その、チャッキーが言っていた事が本当だったからビックリしちゃったわ。力の……加減が苦手って」


「うん、気をつけないとあんな感じになっちゃうんだ。でも壊しても大丈夫なものなんだって。全部思い切りやればよかったかな」


「い、いえ! 物を大事にするのもソルジャーとして大切と思うわ、力を抑えようとした成果をきちんと見てくれるはずよ」

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