008 例の少年とお受験。p04
エインズの全く見当違いな不安をよそに、適性試験はどんどん進んでいく。
走りながら剣を固定するように構え、全ての木人に当てていく者、立ち止まってしっかりと攻撃を入れて行く者、それぞれが出来る事もしくは出来る所までを披露していく。
「普通の木じゃないのかもね。藁が巻かれている上にすっごく硬い、なにか……ザックームの木か何かで出来ているんだ、きっと」
「ザックームの木ですか、確かバルンストックの次に硬く、貴重な木材ですね。村議会の議長台が確かザックーム製だと」
「うん、村長が自慢してたね。国から貰ったらしいけど、買ったら村の畑の収穫全部の税金でも足りないってさ」
「それならば受験者が不安に思うのも当然ですね、壊せば弁償できません」
周囲の受験者がもし試験に余裕を持って臨んでいたとしたら、なんて馬鹿な会話をしているんだろうと笑われた事だろう。
本来は真剣を使って斬り倒す為のものなのに、試験に使う木人如きに貴重で高価なザックームなど使うはずがない。
エインズは素直でいい子で、素質だってしっかりある。資質に置き換えてもいい。
ただ、ちょっとばかり教養が足りていない。平たく言うのは……控えよう。
「ねえチャッキー」
「何でしょうか、ニーナ様」
ニーナはふと気になり、チャッキーにこっそりと話しかけた。
「エインズって、自分だけが怪力なんだと気付いてないのは何故? 幾らなんでも自分でおかしいと思うわよね」
「ニーナ様。この短時間であってもエインズ様の性格をお分かりになりますでしょう? もし自分だけが特別だと知った時どう思うか」
「あまり悩みそうにない気がするんだけど……」
ニーナは率直な意見を述べる。それに対しチャッキーはとんでもないと手でジェスチャーをし、言葉を続けた。
「今までエインズ様はハイハイでご両親を病院送りにし、ボールを何十個も紛失し、色んなものを壊してしまいました。自分が他人と違うと知った時、エインズ様はきっと心を痛めるはずです。お優しい方ですから」
「そりゃあまあ……」
「もし自分が特別だと自覚し、悲しみの底で絶望に辿り着き、自暴自棄になってその力を利用したら誰が止められるのでしょう。皆も強いのだと教え、力を抑える事を学んでいただく事こそ、エインズ様の為なのです」
「ああ、そういうこと。エインズのためというより……完全に人族の存亡をかけた話よね、それって」
<266番から270番、準備の為に会場まで下りて来て下さい>
「あ、ニーナの番」
「い、行ってくる……」
「ニーナ、大丈夫だよ。試験だから、きっと壊しても弁償しろって言われない」
「……何の事?」
謎の応援を受け、ニーナはきっとエインズが不必要な心配をしているのだろうと可笑しくなる。つい今の今まで固く結ばれていた口元は綻び、頬にもきちんと血が通った笑顔を見せる。
ニーナは緊張している事を馬鹿らしく思ったのか、脱力してエインズへと手を振った。
観客席の下の段まで下りて会場へと向かうニーナを目で追いながら、エインズは木人相手に攻撃を喰らわせる受験者達の熱気に負けないよう、「よし」と小さく小さく気合を入れる。
<271番から275番、準備の為に会場まで下りて来て下さい>
「ああ、来ちゃった!」
「エインズ様、先程ニーナ様に大丈夫と言ったのですから。男の子として堂々としていなければ、応援されたニーナ様が不安になります」
「そうか、そうだよね。壊しちゃったら壊しちゃった時だよね。あれだけ皆が攻撃して大丈夫なんだから、きっと凄く頑丈なんだ」
「そうですよエインズ様。これからソルジャーになろうというひよっこが『木人を破壊してしまったらどうしよう』なんて心配をしていたら、思い上がりも甚だしいと嘲われてしまいます」
「そうだね、確かにそう思う。チャッキーがいてくれて本当に心強いよ、自信が湧いてきた」
「わたくしにはそれくらいの事しかできませんから」
エインズとチャッキーの辞書には、フラグという言葉が載っていない。頼りになりそうなチャッキーも、所詮はエインズレベル。ただ口調が丁寧なだけの猫型精霊なのだ。
階段を下り、会場となるグラウンドで受験票を見せたエインズは、ニーナが終わるのを次の組でドキドキして待っていた。
自分のことが分かっていないが故に、母親からきつく言われた「お勉強以外は常に全力の5%で取り組む事!」という忠告はもう完全に頭から抜け落ちていた。
* * * * * * * * *
「ハァ、ハァ……1体斬り足りなかった、悔しい! 攻撃はしっかりと……ハァ、当てたつもりなんだけど」
「すごく丁寧で良かったと思うよ! ちゃんと振りかぶる動作してたし、確実な一撃だったし、きっと合格だよ」
「エインズ頑張って。その……力任せより、ゆっくり確実に当てていく事が大切だと思うわ」
「丁寧にやるってことだね。ニーナを見習うよ、有難う。頑張る!」
頑張っては駄目だと言う訳にもいかず、ニーナは心配そうな表情を浮かべてみせる。それがエインズの成功を願うように映ってしまったのは、後に今大会最大の失敗だったと気づく事だろう。
<271番から275番、位置について下さい>
「いよいよだ……チャッキーはどうする? 待ってる?」
「お供させていただけるようでしたら、このままお連れ下さればと」
「分かった、じゃあ肩に乗って」
大型の猫を肩に乗せて木刀を構える普段着の少年を、周囲の受験者はどう思っただろうか。おそらくあいつ何のつもりだ? と思ったのではないだろうか。
試験をナメている、ナメていないという問題以前の訳の分からなさに、誰もが嘲笑う事も驚く事も出来ず、眉間に少し皺を寄せて首をかしげていた。
エインズが何故そのような状況を作り出しているのかと一生懸命考えた所で、どうせ分かるはずもないのだが。
「みんな壊してないんだから、力加減も点数に入るのかも」
「さじ加減は確かに大事ですね。無駄のない動きはきっと、一流ソルジャーに不可欠でしょう」
「えっ、それって大さじ? 小さじ?」
「エインズ様は男の子ですし、大さじの方がお似合いかと思いますよ」
「分かった、大さじにしよう」
そしてどうやらエインズも、皆が不思議がっている以上に何も意味のある事は考えていないようだった。
「あ、でも自分じゃなくて相手は木人だよね? 俺は大さじでも誰かにあげる場合は……」
<それでは、10秒前……>
「たくさんの方が喜ばれますから、大さじのままで宜しいかと」
「そっか、分かった!」
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