007 例の少年とお受験。p03
「あっはっは! ママにナイフを貸してもらっただってよ! 料理人でも包丁を準備してくるぞ」
「ペットを肩に乗せてナイフを持って、普段着で受験とはな!」
「エメンダってここから馬車で1日のド田舎だろ? どうせ追いはぎにでもやられて装備盗られちまったのさ!」
自分よりも年上の男達に笑われ、エインズはしょんぼりと俯く。見かねたニーナが抗議のために駆け寄ってくるが、警備の職員に速やかに会場へ移動しろと押し戻された。
受付の女性職員は流石にエインズの事が不憫に思えてきて、慰めるように優しく声を掛ける。
「もしかして、装備を盗られたのですか?」
「いえ、その……装備が必要だなんて、知らなくて」
「えっ!? で、では試験の開始まであと1時間ありますから、それまでに買って来られます?」
「いえ、その……そんなお金は持ってきてないんです。装備って高いんですよね? うちの両親が子守の時に着ていた甲冑は、もの凄く高かったって」
「子守で甲冑? 熊でも飼ってるのかしら……。こちらからお貸しする事は出来ませんから、そのままでいいと言うのであれば仕方ありませんが……本当に大丈夫ですか?」
最初の返事の元気良さなどどこへやら、すっかり気落ちしてしまったエインズに、職員は努めて優しく声をかける。
しかし特別扱いをしてあげる事は出来ない。自力で調達する事も叶わないのであればもうこのまま受けさせるしかない。
職員は爪を出してキリッと見つめるチャッキーを見て、最悪ペットの猫も捨て身の攻撃くらいしてくれるだろうと、物騒な希望的観測で受験票を預かった。
「それでは……受付はいたします。危ない、無理だと思ったら棄権して下さい。試験は今年だけじゃありませんから」
「分かりました、有難う御座います……」
ソルジャーに防具が必要なのは常識の範疇だ、盗まれたのが恥ずかしくて言い訳をしたんだ、盗賊に負ける奴がソルジャーになんかなれる訳がない……。
そんな嘲笑う声を背に、エインズは完全に意気消沈して筆記試験の席についた。
エインズがもし平和主義ではなく、暴発癖のある超高性能大型戦艦だったら……そう考えるだけでも恐ろしい。
後に並んでいた男達の愚かなる無知は、エインズの穏やかさと無知に助けられたのだ。
「君、ちょっと! 猫まで連れて入る事は無いだろう。動物は持ち込み禁止だ」
「あ、えっと……チャッキーは猫みたいというか、見た感じ完全に猫なんですけど、俺の精霊です」
「へっ、精霊!? 精霊持ちか!」
警備職員の男は、受験者が300名近く集まるこの会場で一番貧相で弱そうな少年が、この世で限られた精霊持ちであることに必要以上に驚いた。
そんな事言って、本当は猫だろう? と内心思ってもいたが、その猫が机の上に二本足で立ち、深々とお辞儀をした事で疑いを完全に放り投げた。
「お初お目に掛かります、わたくし、エインズ様にチャッキーと名を頂いている精霊です」
「は、はい、あっ……どうぞ、精霊であれば大丈夫です、あっ……し、失礼します!」
警備の男は内心大物が来たと冷や汗を掻きながらその場を後にした。前の席にはニーナがいて、くるっと振り向いて「大丈夫だった?」と訊ねてくる。
エインズは大丈夫だったと笑顔を作ってみせ、緊張で机に力を入れないようにと注意しながら筆記試験の開始を待った。
* * * * * * * * *
ソルジャーとしての規範から各国共通の法律など、多岐に渡る分野から出題される試験を終え、エインズはホッとため息をついていた。
思ったよりも出来たという安堵と、ペンシルを壊さずにきちんと回答が出来たという達成感のためだ。
「エインズ、どうだった? ちゃんと出来た? 私はバッチリ」
「俺も出来たと思う。法律の問題は怪しいところもあったけど……規範とか制度についてはしっかり」
「午後からは実技だけど、私達は受験番号的に結構後の方だから、みんなの試験を眺めながら対策でも考えましょ」
「うん、ここで心配しても仕方ないよね」
エインズとニーナは一緒に実技会場へと向かい、そして会場となる屋外グランドを見下ろせるスタンドの椅子に腰を下ろした。
グラウンドには縦長に5つのコースが作られ、それぞれ20体の藁が巻かれた木人が不規則に立てられている。
試験では、ここで1分間に20体の木人に出来る限り攻撃を入れる。全長100メータ、全幅15メータのコースに置かれた木人全てに、たった1分でしっかりと攻撃を当てるのは、普通の人族であれば難しい。
「こう見ると広いわね……ああ、エインズからすれば一瞬かもしれないけど」
「そうかな、みんな本気でやれば確実だと思う。これは……攻撃を入れるって所が重要なのかな」
「駆け抜けながら剣を当てるだけじゃ、攻撃にならないって判断されそうね。3秒で1体……立ち止まる時間はないわ、振りかぶって攻撃の動作をきちんと見せる……」
剣と言っても、ここで使われるのは白樫の木刀だ。受験者に本物の剣を渡す事は流石に無い。
ニーナが作戦を立てながらブツブツと何かを言っているのを聞き、エインズは無意味な心配を始める。
よく考えると、エインズはそもそも攻撃というものをした事がなかった。
剣の素振りなどもっての他、こうやって他の受験者が試験に臨む姿を見るのも、攻撃とは具体的にどうやるものなのかを知るのすら初めてだ。
「筆記が少し悪くても、実技が良ければ合格の可能性があるらしいから、みんなきっとこの実技に掛けてると思うの。ここで見劣りしたら、逆にソルジャーになるのは厳しくなるわ。でもエインズは大丈夫、問題は私」
「大丈夫だよ、一緒に頑張ろうよ!」
エインズが落ちる事はまずない。チャッキーから聞く限り、あの木人に攻撃を入れるどころか1つ1つ粉砕してしまうことだろう。
だが、ニーナもまた、実際の戦闘を間近で見たことはない。武術道場に通い、映画の中の戦いに憧れるような少女に、試験を腕組みで眺める余裕は無い。
「あれ、あの人最後まで攻撃与えなかった」
「敢えて数を抑え、確実に攻撃する事を選んだのかもしれません。どちらの評価が高いのか見極める必要がありますね」
「さ、作戦なんて無理だよ! どうしようチャッキー」
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