006 例の少年とお受験。p02
「見ろよ、あの田舎者丸出しのガキ。ソルジャーって何か知ってんのか」
「言ってやるな。落ちると分かってる試験のために、装備買うような金はねえんだろ」
「ペット同伴? 本当にあいつ何しに来てるんだ?」
周囲の声が耳に痛い。しかし笑われても仕方が無いような格好で来ているのはエインズの方だ。
そもそも大きな魔族との争いがなく平和な昨今、英雄を目指す者はいない。気楽な傭兵に成り下がったソルジャーは、もはや品性を求められてもいない。
装備は使うものではなく着る物。どれだけカッコイイか、どれだけ高級品か。ソルジャーはその装備を手に入れる為に金を稼いでいるのでは……と思える時すらある。
「そろそろ時間ね。こういうのは真っ先に印象を与えるか、試験の様子をのんびり観察できる最後か、どっちかでいいの。受付を急ぐ必要はないわ」
お喋りをやめて皆が集まっている門の前に移動して並び、ニーナが一言気合を入れた時だった。
「うっ……痛たた……」
エインズのすぐ横にいた青年が急に腹を押さえて蹲った。他の受験者達も何事かと見ているが、もう開場まで間もないためか、どうしたのかと声を掛ける様子が無い。
真横で蹲る男に対し、流石にエインズは知らない振りが出来なかったのか、とうとう「どうしましたか」と声を掛けてしまった。
「は、腹が急に……」
「それは大変! 職員の人の所まで行って、中で休ませてもらいましょう」
エインズは肩を貸しますと言いたかったが、ここでちょっとでも力が入ればこの青年は戦闘不能、病院行きだ。立てますかと優しく声を掛け、まだ閉まっている門の方へと誘導しようとする。だが、青年はそれを断った。
「く、薬さえ飲めば治るんだ、薬がなきゃ治まらない。でも生憎薬は家に……と、取りに帰るからついてきてくれないか」
「え、今からですか?」
エインズは建物の上に取り付けられた時計塔を見上げる。開場まであと5分足らず、受付時間に余裕はあるが、腹痛で歩みの遅い青年と家まで戻る事を考えると間に合わないかもしれない。
「た、頼む……普通に歩けば15分で着く距離なんだ」
「どうしよう……」
「エインズ様、わたくしがこの者に付き添いましょう。エインズ様はどうぞ受付を」
「そ、それは困る! うちのアパートは動物禁止で」
青年は慌ててチャッキーの同行を拒否し、あくまでもエインズがいいのだと主張する。
この状況でいささか図々しい。そんな時、何か怪しいと感じたニーナがエインズと青年の間に割って入り、仁王立ちで青年を見下ろした。
「ねえ、あなた何でこの猫ちゃんが喋る事に驚かないのかしら」
「そ、それは……さっき会話が聞こえたので」
「私達あっちに居て今ここに並んだの。チャッキーはここに並んでから喋っていないわ」
「そんな事は……うっ、腹が」
カーンカーンと乾いた鐘の音が塔から鳴り響き、試験会場となる協会の扉が開く。青年は焦ったような表情でニーナの後ろにいるエインズを見つめるが、エインズも何故チャッキーの事を知っているのか不審に思っていた。
「も、もしかして人攫い……俺、騙されて人攫いに遭うところだったの!?」
「きっとそうに違いないわ。エインズが精霊持ちだからって、ずっと狙っていたんだわ! 誰か! この人誘拐犯です!」
「そ、そんな言いがかり……」
「いいこと? ソルジャーになろうともいう人が、お腹が痛いからついて来てって……その時点で失格。絶対そんな事この場で言うはず無いもの。誰か! 人攫いがいます!」
男は腹痛に呻いていた時よりも顔色が悪く、おどおどしている。終いにはすくっと立ち上がり、そしてクソッと捨て台詞を吐いて走り去って行った。
「ほら、お腹が痛いなんて嘘だった! エインズ、あなた田舎者だと思われて騙されないようにしてよね」
「う、うん……有難う」
走り去った男が見えなくなるまで背中を目で追っていたエインズは、ニーナに感謝をしつつ受付を目指す。
先着順ではないのに、案内の職員などそっちのけで、真っ先に受付に群がる受験者たち。その様子に圧倒されながら、戦車……いややはりここは超高性能大型戦艦にしておこう。その無自覚で純粋な人間戦艦は最後尾に並ぶ。
ところで先程の男は一体何者だったのか。
「ハァ、ハァ……ああ失敗だ! ああもう、大尉から怒られるだけじゃ済まないよなあ……」
青年は路地裏に入った後で走るのをやめ、肩を落として立ち止まる。そしてその鞄の中から通信用の機械を1つ取り出し、誰かに連絡を取り始めた。
「……ジョージ大尉、ジョージ大尉、応答願います」
「……はい、どうぞ」
「こちらアマン少尉であります。任務ですが……邪魔者が入り失敗しました……」
「何だと? くっ……次なる手段を考えなければならん、すぐに宿まで戻って来い! ああ、国際連合のお偉い様への報告をどう誤魔化そう」
* * * * * * * * *
「それではニーナ・ナナスカさん、270番の席へ。次の方……」
ソルジャー試験の受験会場。そこには最善を尽くす為に無骨な鎧や大きな武器を揃えた者達が集まっている。長机に4つの受付が設けられていたが、もう並んでいるのは残り10名ほどだ。
次の方、つまり271番目の受験者に対し受付を始めた女性職員の表情は、あからさまに「なんだこいつ」と言いたげだった。
「……どうしようチャッキー、この職員さん絶対俺のことなんだこいつって思ってる」
「エインズ様、心配は要りません。前評判が高過ぎるよりは低い方が有利ですよ。少しの成功も大きく見えますから、これはチャンスですね」
チャッキーの、よくよく聞けば何のフォローにもなっていない慰めに頷きながら、エインズは深呼吸をしてふわふわのチャッキーを少しばかり撫でて、元気に自己紹介をした。
「エメンダ村のエインズ・ガディアックです!」
「……あ~、その、今日はソルジャー試験を?」
「そ、そうです!」
「失礼ですが装備はどうされたのですか?」
「ちゃんとあります、母にナイフを貸してもらいました!」
自信満々でカウンターに小さなナイフを置くエインズに、職員は「こいつ大丈夫か」と不安そうだ。エインズの後ろに並んでいた数名はとうとう笑い出した。
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