005 例の少年とお受験。p01

 

 力の加減とは何なのか、ニーナはまた首を傾げた。


 普通の人の5%の力など、赤ちゃんとアームレスリングで引き分けるレベルだ。いっそ赤子に手を捻り返されるかもしれない。


 捉え方次第では、「本気を出すまでもなく勝てる」という意味で受け止められてもおかしくない発言だ。


 しかしながらエインズ本人の顔には、はっきりと「不安だ、落ちるかもしれない」という深刻そうな色が浮かび上がっている。


 チャッキーはエインズがどういう人物なのか、今のうちに伝えておくべきだと考えた。ピョンっとエインズの肩から飛び降り、ニーナの足を肉球でポンポンと叩いた。



「あっ……その、ニーナ様。少しお話があるのですが」



 チャッキーは、まずエインズの理解者と味方を増やそうと思った。ニーナに向かって頭をぺこりと下げて挨拶し、どれ程にエインズが規格外の少年なのかを説明した。


 跳べば天井を突き破り、物を普通に掴めば砕け、投げれば見えなくなり、走れば恐らくチーターにも勝る。


 それを1つ1つ、当時の様子なども交えながら丁寧に教えていく様子は、まるで献身的な「じいや」が語るエインズの成長記録のようだ。



「成程、さっきの握手は紳士的なんじゃなくて、私の手を握りつぶさないようにってことだったのね。納得したわ」



 これは大変な少年と出会ってしまったと、ニーナは少し戸惑って苦笑いのような笑みを作っている。が、同時に彼女はこの少年を敵に回す、もしくはただの同業者にしておくのは、自分にとって圧倒的に不利益だとも思っていた。


 何をやっても絶対に勝てない。本当に話の通りであれば、エインズよりも強い人族など今まで見聞きした事も無い。



「恥ずかしいんだけど、俺は皆みたいに普通の生活を送れるようなコントロールが苦手なんだ。チャッキーが言ったみたいに、色々『失敗』ばかりで」


「……なんですって? 失敗?」


「うん、ちょっとっていう加減が出来なくて……。ペンシルを握りつぶさないようにしていたら、文字書くのが遅くて勉強にならないし」



 そう言ってエインズは、筆圧に気をつけるだけでいいという、特注の合金製ペンシルを見せる。



「え、あの……別にみんな、加減をしている訳じゃ無いのよ? ペンシルは握りつぶせないし」



 ニーナはようやく、エインズが「自分は普通だけど、力の加減が苦手なだけ」だと思い込んでいる事に気が付いた。ニーナが普通に握手したのは力の加減が上手いからだと、エインズはそう思っていたということだ。



「ニーナは知らない? 魔王がすっごいお宝を持ってるって話」


「えっ、お宝? まあ魔王ともなれば、何かしら持ってるんじゃないかしら」


「俺、聞いちゃったんだ。力が弱くなる腕輪があるって。それを魔王から手に入れられたら……俺も一人前になれると思うんだ!」


「あれ、それって……俗に言う呪いじゃないかしら」


「この際倒せなくてもいい、何とかしてその腕輪だけでも手に入れたいんだ!」



 エインズの固く、そして志が中途半端な決意に対し、ニーナは苦笑いしか出来ない。


 一体この少年が全力で戦えば、どんな事になってしまうのか。


 いや、果たして戦わせて良いのだろうかと、おせっかいにも心配になってくる。このままだと悪気のない凶悪犯……いや、歩く装甲車まっしぐらだ。


 ニーナとしては、本気になったエインズがどれ程の力を発揮できるのか、見てみたい気もする。ただ、不用意に実力を出させて大参事になった時、この目を輝かせた若者が失意の底に落ち、自暴自棄になって世界を敵に回す可能性だってある。


 魔王側に付き、打倒ソルジャーなど掲げられたらたまったものではない。この試験をどうにかして無事に終えさせ、かつ合格させなければならない。



「魔王を相手にするなんて無謀だと思うけど……エインズなら出来そうな所が恐ろしいわ」


「そうかな? 俺は力が上手く操れないだけで、本気を出されたらきっとここにいる皆にだって敵わないよ。チャッキー、俺ってこんなナイフだけで実技試験受かるかな」


「エインズ様、心配は無用でございます。日頃努力している『ちょっとの力でやる』を披露すれば良いのです」


「でも、試験要領には『本気で』『全力で』って書いてあるよ、ほら」



 エインズは、試験会場の前に貼りだされた試験要領を読みながら確認する。確かにそこには全力、本気という言葉があり、どんな武器でもOKと、「ちょっと」とは真逆の文が連なっている。


 特に実技試験は1分間で20体ある木人の出来る限り多くに攻撃を入れる、得意な技を1つ披露する……など、全力であればある程良いような書き方だ。流石にチャッキーはそれを違うとは言う事が出来ない。


 そもそもソルジャーは強ければ強いほど良いのであって、試験に全力で挑んではいけないなどと忠告するべきものでもないはずだ。少なくともエインズ以外に対しては。



「そうですね……。という事は『5%の力でやる』というのは、あくまでも生活の中だけの約束かもしれません」


「そうだよね、やっぱりちゃんとやらなくちゃ駄目だよね。手を抜いているって思われたら印象悪いもん」


「ええ。エインズ様がソルジャーに相応しいという所を、試験官や他の受験者に見せ付けて差し上げましょう」


「筆記試験もある……どんな問題なのかなあ、計算とか歴史とかは苦手なんだけど……」


「このチャッキーが保証いたします。エインズ様より強く賢い者などこの中にはおりませんよ! お勉強も熱心に取り組まれていた事、わたくしが誰よりも理解しておりますから」



 エインズの肩に乗ったまま立派な尻尾を揺らしているチャッキーに、エインズは有難うと声をかけてそっと撫でる。もうエインズは全力で試験に取り組むという方針を固めたようだ。


 いくら親から実力の5%で取り組めと言われていても、試験は真剣勝負、落ちれば本末転倒。悲願の達成に不可欠なソルジャーの試験に落ちる訳にはいかない。


 そんな意気込むエインズの周囲では、同じソルジャー試験の受験者達がエインズの姿を見てクスクスと笑っている。


 装備らしい装備を身につけず風貌は普段着、そんな貧相な若者がこの場にいれば、場違いだと思われるのは当然だ。

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