004 例の少年、少女と出会う。



「エインズ様を傷つけるとは、なかなかやりますね。街では油断されませんよう」


 

 肩を叩いて気づいて貰うにも、加減を間違えたなら肩を脱臼させるだけで済まない。怪我をさせたとして捕まってしまえば、ソルジャーになる道は絶たれる。


 キョロキョロしながら歩き、もしも曲がり角で食パンをくわえた遅刻しそうな女子学生とぶつかれば、相手は吹き飛び、エインズの夢も吹き飛ぶ。


 人通りの多い中、道を知らない迷子の戦車がフラフラするのは危険だ。


 これで駄目だったらどこかの屋根伝いにでも走ろうかと思い、もう一度大き目の声で「ソルジャーの試験会場を知りませんか?」と言った時、エインズの背後から女の子の声が聞こえてきた。



「どうかしましたか?」


「あ、えっと……ソルジャーの試験会場に向かいたいんですけど、場所が分からなくて」


「ソルジャー? ああ、あなたもソルジャー志願者なのね!  実は私もなの。会場の位置なら分かるから一緒に行きましょ?」



 少女はプレートよりは布が多く使われた白い軽鎧けいがいを着ていて、白金のロングヘアーをセンターで分け、色白の小顔にはくりくりとした大粒の瞳。


 田舎の素朴な子供達も愛らしいが、都会にはお洒落というものがある。


 可愛い見た目の割に声は少し低めだろうか、ニーナは落ち着いているその声と共ににっこりと笑った。



「え、いいんですか? 良かった、ありがとう。俺はエインズ。エインズ・ガディアックです」


「私はニーナ・ナナスカよ。ニーナって呼んで? じゃあ行きましょ、エインズ。胸に抱いてる猫ちゃんは君の猫?」


「うん、名前はチャッキー」



 エインズは突然現れた美少女に照れながら、思わず差し出された手を握り返しそうになって、慌てて指の動きを止める。



「握手の仕方が紳士なのね。さり気ない気遣い有難う」


「え? あ、うん。手を握ると大変だからね」



 何を言っているんだろうこの子は……初心うぶなのかと、ニーナは不思議そうに首をかしげて歩き出す。


 エインズはその後についてはぐれず、かつ誰ともぶつからないように神経を尖らせているようだ。その様子も田舎者丸出しのように映る。


 意外と距離があるようで、停留所の2区画先のメインストリートを北に歩き出してから30分、それから大きな通りを東に曲がって1区画。


 これでは正確に停車場で降りていたとしても、エインズが1人で辿り着けるとは思えない。



「エインズ様、他の方にぶつからないようお気をつけて、相手の方が死んでしまいます……おっと」


「肩に乗る?」


「宜しいのですか? 実はわたくしも少し周囲を見たいなと思っておりまして」



 エインズはチャッキーを肩に乗せる。大型の猫なので普通の人であれば重たくて無理かもしれないが、エインズにとっては小鳥とチャッキーの重さの違いなど僅差だ。


 精霊であるチャッキーは猫の見た目、猫と同じ手触りなのだが、エインズに傷つけられる事はなかった。


 話し相手になってくれるだけでなく、抱いてよし、撫でてよし、エインズが唯一加減をせずに触れる存在なのだ。


 しかしながらいつも通りにチャッキーと喋ると、知らない者は当然驚く。目の前を歩くニーナもそうだ。



「ねえ、もしかして猫ちゃんと喋ってる?」


「あー……うん。チャッキーは俺の精霊なんだ」


「精霊持ちなの!? 凄い、私初めて出逢ったわ!」


「申し遅れました、わたくしチャッキーという名を頂いております。最初に名乗るべきかと思ったのですが、わたくしも都会は初めてでして、気後れしてしまいました」


「宜しくね、チャッキー」



 振り返ってチャッキーを撫でるニーナに、エインズの方が照れている。女の子に対するつかみとして、共通の目的、紳士的な態度、それに可愛いペットは鉄板だ。


 しかし残念ながら、エインズはそこでニーナを可愛いと褒めて、おだてるような器量が無い。



「都会の女の子って凄いよな、こんなに人が多くても真っ直ぐ歩けるんだから」



 そうではない、もっと褒める所があるだろうと言ってやりたい。


  こんな時にはきっと、言動だけは紳士的なチャッキーが的確にアドバイスをし、ニーナが喜びそうな事をやってくれる……などと思ったら大間違いだ。


 隣にいるチャッキーもまた、ニーナ様にはそのような才能があるのかもしれませんねなどと真顔で答えているから、もう救いようが無い。


 エインズ自身はなかなか整った顔をしているくせに無自覚だ。


 だが無自覚なくせに優しくしたり、気の利いたことを言えたりするからモテるのだ。フラグを引っこ抜かずにすべて見送る田舎者に、都会の女の子はそう簡単にはときめかない。


 この1人と1匹が、出会いをチャンスだと思うような日は来るのだろうか。





 * * * * * * * * *





 レンガとモルタルで塗り固められた大きな赤い建物、大きな入口にはポーチが付き、上には見張りの塔。


 そんな周囲よりも一層頑丈そうに見えるのが試験会場となるソルジャー協会だ。


 そのようやく辿り着いた試験会場の前には、多くの受験者が集まっていた。


 まるで一流ソルジャーのような防具を揃えた者、屈強そうな肉体を隠しもせずに仁王立ちする大男、皆いかにも意気込み溢れる装いだ。ニーナの装備も決して安くは無く、かつデザインも上品で明らかな自信が窺える。


 それに対し、エインズは普通の白い無地の半袖シャツに、普通の茶色い作業ズボン、おまけに普通の黒い農作業靴。防具と呼べるようなものを全く身に着けていない。


 それどころか武器となるものも刃渡り20セータ(センチメータの略。100セータ=1メータ、単位:cm)程の家庭用量産ナイフだけだ。


 重ねて言うが、エインズは自分が強いとは微塵も思っていない。力の制御が下手なのだと思い込んでいる。



「みんな強そうだね、受からなかったら村の皆になんて言おう」


「見かけだけの人もいるんだし、気にしちゃ駄目。筆記試験か実技試験、どちらかで合格すればいいんだから、思いっきり実力を発揮するだけよ」


「思いっきり……でも、何事も実力の5%で取り組む事って、家できつく言われているんだ。俺はみんなみたいに、力の加減を上手くできないから」


「え?」

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