003 例の少年、迷子になる。

 

 エインズは走ったらすぐに着くのにと文句を言いながら馬車に乗り込んだ。もちろん慎重に。


 彼の手はチャッキーをしっかりと抱え、分厚く、握るのが困難な手袋がはめられている。


 商人を含んだ馬車の隊列は、休憩や1晩の野宿を挟み、50キロメータの距離を移動する。エインズからすれば、何故そんなにゆっくりと移動しているのかと思える速度だ。


  彼は、周りの人は自分の能力を上手く出しきれていないだけ、もしくは抑えているだけと思っている。


 軽めに1時間も走れば余裕で着くのに、なぜ丸1日かけるのか。荷物が多すぎるせいなのかなどと、見当違いな事を真面目に思っていた。



「ソルジャーの皆さんが戦えば、カッコイイんだろうなあ」


「そうですね。魔物が現れない事が何よりですが、見てみたい気もしますね」


「魔物とか魔族とか、本当に現れたら怖くて仕方がないよ」



 今時、風が草原を撫でポカポカ陽気で眠くなるような、こんな長閑な場所に魔族は現れない。が、魔物は現れる。


 人族を好んで襲う魔物からキャラバンを守るソルジャーも、リラックスしながら手には剣を構えていた。


 エインズはまだ魔族や魔物を見た事がない。ソルジャーが武器を扱う様子も見学した事がない。


 そんなものを見せて幼いうちから憧れられ、棒切れでも振り回されたら……。



「ソルジャー、なりたいなあ。見た目だけでもカッコ良くなりたい」


「魔王も怯える程勇ましい装備がいいですね。きっとお似合いです」



 魔王はもう怯えているのだが……。エインズは世の中のソルジャーより、丸腰の自分の方が強い事を知らない。


 尊敬するソルジャーと同じ馬車に揺られている事に感動しているエインズは、後にソルジャーから「例の少年」と呼ばれるようになる事も、当然まだ知らない。


 弱くなる為にソルジャーを目指す。


 そんな大騒動の火種、例えるなら自走式の最強兵器はもう間もなく、街を訪れようとしていた。





 * * * * * * * * *





「うわぁ……なんだこれ」



 田舎者の描く都会はとても単純だ。


 高い建物が沢山あり、人がとても多く、店が道端に沢山立ち並んでいる。


 道は当然石畳で、木造の平屋など視界に入ることが無い。


 馬車が行き交い、商人が荷物を、時々ソルジャーが武器を背負って歩く。


 それがエインズの描く都会だ。


 そしてそれは今まさに、目の前に広がる光景だった。


 馬車の停車場で降ろされたエインズは、村で貰った手書きの地図を見ながら辺りを見回す。が、勿論分かるはずがない。


 手元の地図は、馬車から降りる場所と、ソルジャー試験会場の位置関係のみが点と線で繋がれただけの簡素なもので、距離も分からなければ、1本道なのかも分からない。



「どうしよう。俺、1歩も動いてないのに迷子だよ」



 15歳にもなって、初めての町で馬車を降りた瞬間から迷子だなんて知られたら、ソルジャーになってもならなくても絶対に馬鹿にされる。


 何か案内板が無いかとキョロキョロしても、案内マップのようなものは一切ない。


 懐中時計を取り出して確認すると、試験の受付開始時間まではあと2時間。やみくもに歩けば間に合わない。


 しかし間に合わないからと走れば、「絶対に守る事」を条件に送り出してくれた親との約束を破る事になる。



「降車の場所をお間違えになったのかもしれませんね」


「こんなに建物がいっぱいだなんて思ってもいなかったよ。畑も家畜も見当たらないけど、食べ物はどうするんだろう」


「都会は凄い所だと聞きますからね。建物の中に畑や畜舎があるのかもしれません」



 田舎者過ぎてどうせ何も分からないという事を差し引いた所で、この全く分からない状況も実は仕組まれたものがあった。


 試験の願書を受け付けてしまった以上、試験を受けさせない訳にはいかない。そもそもソルジャー協会は、魔族との協定など全く知らない。


 エインズの合格を阻止したい国の意向など知るはずもなく、協会側としては強い少年がソルジャーになるというのなら、それはもう大歓迎なのだ。


 そこで、役人はなんとか邪魔が出来ないかと考えた結果、市内の案内板を撤去、今日だけ馬車の停車場も2区画ずらしていたのだ。


 もっとも、手持ちの地図があまりにも雑だったために、馬車の停車場を動かした事に何の意味も無かったのだが。



「建物の中か……。そうすれば野菜泥棒や家畜泥棒からも、大雨や台風からも守れるね。やっぱり都会の人は賢いね」


「お芋や小麦、お肉が食べられないなんて大変ですからね」


「魚はどうするんだろう、どこかに川があるのかな」


「それはやっぱり……川も建物の中にあるのではないでしょうか?」


「あ、俺もそう思った。都会の川は大雨の日も安心だね」



 国王付の役人は、今こそこの世間知らずな迷子に接触するべきだ。何故ソルジャーになりたいのか、その質問1つで解決、めでたしめでたし。


 弱くなりたいと言われたなら、きっと全力で応援していたことだろう。


 なんなら今すぐにでも呪いの腕輪を魔王から受け取り、エインズにプレゼントしたかもしれない。



「何も始まってないのに終わった……チャッキー、どうしよう。試験会場はどこ? 俺終わっちゃったよ」


「その辺の方に、試験会場の場所をお尋ねになっては如何でしょうか」


「わ、分かった。えっと、あの、すみません」



 皆、エインズの方を見ようともせず、全く反応が無い。楽しそうにおしゃべりをしているか、早足で歩いているか……聞こえないはずはないのに無視しているようだ。


 都会の人間は冷たいぞと脅してきた父親に対し、「都会人は育ちがいいからそんなはずはない、脅さないでよ! あははは」と馬鹿のように笑った昨日の自分を、エインズはグーパンチしたい気分だった。



「すみません、あの……ねえチャッキー、みんな耳が悪いのかな、それとも無視かな」


「人々は自分達のお喋りの声が聞こえているのですから、耳が悪いわけではなさそうですね」


「あ、やっぱり無視の方? 凄く傷つく……」


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