第4話 最強の兄妹

 ――王都 ユニガン――

三度目のユニガンには多くの人が集まっていた。セレナ海岸での騒ぎを聞いたのだろうか、参加者以外にも観衆が増えている。一、二度目と異なるのは、ギルドナとアルテナはフードを外し、本来の姿で街中を歩いていることである。中には彼らの姿を見て驚愕する市民もいたが、あからさまな敵意を向ける人間はいなかった。役者がミグランス城門前に揃う――コンテストのフィナーレが始まった。


「……こほん。場所を変えましたので

 最初に コンテストの振り返りをさせていただきます。

 第3回を迎える本コンテストは

 最強で! 最愛で! 最高な! 兄弟を決めるコンテストです!

 最強部門は アルドさんが勝利を収めました!

 残念ながら 最愛部門の途中で トラブルに見舞われてしまいましたが……

 我々はぜひとも コンテストの覇者を 歴史の1ページに刻むべく

 結果発表を行いたいと思いますッ!

 ではあらためまして 第3回兄妹コンテストの優勝者は…………」


そこで、司会者が一度言葉を切った。先刻とは異なり、心地良い緊張が走る。しかし、あの場を見ていた者なら誰しもがわかる。優勝を飾る兄妹の名は――。


「……アルドさん フィーネさん兄妹!!!」


「ありがとう。いろいろあったけど 優勝できてうれしいよ。

 よかったな フィーネ!」


「うん! やったね お兄ちゃん!」


「おめでとうございます! お二人に盛大な拍手をー!

 ……そして! もう一組…………」


司会者は魔獣の二人を指し示した。


「ギルドナさん アルテナさん兄妹の ダブル優勝ということでッ!!」


「……えッ!? わ 私たちも!?」


「ええ。参加資格は……

 兄妹であること ただ一点のみ ですからね」


観衆は当然気が付いていた。すべて同じに見えた異種族の彼らの中にも個性があることに――。そして、人々は気が付いていた。――二人の魔獣は家族であることに。兄妹であることに。


「ふ……。酔狂だな。……しかし アルド」


ギルドナはにやりと笑った。


「……ん?」


この場にそぐわない禍々しいつるぎを抜く。


「……!?」


「お前も剣を抜け アルド」


ギルドナは何でもないことのように戦闘態勢に入った。脅威のない街中でなぜ武器を持つのか、アルドは狼狽した。


「どうしたんだ ギルドナ……!?」


「まだ 最高部門とやらが 残っているのではないか?」


「確かに……そうだけど……」


「では 我々のうち どちらが最高かを決めるのが 道理ではないか?

 最高が二人とは 示しがつかないだろう?」


ようやくアルドはギルドナの意図を汲み取った。彼はかつて雌雄を決した相手と手合わせをしたいのだ。共に旅をするようになってから久しく一対一の戦闘は行っていない。


「はは なるほど!

 そういうことなら オレだって手加減はしないからな!」


アルドも剣を抜いた。大剣ではなく通常の武器を構えた。手加減とはあくまでもユニガンという街の中心で戦うことを踏まえた上での手加減である。


「……行くぞ!」


ギルドナの合図で二人が地面を蹴る。まるで剣の舞踏会のように、まるで何かをお祝いする催し物のように、交わった刃から火花が散った。


「……これは! どうしたことでしょう!?

 最強の兄が……最強の兄二人が 互いの誇りにかけて

 そして 妹への勝利を誓って 剣を振るっています!」


司会者も饒舌に実況をしている。会場の後方では、呆れたため息が聞こえた。


「……まったく。男の子って こういうところあるわよね」


「なんだか 二人とも楽しそう!」


「拙者も体が疼くでござるよ」


「録画はお任せクダサイ」


仲間は止める様子もなく、暖かい目で見守っていた。二人が市民の迷惑になるようなことはしないとわかっている。おそらく、魔獣の襲撃によってコンテストが恐怖の記憶に塗り替えられないようにとの願いなのだろう。もしかしたら、ただ手合わせがしたいだけなのかもしれないとアルテナが言うと、あながち間違っていないかもとフィーネが答えた。


「どっちが勝つかな……?」


「フィーネには悪いけど 兄さんだと思うわ」


「えー!? お兄ちゃんだって強いよ?」


「いいえ。ギルドナ兄さんよ!」


「アルドお兄ちゃん!」


「ギルドナ兄さん!」


「…………」


「…………」


刃ではなく瞳で二人が火花を散らしている。見つめ合うこと数秒後、耐えきれなくなった二人はついに吹き出した。


「……ぷっ あははは!」


「ふふふ」


「どっちが勝っても 恨みっこなしよ?」


「そうだね!」


妹の視線は兄へと注がれる。


「いいぞー魔獣の兄ちゃん!」


「やれやれー! アルドの兄貴も負けるな―!」


観客の声援はいつの間にか街中から聞こえていた。


「これじゃ 兄妹コンテストじゃなくて 武闘コンテストね」


ヘレナが零した言葉に仲間たちが頷く。――漸く、決着がつこうとしていた。


「ふ……ちょっとはやるようだな。

 ならばこれはどうだ……! くらえ……!!」


ギルドナが大きく振りかぶった。


「やるな……! でも言ったろ? 手加減しないって……!

 これで終わりだッ……!!」


アルドは身を翻し剣先を躱すと、ギルドナの懐に潜り込んだ。


「なにッ……!?」


ギルドナの頬を掠る数ミリのところで、アルドの刃が止まっている。――正に勝負ありだった。


「……また 腕を上げたな」


「ギルドナもな!」


互いに剣とつるぎを鞘に収めた。アルドとギルドナが歩み寄る。


「……なんとーー! 互いの健闘を称え、人間と魔獣が握手を交わしています!

 我々は本日 いったいいくつの軌跡を 目撃すればよいのでしょうか!?

 歴史に残る 名勝負を披露してくれた二人に盛大なる拍手を!」


「よかったぞ 二人とも!」


「いいものを見せてもらったよ」


司会者が、観客が、仲間が、彼らを称えた。


「……そして何といっても この方なしに コンテストは語り尽くせません!

 まるで 天使のように 我々に語りかけてくれたフィーネさんに

 ぜひぜひッ 祝福の拍手を!」


「わわッ!」


「思わず聞き入っちまったよ」


「私も 自分の胸に手を当てしまったわ」


「可愛い上に 心も清らかだなんて……」


「結婚してくれー!」


「俺の嫁ーッ!」


「えっと……えっと そんな……!」


人々から掛けられる賛美の嵐に、少女は顔を赤らめた。


「それでは! これにて 第3回兄妹コンテスト 閉幕ー!」


すでに喉が枯れかけている司会者の感涙と、どこから持ってきたのかフィーネへの求婚という花束と、最後にして最大の拍手と、そして割れんばかりの歓声が第3回兄妹コンテストの幕を下ろした――。


閉会式の片付けも終わり市民も帰路に就いた頃、未だ余韻が残るユニガンの中心地で、アルテナがフィーネを呼んだ。


「ありがとう フィーネ。

 あなたの言葉 とても嬉しかった」


「さっき 何回も聞いたよ?」


「だって 言い足りないんだもの」


「もう……。それに わたしは当たり前のことを言っただけだよ」


「当たり前だと思える その気持ちにありがとうって伝えさせて?」


「アルテナ……」


「ふふふ。それに 私たちまでこうやって参加できたんだもの。

 兄さん コンテストのこと絶対気になってたから 満足したんじゃないかしら」


「アルドお兄ちゃんも 喜んでたよ!」


「お互い 最強の兄を持って 大変ね」


「ふふ。そうだね!」


妹たちの会話は兄たちには聞こえていない。早々にユニガンを発つ準備をしている兄の一人が呼ぶ。


「おーい。フィーネ 行くぞー」


その横にいたもう一人の兄も振り返った。


「アルテナ 早く来ないと 置いてゆくぞ」


「「はーい」」


妹たちは声を揃えて自慢の兄の背中を追いかける。


人間の少女は心の中で唱えた。

――あの時、わたしを助けてくれてありがとう。


魔獣の少女は心の中で唱えた。

――あの時、私に呼びかけてくれてありがとう。


少女たちは心の中で唱えた。

――あの時、月が照らすあの森で、貴方に出会えて良かった。


これは旅の途中で起きた小さな寄り道――。冒険者たちの旅路には、小さくて、暖かくて、時の欠片のような寄り道がたくさんある。欠片はいつしか地面を造り、崖を削り、海を割るのだ。そして、それらはやがて結晶となる。時空を超えて世界を救う物語は、彼らが集めた結晶の輝きなのかもしれない。少年は冒険の続きを描くため歩む――微かに、チリンと鈴の音が鳴った。

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