第3話 最愛の妹

 ――セレナ海岸――

王都 ユニガンと港町 リンデを結ぶセレナ海岸は隆起した岩が並ぶ海沿いの道だ。北には砂浜に浮かぶ小島が見え、東西には海へ繋がる川が流れている。ユニガンを出て数歩もすれば、磯の香りが漂うだろう。港町からは、活気溢れる男たちと海鳥の鳴き声、さらには船の汽笛と波の音という四重奏がセレナ海岸を抜ける歩を早める。――兄妹コンテスト第二部はここセレナ海岸にて、川魚が水の中で跳ねる音と共に開幕した。


「さて! 最愛部門 最初はバルオキー出身

 フィーネさんにアピールしてもらいやす!

 先程 観客をトリコにした アルドさんの妹さんです!

 期待が高まりますねー それでは どうぞッ!!」


「ええ! わたしが最初!?」


名前を呼ばれた少女は緊張した面持ちで前に進み出た。


「えっと……あの……。バルオキーから来ました フィーネです!

 わたしは料理が好きで お兄ちゃんにもよく作るんですけど

 今日は 得意なサンドイッチと 東方で覚えたおにぎりのお弁当を作りました!」


震える手で、自らが作ったお弁当の蓋を開ける。


「料理ねー……」


「料理は 得意な子 多いからな」


「俺だってそこそこできるしなあ」


「……おや。会場の反応は普通だ!

 これは意表を突かないかー?」


「あの……! ふつうのお弁当じゃ……」


フィーネの声に重なるように、観客の中にいた子供たちが声を上げる。


「あー! カエルさんだー!」


「むむッ!? 拙者でござるか!?」


「おべんとうに カエルさんがいるー!」


東方由来の握り飯――おにぎりが緑色に着色されていた。大きな丸が一つ、小さな丸が大きな丸の上に二つ乗っている。二つの小さな丸いおにぎりには、まるで目のように模様が描かれていた。緑色の着色は、バルオキー周辺で獲れた山菜をご飯に混ぜているようだ。目の模様は黄色の下地に黒色の瞳が施されているというこだわりを感じる。黄色は鶏の卵、黒色はリンデ産の海苔を使っており、細かくて難しかったのだとフィーネは言う。


「カエル……とは握り飯のことでござったか……!

 しかしよく見ると……あの顔立ち……どことなく拙者に似ているような……」


「うん! サイラスさんだよ!」


「やはり……! ほう……まこと器用なものでござるな」


「あはは しゃべるカエルさんだー! 似てるねー!」


すると、先程とは別の子供が弁当の中身を指差した。


「ネコさんもいるよー!」


サイラスおにぎりの横には、ほんのり黒く着色されたパンが敷き詰められていた。香ばしい匂いから察するに、黒色の正体は黒ゴマなのだろう。焼きたての小麦の香りも相まって、見る人の食欲をそそった。目には月影の森で獲れたアボカドをペースト上にしたソースを乗せ、とんがった耳にはハナブクという豚から作れる生ハムを使用しているとフィーネは説明した。


「黒い体に、緑の目、ピンクの耳がある猫……。

 もしかして……ヴァルヲか!?」


アルドの横で、正解だにゃーとでも言うように本猫が鳴いた。


「うん! ほんとうのヴァルヲはもっと黒くてツヤツヤなんだけど

 サンドイッチじゃ これが精一杯で……。

 具はいつも使ってる 野菜と卵と バルオキーカマスの特性ソースだよ!」


「すごいじゃないか! そっくりだ」


「まだあってね……! こっちは自信作なの! ふふふ なんと……お兄ちゃん!」


「えッ!?」


フィーネはじゃーんという効果音付きでお弁当箱の下段を開けた。


「これは! ただのお弁当じゃないぞー!」


司会者もただの料理ではないことに気が付いたのか、実況に熱が入る。


「ちょっと待って! アルドの隣 わたしじゃない!?」


「合成人間まで再現できるのね」


「ワタシのキューティクルボディとツインテールが 見事に 表現されてイマス!

 ワタシがお見せシタ データの活用方法は コレだったノデスネ」


仲間たちの顔がハムや海苔、卵といった食材で見事に再現されていた。どの顔が誰であるか、一目瞭然である。似顔絵であってもここまで描けるかは難しいだろう。フィーネの指には、包丁で切ってしまったのか、小さな傷ができていた。


「うん。どれも よくできてるぞ」


「…………ねーねー こっちのおかおは だあれー?」


何気ない質問。


「それはね ギルドナさんとアルテナなんだ」


何気ない返事。


「ふーん。なんで おかおが青色なのー?」


何気ない色の違い。


「肌の色が人とはちょっと違うんだ……でも わたしの大切な仲間だよ」


何気ない仲間という言葉。


「……あれは 魔獣じゃないか?」


ある者にとってそれは――異端の証明になる。男性の言葉を皮切りに、人々に混乱と誹謗が伝播した。


「青い皮膚に あのツノ……。

 間違いない。魔獣の特徴だ。

 あの子は今 仲間と言ったぞ……」


「魔獣が仲間ですって……!?」


「じゃあ あの子も 人間じゃないのかもしれないわ」


「あのッ……!」


フィーネが言うより早く、アルドが庇うように前に出た。


「聞いてほしい! 確かに二人は魔獣だけど……

 フィーネの言うとおり オレたちの大事な仲間なんだ!」


「…………」


「………………」


少年の演説は空しく響いた。そして残酷にも――負の連鎖は旅人たちを絡め獲る。


「きゃぁぁーーー!」


「いやあぁぁーーー!」


悲鳴は左右の観客たちから同時に上がった。


「魔獣だー! 魔獣が来たぞー!」


ユニガン方向から三体の魔獣兵士、リンデ方向からもう三体の魔獣女戦士が近づく。


「大変だ……!

 みんな! 早くここから離れるんだ!」


幸いにも北側から魔獣がやって来る気配はない。アルドはみんなを安全な道へ誘導しながら人の波をかき分け、魔獣と人間の間に飛び出た。


「ここはオレたちに任せてくれ!」


剣を構える。――まずは東から来た魔獣兵士を一体薙ぎ払った。もう一体も一振りで退治する。西にいた魔獣女戦士はエイミとサイラスが応戦していた。


「くッ……! 数が多くて キリがない……!」


そのとき、アルドの視界の端に最悪が映った。逃げ遅れた子供と――子供に飛びかかる魔獣が映った。


「そっちは 危ないッ!?」


しかし、最悪はすぐに最善へと代わる。アルドの瞳は湾曲した漆黒の刃を映した。――次の瞬間には、魔獣兵士は一掃されていた。


「無事か? ここは危険だ。早く立ち去れ」


子供は駆け出した。怪我をしている様子はない。


「……アルド 何をもたもたしている」


つるぎを振った勢いのまま、顔を覆っていたフードが外れた。


「ギルドナ……!」


青い肌、鋭い爪――紛れもなく襲ってきた魔獣と同じ姿をしている。むしろ、赤い角や風格はそれ以上の禍々しさを与えた。同じ姿をした獣が人間を助けたという事実が人々に動揺をもたらす。


「魔獣が……人間を助けてくれた?」


「いったい どうなっているんだ……?」


「フィーネ! 大丈夫?」


そこへ、もう一人の魔獣が駆け寄る。結わえれたキャロット・オレンジの髪がなびいた。彼女の頭にも立派な角が生えている。


「アルテナ! わたしは平気だよ」


「……ギルドナ アルテナ フィーネ 力を貸してくれ!」


「ふん……しょうがない」


「もちろんよ!」


二人の人間と二人の魔獣が並ぶ。性別も種族も違う冒険者たちが武器を構えた。ギルドナの斬撃が先制を告げる。すぐさまアルテナによる精霊の力を帯びた武舞が続いた。


「フィーネ!」


「アルテナ!」


二人が顔を見合わせる。


「「天使の唄」」


魔獣たちの攻撃から身を護るようにアルドとギルドナが優しい光に包まれた。アルドは腰に携えた大剣を抜く。ギルドナの持つ絶望のつるぎと刃が交差した。


「最後は譲ってやる。……行け アルド!」


「ああ!」


赤と青の筋が入った大剣――オーガベインを大きく振りかぶる。叩き下ろした瞬間、剣先から放たれた青白い衝撃破が地面を削った。爆風が大地の草花を揺らし、砂埃と砂利が舞い散った。――数秒、静寂が訪れる。雄叫びも悲鳴も刃を交える音もしない。――辺りにいた魔獣はすべて消えていた。


「ふぅ……。なんとか倒せたか

 ありがとう みんな!」


岩陰に隠れていた司会者がそっと顔を覗かせ安全を確認すると、恐る恐る声を出した。


「…………みなさま! 一部始終をご覧いただきましたか!?

 信じられません……!

 我々は今 人間と魔獣が協力して闘う姿を 目撃いたしました!」


他の観客たちも落ち着きを取り戻し始めた。アルドは剣を収め、聞いてくれないかと一人一人の顔を見渡す。


「……魔獣の中には 今みたいに 人間を襲ってくる悪いやつだっている。

 でも さっき子供を助けたのだって 種族で言ったら 同じ魔獣なんだ。

 ……確かに ミグランス城を襲ったのは 紛れもなく魔獣だ」


「…………」


ギルドナは何も言わなかった。ただ仲間の言葉を信じて、続きを待った。


「それはいけないことで 悪だと オレも思う。

 でも……一括りにしないでほしいんだ。

 人間だって同じじゃないのか……? 悪いやつと 良いやつがいる。

 それに 悪いやつが ずっと悪いままなんてこともない。

 自分の罪を認めて 改心することだってある。

 ……魔獣だからって すべてを悪だと 決めつけてしまうのは嫌なんだ」


「みなさん……聞いてください!」


フィーネがアルドの言葉に続く。


「人間も魔獣もいっしょです!

 おいしいものを食べたら笑顔になるし ケガをしたら痛いって感じるし

 ……ひとりぼっちはさみしいです。

 それに 魔獣も人間と同じように 家族がいて 大切な仲間がいます」


フィーネは両手を胸に当てた。


「…………こんなにも暖かい気持ちに 種族の違いはあるのかな……?」


「……………………」


「……………………」


沈黙を破ったのは、先程ギルドナが助けた子供だった。


「……ボクたちといっしょじゃん!!

 ボクも ケガしたら痛くて涙でるんだ。

 あ! おとこの子だから ガマンするけどね!」


「あたしも おいしいものだーいすき!

 おねえちゃんが作った おべんとう すごくおいしそうだった!」


男の子の妹と思われる少女が言った。


「ふふ。ありがとう。

 ……みなさんも どうか 考えてみてください」


フィーネはもう一度問う。


「おいしいと思う嬉しさ 痛いと思う辛さ さみしいと思う切なさ……。

 ここにいるみんなが感じるその気持ちに 違いはありますか?」


「……………………」


長く、重い空気は。


「…………そうだな」


やがて、雪解けのように溶けていく。


「……違いは……ない……かもしれないな」


「ああ……」


「……今すぐに 変わることは難しいかもしれない……。

 でも 俺たちと同じ部分があることは ちゃんとわかるよ」


子供はギルドナに近づいた。怖がっている様子はなかった。


「あの……さっきは 助けてくれてありがとう」


「よい。礼を言われるようなことはしていない」


「私からもお礼を言わせてください。

 息子を助けてくださって 本当にありがとうございました……!」


子供の隣で、母親も頭を下げた。


「偶然 近くにいただけだ」


「兄さんったら……素直じゃないんだから」


アルテナはギルドナの天邪鬼ぶりに笑った。しっかりと見ていたのだ。兄が駆け出した後ろ姿を――いつもは澄ましている顔が焦りと驚きに変わった瞬間を。しかし、妹は兄の尊厳を護るため、黙っておくことにした。ギルドナと子供のやり取り、そしてアルテナの微笑みは、大人たちの不安と恐怖と敵意を鎮めるには充分だった。


「えー トラブルにも見舞われてしまいましたが……

 コンテストの総合優勝者を ぜひとも発表したいと思います!」


「まだやるのか!?」


あっけにとられるアルドを余所に、司会者は嬉々として続けた。


「もちろんですともッ! 歴史に残るコンテストになりましたからね。

 記録を残しておかないわけにはいきません!」


「ここは危険だ。続きは 安全な場所で行う方が賢明だろう」


「ギルドナの言う通りだ。

 ここは魔獣だけじゃなくて 魔物も出るかもしれない。

 一度 ユニガンに戻らないか?」


「そうですね……。では発表は 開会式を行ったミグランス城門前で行います。

 私は先に行って 皆様をお待ちしておりますね」 

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