第2話 最強の兄
――曙光都市 エルジオン――
現代のミグレイナ大陸を海と表すなら、未来のミグレイナ大陸は空と表現できる。アルドの時代から約800年後の時代、汚染された大地から撤退を余儀なくされた人間は、空という居住区画を手に入れた。曙光都市 エルジオンはまさに人間が空に築き上げた大都市である。至るところに掲げられた光る案内版や空気と電気の力を利用した乗り物は、発展した科学という知識の元に誕生した人間の資産とも言えるだろう。そして、リィカやエイミ、ヘレナと出会ったこの時代のこの都市には、忘れてはいけない主要人物がエルジオン・ガンマ区画の鍛冶屋イシャール堂にいる。アルドは炎に包まれた漢の似顔絵が描かれた看板を見つけ、重い鉄骨扉を開けた。
「アルドの心当たり……って 父さん!?」
続いて扉をくぐったこの店の看板娘がすっ頓狂な声を上げた。
「なんでい? エイミか。どうした 親父特性 握り飯でも食いたくなったか?」
「ち 違うわよ!」
愛娘の帰宅を軽口で迎えたこの人物こそ、アルドの探し人である。前置きなく、すぐさま本題に入る。
「用があるのはオレなんだ。親父さん いきなりなんだけど
強さを証明できるものって 何だと思う?」
「強さ? 藪から棒になんでい。
そりゃあ 強いヤツは ハガネより硬い拳を持つ漢に決まってらあ」
「なるほど……。エイミくらいの拳が必要ってことか……」
「ちょっと!! いくらなんでも ハガネよりは硬くないわよ!」
真剣に悩みだしたアルドに、自称 可憐な少女代表としてエイミは反論する。
「ご ごめん。強いって意味だったんだけど……」
「ふん! だったらそう言ってよね!」
「ウワッハッハ! お前たちは変わらねえな!
まあ……よくわからねえが ちょうどいいところに来てくれたぜ」
父親の顔を見て、何か大事なことがあるのだと、娘は瞬時に理解した。
「どうかしたの?」
「実は……
武器の刃に使う フローガナイトっつー鉱石が ちょっくら足りなくてな……」
「フローガナイト……?」
聞きなれない素材名に、アルドとエイミは顔を見合わせた。
「ああ。普通のものより何十倍もかてえ鉱石だ。
だから これを使うと 刃こぼれが減るんだが……。
合成人間に 巨大時震……。また 何が起こっても不思議じゃねえ。
いつも誰かが助けてくれるのを 待ってちゃならねえんだ。
自分たちの身は自分で守らねえと。
だから 手始めに 武器を強くしようと思ってな。
そこで目につけたのが 頑丈だっつー 鉱石 フローガナイトだ。
でもこの辺じゃ そんな貴重な鉱石 めったに取れねえ……。
マグマが噴き出るような 暑い場所にあるんだが
お前たち 知らねえか?」
「マグマか……。場所に心当たりがある。
取ってくるから 少し待っててくれ」
「本当か! 来てもらって早々に悪いな……。
鉱石の目印は 濃い青色だから すぐにわかるはずだ」
「まったく 人遣いが荒いんだから!」
「悪い悪い」
そう言いながらも、親子の間に険悪な雰囲気はない。むしろ、未来を見据え皆の役に立とうとする父親のために、エイミは喜んで協力する娘だった。イシャール堂を出たエイミは、当然のように古代の地名を口にする。
「マグマと言えば ナダラ火山ね」
「ああ 親父さんのためにも ナダラ火山に鉱石を探しに行こう」
未来で貴重な素材であっても、時代が変われば希少価値は異なることが多い。これまでの冒険で経験したことの一つだ。時の旅人たちは、今度は過去へと時代を遡る――。
――ヴァシュー山岳――
アルドがいるバルオキーを現代として起点にすると、エイミがいたエルジオンが未来、そしてサイラスがいた時代が古代である。古代のミグレイナ大陸では、精霊の加護が強く働き、自然がそのままの形で残っている場所が多い。その最たるものが大陸の北東にそびえ立つ火山と言える。
「いつ来ても 沼が棲み処だった拙者には 耐え難い暑さでござるな……」
ナダラ火山麓のヴァシュー山岳に近づくだけで、火山灰と熱風が来訪者を襲う。噴火口から離れていても、体から汗が流れ落ちた。
「魔物も出るし 気を付けて進もう」
――ナダラ火山――
アルドたちはヴァシュー山岳を抜け、ナダラ火山入口付近を捜索した。
「確か フローガナイトは 濃い青色をしているって 言ってたよな」
「見当たらないわね」
「こちらも それらしき 鉱石はないでござる」
辺り一面マグマが放つ赤、赤、赤で覆われた視界の中に、青は一筋も見えない。
「もっと 山の奥にあるのかもしれない。山頂まで登ろう」
灼熱の炎が湧き上がる地面を進み、岩で塞がれた道を砕き進むと、ナダラ火山の頂が見えてくる。開けた一帯に到着した彼らは、今一度鉱石を探した。
「……! あれかもしれないぞ!」
声を上げたのはアルドだった。視線の先には、炎の海の傍らで一層濃く見える青色の塊がある。
「濃い青色の鉱石……。これだな!
……よし これくらい持って行けば 大丈夫だろ」
目当ての素材を持ち、アルドが立ち上がったそのとき――。
「ギャーーーッ!!」
「何だ!?」
雄叫びを上げながら現れたのは、全身が紅蓮に包まれた魔物――ヘルハウンドだった。通常種よりも遥かに大きい。燃え盛る獣は侵入者を見据え、臨戦態勢に入っている。
「しまった! ここはこいつの縄張りだったのか!」
「拙者たちは 探し物をしていただけでござる!
と弁明しても 伝わらないでござろうな……」
「来るわよ! 構えて!」
――エイミの声を合図に、戦闘が開始された。幾多の強敵を倒した冒険者たちにとって、ヘルハウンドを退けることは容易だ。それでも、研ぎ澄まされた炎の爪は厄介だった。
「竜神斬ッ!」
「円空自在流・蒼破ッ!」
アルドとサイラスの技によって、ヘルハウンドが退散して行く。アルドは先程手に入れたフローガナイトを確かめ、割れていないことに安堵した。
「また魔物に見つかる前に ザオルの親父さんのところに戻ろう」
――曙光都市 エルジオン――
エルジオンのイシャール堂では、ザオルが待っていた。アルドはすぐさま依頼品を渡す。
「この鉱石で合ってるか?」
職人の目になったザオルは、鉱石の硬さ、純度、大きさを確かめ、深く頷く。
「ああ! 間違いねえ。フローガナイトだ。
ツヤもいいし ヒビ割れもねえ。完璧だ!」
「よかったよ」
「よし! これで 上物の武器が造れる!
いつもお前たちには 世話になってばかりだな。恩に着る」
「いいんだ。オレたちにできることなら なんでも協力するよ」
そうだ、とザオルはアルドを真正面から見据えた。
「……さっき 言い忘れたことがある」
「……?」
「さっき 俺は 強さはハガネより硬い拳だって言ったろ?
単純な力比べなら そうかもしんねえ。
……でも そうじゃねえよな」
親父は自分の息子とも思える少年に言葉を送る。
「何度もこの世界の危機を救った お前たちこそが
本物の強さ ってことだとだと 俺は思う。
武器や力じゃない。仲間たちとの絆の強さってヤツさ。
お前たちに関わったヤツなら みんなこう言うはずだ。
……お前たちは 最強だってな!」
最強とは何か。最強とは誰を指すのか。最強とは――。その一つの答えが少年の胸に落ちてきた。
「……! そうか……。ありがとう親父さん」
「……たまにはいいこと言うじゃない親父」
「一言余計だ」
暫くの間、笑いが溢れた。しかし――大切なことを忘れている。ここに来た理由と、迫り来る開始時刻を忘れている。思い出したのは、当の本人だった。
「……あ! しまったッ! 開会式まで時間がない!
親父さん また近くに来たら寄るよ」
「あん? 俺の用事は もう済んだのか?」
「それは大丈夫だ!
たった今 大事なものをもらったからさ」
「そうか。じゃあ またな。行って来い!」
快活な見送りが旅人の背中を押した。エルジオンを出た先――エアポートではもう一人の仲間が待っていた。
「その様子じゃ 用事は済んだようね。合成鬼竜が待ってるわ。
ユニガンまで急ぐのでしょう?」
「ヘレナ! ありがとう。よし 次元戦艦の甲板に急ごう」
――次元戦艦 甲板――
アルドたちには空をも味方にできる頼もしい仲間がいる。その名を合成鬼竜と言い、合成人間同様、未来の技術で造られた艦である。空を泳ぐ戦艦は、大陸を、そして時空を移動することができる。雲より高い甲板にて、合成鬼竜が乗組員を待っていた。アルドが行く先を伝えると、鋼鉄の鎧でできた艦長が答える。
「ユニガンまでだな。承知した。出発しよう。
航時目標地点 座標AD300
王都 ユニガン ミグランス城 西門前!」
――王都 ユニガン――
数回の時空移動を遂げ、アルドとフィーネはミグランス城門前へと駆け込む。二人が最後の到着者のようだった。司会者は出演者の人数を確認し、声を張り上げる。
「ではこれで みなさんそろいやしたね!
……それでは! 最強で! 最愛で! 最高な!
兄弟を決める 第3回兄弟コンテスト 開幕ーー!」
「おー!」
「わーー!」
「ひゅー!!」
――観客の口笛と喝采がコンテストの開始を告げた。
「さぁ! 最強部門トップバッターは リンデ出身 兄は港の漁師だ!」
ユニガンよりさらに東にある港町 リンデからやってきた海の男は、自身の背丈よりも大きな魚を掲げた。自らが釣った幻の巨大魚だと言う。その後、ユニガン出身の衛兵、砂漠の村から駆けつけた男性、炭鉱が有名な村からやってきた小さな男の子と続く。会場が歓声で満たされる中――ついに、アルドの番が回ってきた。
「さぁ これで 最後の出場者です!
バルオキー出身 アルドさん! 最強の証をどうぞッ!!」
「頑張って! お兄ちゃん!」
視線がアルドに集まる。
「オレの強さは……!」
そう言って、指し示した――会場の後ろで見守っていた仲間たちを――。
「え……!?」
「何でござるか!?」
「視線が……」
「注目されてイマス」
エイミ、サイラス、ヘレナ、リィカと順に、困惑の声が上がる。観客に向けて、仲間に向けて、アルドは静かに語った。
「オレの強さは みんながいるからなんだ。
オレ一人じゃ ここまで来れなかった。
だから 強さって言うなら 仲間を紹介したいなって……」
これは先刻、マグマよりも熱い漢からもらった言葉――。心のどこかでは気が付いていたけれど、誰かに言われるまで口に出すことを忘れていた、紛れもない事実。
『何度もこの世界の危機を救った お前たちこそが
本物の強さ ってことじゃねえか?
武器や力じゃない。仲間たちとの絆の強さってヤツさ』
「あらためて言わせてほしい」
一呼吸置く。少年は笑った。
「みんな! いつも ありがとう!」
いつも――その言葉に、仲間たちの記憶が蘇る。歩いて、戦って、探して、救って、そしてまた歩いた記憶と追憶。
「お兄ちゃん……」
妹は魔獣に攫われた過去を。そして、時空を超えて助け出してくれた兄の姿を。
「アルドったら……」
少女は合成人間との戦いを。そして、敵同士の関係すら超えてしまう可能性を。
「アルドさん キザデス」
アンドロイドは時空を超えた神秘を。そして、データに収まりきらない旅の記録を。
「アルドらしいわね」
合成人間は人間への期待を。そして、尊敬する同志の夢を。
「照れるでござるな」
侍は手合わせした感触を。そして、古から続く呪いの解放への兆しを。
「ふ……」
もちろん、上空にいた艦も思い出していた。墜ちていく機体と、それを支えた小さな仲間を。
「おっとー! これは粋な展開だー!」
旅人たちの友情に、司会者も聴衆も賛同する。
「そういうの 嫌いじゃねえぞ!」
「なんだか カッコいいッ!」
「ステキーッ!」
「若いっていいねえ!」
司会者は場の盛り上がりを確認し、異論のない結果を発表した。
「最強部門の勝者は…………満場一致でアルドさんに決まりました!」
「おめでとう お兄ちゃん!」
「おめでとうアルド」
「ははは ありがとう」
称賛の雨は止まらない。
「……でも」
しかし少年は決して驕らない。
「オレ自身が強いわけじゃないから 本当にいいのかなって思うよ」
「強いというのは……」
「え……?」
「強いというのは 心と体それぞれに備わって
はじめて そうだと言えるものじゃないかしら」
アルドの傍にいた婆が返事をした。拍手の音にかき消されてしまったのか、アルドは婆の口元へ耳を寄せる。今度は鮮明に聞き取ることができた。
「貴方は仲間が強いことを知っている。貴方は自分が弱いことを知っている。
それは 間違いなく貴方が強いことの証明よ。おめでとう」
「お婆さん……ありがとう」
徐々に拍手が鳴り止んでいく。アルドの顔に浮かんでいた謙遜の色はなくなっていた。
「では! 次は ワタクシこそ可愛いということを アピールしてもらいます。
準備ができたら セレナ海岸へ移動してください!」
「次はフィーネの番か」
「うん! 実はさっき リィカさんに手伝ってもらって
やってみたいことができたの!」
「リィカに……? なにをするんだ?」
「ふふ まだひみつだよ!
あ! ヴァルヲはどこかな?」
旅人にはお供の動物がいることが多い――この物語ではそれは猫である。アルドたちの冒険において、猫は時に重要な使命を持っている。今まさに、フィーネが出場する最愛部門にも欠かせない存在であるようだ。しかし、いつもすぐ傍を翔けるヴァルヲが今は見当たらない。
「あれ……? さっきまで いっしょだったんだけど……。
もしかしたら どこか散歩に行ったのかもしれないな。
カレク湿原を通りながら 探してみよう」
「そうだね!」
――カレク湿原――
兄妹はユニガン西門を出て、カレク湿原へ向かった。薄い霧がかかってはいるが、進む分には視界に問題はない。
「ヴァルヲー。どこー?」
カレク湿原を西に進んで行くと、探し猫はすぐに見つかった。バルオキーとユニガンの中央――水辺に浮いた大きな葉の前で、毛並みが艶やかな猫が丸くなっている。ダークグレーのしっぽがゆらゆらと揺れていた。
「あ! いたいた ヴァルヲ!」
ヴァルヲは地面に置かれた餌をついばんでいた。フィーネが近づくと、飼い主の匂いに気が付いたのか、顔を上げてにゃーんと鳴いた。
「……これは 煮干し……? 誰かからもらったの?
おいしい? でも あんまり 拾い食いはしちゃダメだよ」
ヴァルヲはもう一度鳴き、またも餌をついばんだ。もしかしたら、慣れた人間からもらったのかもしれない。猫たちは人間が寝ている間に旅をしているという噂がある。その際にもらったことがあるのか、もしかして仲間の誰かが餌の持ち主なのか、それとも……。そんなことは知る由もないフィーネは、ちょっとごめんねと言ってヴァルヲの顔を覗き込んだ。
「コンテストに必要だから ヴァルヲのお顔 ちゃんと見せてね。
わあ ヴァルヲの体は柔らかくて すべすべだね!」
その手触りに思わず体全体を撫でていると、別の場所を探していたアルドがフィーネを呼んだ。
「フィーネ ヴァルヲは見つかったか?」
「うん! ここにいたよ!」
ほら、とヴァルヲを抱き上げる。
「よかった。じゃあ セレナ海岸に戻ろうか」
束の間の一匹旅に別れを告げ、猫は主たちに付き添い冒険の続きへと戻るのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます