最強で 最愛で 最高な

雪水だいふく

第1話 兄妹の帰郷

 ――緑の村 バルオキー――

ミグレイナ大陸北西部に位置するバルオキーは、物語の始まりの地であり、物語の中間地点でもある。お人好しで、少しだけ寝坊助で、猫に好かれる、そんな普通の少年が、家族を――ひいては世界を――時空を救う旅の第一幕はこの緑の村から紡がれた。とある冒険の最中、少年は旅立ちの時とは比べものにならない沢山の仲間と共に、束の間の休息を求めて帰郷していた。


「行ってくるよ じいちゃん」


ダークブラウンの短髪の少年が階段を下りながら言う。コバルト・ブルーのポロシャツの上には、クリムゾンレッドの生地にゴールドプレートの装飾が付いたポールドロンを纏っている。足元は険しい山道も歩きやすい丈夫なハイカットのトレッキングブーツだ。そして、一際目を引くのは腰に携えた大剣である。人語を操ることもできる大剣は、一度抜けば時を止める力をも持つ異能の武器と化す。もちろんのどかな故郷のど真ん中で使用するはずもなく、今は少年の腰で眠りについている。


「偶に帰ってきたと思うたのに 忙しないのう」


立派な顎髭と口髭を蓄えた老爺が名残惜しそうに見送った。


「じいちゃんと村の様子を 見に来ただけだからさ。

 変わりなくて安心したよ」


少年はお日様の光をたっぷり吸い込んだ寝具に改めて別れを告げる。冒険の行く先々で利用する宿の中には、故郷のものよりも絢爛な造りの寝床が備わっている施設もある。しかし、たとえ継ぎ接ぎの目立つ毛布だとしても、体を横たえる際に多少きしんだとしても、使い慣れたものが一番だった。長旅に必要不可欠な睡眠を享受した少年は、同じように質の良い休息を取ったと見える妹と並ぶ。


「アルド フィーネ」


二人の育ての親でもありバルオキーの村長でもある老爺が家族の名を呼んだ。血の繋がりはなくても、大切な孫たちに変わりはない。


「気をつけて 帰っておいで」


「うん! おじいちゃん 行ってきます!」


少女の羽織るヴァイオレットカラーのマントが軽やかになびいた。扉に手をかけようとしたところで、村長は何かを思い出したように呼び止めた。


「ああそうじゃ 村の掲示板に面白そうな貼り紙があったのう。

 村を出る前に 読んでみるとよい」


「わかった」


――少年と少女は扉を開ける。微かに、チリンと鈴の音が鳴った。空にはゆっくりと雲が流れている。旅立ちには最適な穏やかな日だ。


「行きましょう 二人とも」


髪を三房ほど顔の横で結んだ、気の強そうな少女が言った。目のやり場に困ってしまうようなトップスから伸びる腹筋は程良く引き締まっている。


「出発デス」


大きな鉄製のツインテールを揺らしながら、アンドロイドの少女が機械音を発した。体全体がピンク色という発光色のため、陽の光と相まって目に眩しい。


「何度訪れても バルオキーは 居心地がいいでござるなぁ」


二足歩行のカエルがゲコゲコと喉を鳴らした。藍染の袴に付いた下緒には刀が結ばれ、東方の侍の風貌である。


「そうね。つい長居してしまうわ」


数センチ宙に浮いた、これまた機械仕掛けの女性が続いた。合成人間と呼ばれているが、心は人間の女性そのものである。


左から順に、エイミ、リィカ、サイラス、ヘレナと、少年は仲間の名を呼んだ。奇妙な、それでいて、どこか歯車が噛み合うような旅の一行は、村の出口を目指して東に進む。村の住民は口々に「帰って来てたのか」「必要な装備があれば寄ってくれ」「また村長と手合わせしてやれよ」「この前は屋根の修理ありがとな」「次はいつ帰ってくるんだ」などと声を掛けた。奇異な仲間たちがこの村に受け入れられている証拠だった。


「お兄ちゃん お兄ちゃん!

 おじいちゃんが言ってたのって これかな?」


レンガ造りの家々が途切れ、針葉樹が連なる村の東口で、妹が何かを見つけて走り出した。後を追い、少年は書かれた掲題を読み上げる。


「ん……? 兄妹コンテスト?」


内容はこう続いていた。


「我こそは 大陸一番の兄だと思う そこの貴方

 我こそは 大陸一番の妹だと思う そこの貴方

 出場資格は 兄と妹である ただ一点のみ!

 ユニガンにて 皆様のご参加をお待ちしております」


「なんだか 面白そうだね!」


声が弾んでいる。妹の言いたいことはお見通しだった。


「フィーネ 出たいのか?」


「えっ!? えっと……でも……」


消え入りそうな声で、自分の気持ちを押し込める。


「いいんじゃない」


「うむ。拙者も異論ないでござるよ」


「アルドさんと フィーネさん 出場資格は満たしておりマス」


しかし、仲間が仲間の願いを否定する訳がない。


「……旅の途中なのに いいのかな?」


「たまには休息を取らないと いざと言う時 本気を出せないものよ」


「ヘレナの言う通りだ。それに こういうものに参加できるのも

 旅をしているからだろ? いっしょに出よう フィーネ!」


最後に背中を押した兄の言葉が決め手となり、少女は笑顔を見せた。


「お兄ちゃん! みんなも ありがとう!」


そうと決まれば、と緑の侍がゲコッと行く先を復唱した。


「場所はユニガンでござったな」


「カレク湿原を越えれば スグデス」


ツインテールが回転する。方向は村のさらに東を指し示していた。バルオキーの東口から抜けると、霧が体にまとわりつく湿地帯――カレク湿原である。


「よし さっそくユニガンに向かおう」


一行が掲示板から離れた後、フードを目深に被った影が、先程まで彼らがいた場所へ近づいた。


「兄妹コンテスト……」


そこへ、もう一人、フードを被った影が後ろから声を掛ける。


「どうかしたの?」


「いや。……何でもない」


緩やかな風が流れた。四大精霊が踊る疾風とは言い難い、しかし軽い布切れを翻すには充分な風だった。フードに隠された素肌が一瞬覗く。人間よりも青く、人間よりも筋肉質な、人間とは違う肌だ。少年たちのように素顔を晒して歩くことは躊躇われるのだろう。機械でもなく、動物でもない、異種族を総べ玉座に君臨していた王――。


「……ギルドナ兄さん?」


かつては魔獣王と呼ばれていた、もう一人の仲間が物珍しそうに文字を追っていた。



 ――王都 ユニガン――

ミグレイナ大陸最大の都市ユニガンは、王のお膝元である。何といっても、王都中央にそびえ立つミグランス城は高さ広さ共に大陸最高を誇る。この建物を見上げるためだけだとしても、ユニガンを訪れる価値はあるだろう。先の魔獣進行の爪痕が残る城内は、未だ瓦礫や焦げ跡が目に留まるが、それでも一歩ずつ着実に復興の兆しを見せていた。その大戦で英雄となったものこそアルドたちだが、物語の主人公を知らない市民がいても不思議ではない。それ程までに、進行軍の首謀者である魔獣王が彼らと行動を共にするまで要した幾ばくかの月日は、皆の記憶を段々と風化させたのだ。――故に、王都に着いた彼らは、市民に囲まれることもひそひそ噂話をされることもなく、広大な敷地内を談笑しながら進んでいた。そんな中で素朴な疑問を口にしたのはエイミである。


「そういえば 一番って どうやって決めるの?」


「お料理と お裁縫なら わたし頑張れるよ!」


「一番と言うカラには 光沢のあるボディと 麗しきアイ

 クビれた腰から流れるヒップラインを 審査するのでショウカ?」


ボディのところでギィギィと体を揺らし、アイのところで目元を赤く光らせ、ヒップラインのところでお得意のツインテール回転が始まる。


「わわっ わたしの体 どうやったら光るかなあ?」


「KMS社制パイパーライトサイリウムの 装着を オススメしマス!

 オオヨソ 6つあれば充分デス ノデッ!」


本人たちはいたって真面目である。話題を提供したエイミは話の収束をどうするか悩み、口を開きかけ、やはり放っておいた方が吉であると口をつぐんだ。しかし心の中では、「眩しくて見てらんないわよ」「光る体を審査するコンテストなんて謎すぎるでしょ」「怪しい壺を売られそうになったらまずはフィーネが危ないわね」と思考の渋滞を起こしていた。


「……」


妹とアンドロイドのやり取りはさておき、アルドは目的地への到着を知らせた。


「あそこに人だかりができてるな。

 コンテストの受付みたいだぞ」


旅人たちの視線の先――男性が通り行く人々の注目を浴びていた。


「さあさあ! 第3回兄弟コンテストを開催しますよ!

 参加をご希望される方は こちらまで!」


「お祭りみたいで わくわくするね! お兄ちゃん!」


「そうだな」


早く早くとフィーネがアルドの袖を引っ張った。辺りには、小さな子供から若い男女、さらには年配者の姿もあった。3回目とまだ歴史は浅いが、好評な催し物なのかもしれない。城の修復に合わせ、こういった行事は市民が活気を取り戻す後押しにもなっているのだろう。心地良い喧騒に身を任せて、バルオキー出身の兄妹も歩みを進めた。すると、受付の男が兄妹に気付き、笑顔を向ける。


「おっとそこの御二方! コンテストに出場で?」


「ああ。登録を頼む」


「お願いしますっ!」


「へいへい! バルオキー出身の アルドさんにフィーネさんですね!

 ……はい 登録完了しました!

 開会式はミグランス城門前! 準備ができたら お越しくだせい」


「準備……? なにか用意するものがあるのか?

 貼り紙には 案内がなかった気がするんだけど……」


「何をおっしゃってるんスか! 書きましたでしょう?

 我こそは一番 と! そう これは……」


男は疾風のごとくアルドとの距離を詰めた。


「最強で! 最愛で! 最高な! 兄弟を決めるコンテスト!

 それぞれ 強さを証明できるもの 可愛さを自慢するもの

 最高を誇示するものを アピールしてもらいやす」


ドン ドン ドドン と男の口調は激しさを増す。最強に最愛に最高と、至高を表す言葉を多用した訴求に面食らいつつも、アルドは男の話を素直に受け止めた。


「そ そうだったのか……」


「最初は 最強のアピールっス!

 飲んだ酒樽の数でも 割った瓦の枚数でも

 釣った魚の大きさでも なんでもいいんで!

 兄貴の強さ 見せつけてやりましょう!」


「わ わかったよ。考えてみる」


コンテストの受付場所を離れ、少年は腕を組む。自分の強さとは……自分が最強と言えるものとは……。そして――自分は果たして強いのかと、考えを巡らせた。


「うーん。…………。

 困ったな。なにも思い浮かばないぞ」


家族を救い、仲間を救い、精霊を救い、時代を救ってもなお、自分の強さに驕らない。それがアルドという少年の本質だった。仲間のことはよく見ているのに、自分の良さには気が付かない。それがこの物語の主人公だった。唸ること暫く、遠くから悩める少年を呼ぶ声が聞こえた。


「大変そうね」


「エイミ! そうなんだ……。考えてはいるんだけど

 なにをアピールすればいいのか わからなくてさ……。

 フィーネのためにも 協力したいんだけど……」


「そうね……。じゃあ アルドが強いと思う人に 話を聞いてみたら?」


アルドはとある人物を思い浮かべた。エイミに深く関わりがある人物だ。額から左眉にかけて大きな傷があり、無精ひげが似合う親父――。想像するだけで、活発な笑い声が聞こえてくるようだった。


「……なるほど! それなら心当たりがあるぞ。

 ありがとう エイミ!」


「心当たり……?」


「よし 急いでエルジオンに向かおう」


エルジオンはエイミが生まれ育った未来の時代にある曙光都市だ。生まれ育った場所であるからには、もちろんエイミの実家がある。まさか助言をした本人の出身地へ向かうとは思わず、少女は困惑した。


「エルジオンに アルドが強いと思う人が……?」


頭上にはてなが浮かぶエイミをよそにアルドは歩き出した。目的地はエルジオン・ガンマ区画に構えるエイミの家兼鍛冶屋イシャール堂だ。

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