第46話 新世界

 なぜ黒金がここにいるのか、それよりも、なぜ零を守るように立っているのか。

 状況が飲み込めない八尋をよそに、零は困ったように黒金に笑いかける。


「遅いですよ。僕がうっかり死んじゃったら責任取れます?」

「黙れ。来ただけありがたいと思え」

「命令だから逆らえないですもんね」

「嘘だ、黒金さんがパンドラのメンバーなんて……」


 八尋は言葉を詰まらせながら、今までの黒金とのやりとりを思い出していた。

 そしてついこの間、黒金が一連の事件から手をひけと言っていたのは、自分の正体を知られたくないためだったのかと八尋は推測する。

 そんな八尋と、なにも話そうとしない黒金を交互に見て、零は楽しそうに言う。


「まさか黒金さんとはお知り合いとは。たしかに、僕も未だに黒金さんと同じ空気を吸っていることに驚きです」

「お喋りはそのへんにしろ」

「君、そんな冗談通じない人でしたっけ?」


 零の冗談もまともに受け取らず、黒金は冷たい声で返す。

 傍から見れば、零と黒金は仲間には見えない険悪さが漂っていたが、八尋はそれよりも黒金に聞きたいことが山ほど頭に浮かんでいた。

 焦る気持ちをなんとか抑えながら、八尋は黒金にぽつりとつぶやくように尋ねる。


「黒金さんはなんのために、俺に一色零のことを教えたんですか」

「僕のことを教えたのは君でしたか。意外と勝手なことをするんですね」

「黒金さん、答えてください!」


 話を遮る零を制止するように、八尋は声を荒げて続ける。


「蘇芳さんたちを騙して、そこまでするお前たちの目的はなんなんだよ!」

「僕の目的は異能力の解放、そしてあの方が統治する世界を見ることです」


 黒金が答えようとする横で、零は落ち着いた口調で話し始めた。


「僕は異能力という存在は素晴らしいものだと思っています。異能力が生まれてから歴史は刻まれど、未だに全てが解明されていない、無限の可能性を秘めた、まさに神が作った奇跡です! ですから、僕はそんな法律なんて馬鹿らしいものに縛られている異能力がかわいそうで仕方がないんです。それに、そんな異能力を否定する愚か者がいるんです。異能力反対派って言うんですけど」


 零の現実味のなさすぎる目的に、八尋は言葉が出てこなかった。

 しかしそんな八尋も、どこかで反撃できる隙がないかと具現化を解除することなく、黙って様子をうかがっていた。


「愚かにもほどがありますよね。生まれ持った奇跡を否定するなんて。人類どころか自分自身を否定していることに気がついていないんでしょうか」

「お前のその考えは、その人たちを否定してることになるんじゃないのか」

「異能力排斥運動とかそれっぽい言葉を並べて、一体なにをしているんだか。とりあえず反対でもしておけば満足するんでしょうかね。僕には理解できない人種です」


 言葉の端々にはどこか怒りが見え隠れしており、零はそんな昂り始めた感情を抑えるように大きく深呼吸をする。


「話を戻しましょう。僕は以前から気づいていました。この世界は異能力こそが救いだと! 異能力が、そしてあの方がこの世界を導く存在だと! パンドラにいるのもそれが理由ですね。異能力が素晴らしいと思っているのは同じですから。パンドラにいる理由はそれ以外には特にありません。別に破壊行為とかは興味ありませんし」

「それらしい理由を並べても、お前がやってることは最低なのに変わりはない!」


 零の話は理解できない、理解したくない、と八尋は受け入れることを拒絶していた。

 自分の目的のためならどんなことにも手を出す零に、八尋はもはや嫌悪感しかなかった。


「忘れてほしくないですが、僕は魔術研究も真面目にやっていますよ。それが今回の一連の出来事です。今は魔術に特化していますが、いつか武器と魔法も研究してみたいと思っています」

「……だから、魔術から研究してるっていうのか?」

「その通りです。まずは自分の異能力である魔術を極めるのがセオリーでしょう?」


 零の言葉に、八尋は貴一が国立異能第一研究所で言っていたことと同じだとを思い出した。

 同じ内容でも、話す人間が違うだけでこれほど受け取り方が変わるのかと、八尋は今すぐにでも零に殴りかかりたい気持ちを抑え、強く銃を握りしめる。


「青山先輩は、お前みたいな奴とは違う!」

「どうしました? たしかに彼とは気が合いそうですから、いつかお話ししたいですね」


 八尋は零に銃を向けるが、黒金が零を守るように立ち塞がる。

 武器を持った黒金と対峙するのは初めてで、改めて大鎌の迫力に八尋は気圧され、数歩後ずさる。


「黒金さんが僕を守るなんて面白いので、しばらく見学させてもらいますね」

「今のうちにさっさと消えろ」

「まぁまぁそんなこと言わずに。そうだ、せっかくですから彼と戦ってみてください。武器を知るいい機会ですから」


 それは八尋だけでなく黒金も予想していなかったのか、大鎌を具現化したまま零の方に振り返る。

 そして黒金が反論しようとする前に、零は口元を歪ませて笑う。


「今日は僕を守るのが仕事ですよね。忘れたとは言わせませんよ」


   * * * * *


「美凪ちゃん、復讐なんてやめて! お父さんとお母さんが喜ぶはずがないよ!」

「うるさい! あかりちゃんにあたしの気持ちなんて分かんないよ!」


 美凪は髪を振り乱して魔術をめちゃくちゃに放ち、あかりは自分と横に立つエリナを守るようにシールドを展開させる。

 魔術を放った美凪は立っているのもやっとらしい雰囲気で、ふらふらとしたのちにその場に座り込む。

 誰が見ても危険な状態な美凪にあかりはなにかを決心したのか、エリナを守るようにシールドを張ったまま、ゆっくりと美凪に近づく。


「桃園……!?」

 

 一瞬意識が飛んでいたのか、美凪は近づいてくるあかりにあと数歩というところで気がつき、慌てて立ち上がって魔術を具現化しようとするが、あかりはその手を止めるように掴む。


「私じゃダメ?」

「あかりちゃん……」

「私じゃ、美凪ちゃんの支えにはなれない……!?」


 あかりの泣きそうな瞳が美凪に突き刺さる。

 その瞳に、美凪の頭の中にぽつりと言いたい言葉が浮かんできた。


(なんで、こんなことしてるんだろう)


 今にもあかりに倒れこみそうな意識の中、美凪はぼんやりと考えていた。


――小さい頃から守護者になるっていう兄ちゃんの背中を追い続けてたし、パパとママが死んじゃったあとも、零さんが助けてくれたあとも、あたしは兄ちゃんの背中を追い続けてた。

――ママの日記を見つけた時、兄ちゃんに伝えたら兄ちゃんは零さんに助けを求めてた。あたしじゃないんだってちょっとへこんだのも覚えてる。

――それから零さんから本当のことを教えてもらって、復讐の手伝いをしてくれるって言ってた。

――零さんから魔術を教わって、兄ちゃんのあとを追って月城学園に入った。

――心のどこかでは良くないことかもしれないって思ってた。天国のパパとママが見たらどう思うのかなって。でも、今さら戻れないよね。

――あかりちゃんたちは、あたしたちが悪いことをしてるからって止めようとしてるんだよね。

――分かってるよ。でも、パパとママを殺したのはあいつだし、助けたくれた零さんに恩返しもしたい。でも、兄ちゃんを置いていけない。たった一人の家族だもん。


 その時美凪の目から、一粒の涙が流れ落ちる。


「あたし頭悪いから、どうしたらいいか分かんないや」


 美凪の涙を見たあかりは言葉を投げかけようとするが、それより早く美凪は風であかりを吹き飛ばす。

 エリナがあかりを抱きとめると、美凪は力を振り絞って雷を具現化しようとしていた。

 見るからに魔力切れを起こしそうな威力の魔術を使おうとしている美凪に、あかりは止めようと必死に叫ぶ。


「美凪ちゃん!」


 しかしそんなあかりの呼びかけも虚しく、美凪がその手を止める様子はなかった。


「桃園、シールド!」


 立ち尽くすあかりにエリナが叫び、あかりは慌てて目の前に特化したシールドを展開し、その瞬間辺りに目が眩むほどの閃光が広がる。

 しかし、あかりは体に痺れる痛みを感じることはなかった。

 それに違和感を感じたあかりがゆっくりと目を開けると、美凪がその場に倒れ込んでいるのを見つけた。

 あかりがシールドを解除して急いで駆け寄ると、美凪はひゅーひゅーと掠れた息を吐くのみで、意識はほぼないようだった。


「美凪ちゃん、美凪ちゃん!」

「見た感じ暴発はしてない。たぶん具現化の途中で魔力切れを起こしたんだと思う」


 あかりが美凪を抱き起こして呼びかける横で、エリナが美凪の様子を落ち着いて確認する。

 そして先ほどの閃光を確認しようと廊下に出てきた恭平と涼香がその光景を見て、あかりたちに駆け寄る。


「あたし救急車呼ぶね!」

「警察も。父さんに連絡入れる」


 エリナと状況をなんとなく理解したらしい涼香は、それぞれスマホで連絡を取り始めた。

 恭平はずっと美凪を呼びかけているあかりの横にしゃがむと、意識が戻ってきたらしい美凪の口から掠れた声が聞こえてきた。


「パパと、ママのとこ、行きたい……」


 その言葉がなにを意味するか、恭平もあかりも分からないはずがなかった。

 あかりはついにこみ上げてきたものを耐えることができず、泣きじゃくりながら美凪に訴える。


「ダメ……ダメ! そんなこと言わないで! 美凪ちゃんはまだ生きてる! 死んじゃダメ、お願い、そんなこと言わないで……!」


 あかりの目から、言葉と重なるようにぼろぼろと涙がこぼれていく。

 自分の夢である医療魔法士だったら、今の美凪を助けられるのかもしれない。

 しかしそれはもしもの話であり、今のあかりは美凪の無事を祈ることしかできない自分の無力さを恨み、美凪の手を強く握りしめた。


「父さんに連絡した。黄崎、ここ任せていい?」

「ほい!」


 連絡を終えたらしいエリナがあかりたちの様子を確認した涼香に尋ねると、同じように電話を終えた涼香はいつもの調子で返事をする。

 一刻も早く八尋を追いかけなければ、と踵を返すエリナに、恭平が立ち上がって詰め寄る。


「先輩、俺も行きます!」

「あんたは怪我してんだから大人しくしてて」

「でも……!」

「そんだけ元気なら桃園とその子見てて」


 うつむきながらすすり泣くあかりを見て、恭平は少しの間どうするべきか迷っていたが、エリナに任せたと言わんばかりに大きく頷く。

 そして恭平があかりの横に向かうのを横目に、エリナは急いで階段を降りていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る