第47話 優等生
一方エントランスでは、誠と貴一が凪斗と対峙していた。
あれから凪斗は手を緩めることも、魔力が切れる様子もなく魔術を使い続け、誠たちは魔力を回復させることができずに防戦一方だった。
(あの薬は身体能力の向上だけでなく、魔力を消費しないのか? そんな薬があるとは思えないが、蘇芳の様子からしてそれもありえない話ではなさそうだ……)
貴一がそう考える中、凪斗はかまいたちのように風を飛ばして誠と貴一を分断し、そのまま貴一に向けて雷を撃ち続ける。
「貴一!」
誠が助けようと貴一のもとに向かおうとするが、突然視界がくらみ、足元がふらついた。
息は上がっており、それは魔力切れが近づいている以外のなにものでもなく、誠は体勢を立て直しながら刀を具現化しようとする。
「もう限界超えてるだろ。さっきから動き鈍いんだよ」
その光景を凪斗が誠を横目で見て、吐き捨てるようにつぶやく。
誠は刀を具現化しようとしたが、具現化された刀は形を保っていられず、すぐにゆらりと崩れていく。
凪斗の言うように誠の限界はとうに超えており、普通ならいつ倒れてもおかしくない状況だった。
しかし、凪斗を止めたいという誠の強い意志が誠をギリギリのところで保ち続けていた。
だがそれは自分より魔力の残っている凪斗の前では意味を成しておらず、凪斗は貴一の隙をついて貴一から離れ、誠に近づく。
「まず一人目」
「誠!」
凪斗は雷を具現化し、目の前にいる誠目がけて放とうとする。
不意をつかれたせいで貴一は反応が遅れ、急いで凪斗を止めようと魔術を具現化させる。
(くそ、この距離では間に合わない……!)
魔術を長時間連続して使い続けており、貴一は集中力と凪斗を狙う正確さが失われつつあった。
誠に雷が当たりそうなその時、どこからともなく現れた凌牙が鉤爪を具現化して雷を防ぎ、そのまま凪斗を蹴り飛ばした。
凪斗は風で衝撃を緩和し、そのまま氷の壁を作って凌牙から距離を取る。
凌牙も誠を担いで同じように凪斗から距離をとり、安全を確保しつつ誠の呼吸を整えさせた。
「見るからに魔力切れてんじゃねぇか。端で大人しくしてろ」
「灰谷、お前は上に行ってたはずじゃ……」
「エリナと黄崎は一年の方に向かって、俺はそこらへんにいたガイアの奴らを片づけてた」
離れて魔力を回復しているのか、様子をうかがって動かない凪斗を見て、凌牙は合流してきた貴一に尋ねる。
「青山、今の状況を教えろ」
「あいつが……蘇芳が薬を打った。魔力や身体能力を強化させる薬と見ている。少なからず蘇芳の体にも負担はかかっているはずだ」
了解、と凌牙は小さく頷く。
貴一の説明と誠たちの雰囲気からその場の状況をなんとなく理解した凌牙は、いつもと違う貴一の様子を見て眉をひそめる。
「魔力は残ってんのか?」
「休む暇などなかったからな。お前が考えている通りだ」
魔術を撃ち続けて魔力を回復する暇などなく、誠だけでなく貴一の魔力消費も相当なものだった。
魔力量が多い貴一がこの様子なら、普通の魔力量であれば限界を迎えていてもおかしくない、と凌牙が凪斗を確認すると、凪斗が咳き込んでいるのを視界に捉える。
「……青山がその調子なら、あいつの魔力消費も相当だろ。あいつも明らかに目がイってる。作戦があんのか知らねぇけど、このままだとすぐにテメェらも限界くるぞ」
その時、魔力切れであるはずの誠が凪斗に向かって突然走り出した。
咄嗟のことに凌牙も反応が遅れ、鉤爪を具現化しながら誠を追いかける。
「おい、緑橋!」
凌牙が呼んでも止まることはなく、誠は刀を具現化して凪斗に向かう。
凪斗は血走った目で向かってくる誠を捉え、拳に炎をまとわせて誠を迎え撃つ。
「お前もう魔力切れだろ! そんなんで俺に勝てると思ってんのかよ!」
「思ってない!」
誠は揺らいだ瞬間に具現化を解除し、凪斗の魔術が当たる前に再度刀を具現化させる。
具現化の時間を短くして魔力の消費を抑えようという誠の作戦だったが、それは凪斗には見透かされていた。
だが、誠も凪斗が見透かされているのを分かった上で、あえて隙を見せて反撃していく。
「俺に才能はないし、凪斗や貴一みたいに異能力を自由に使えない! お前たちみたいに強くない! 二人みたいな優等生にはなれない!」
「だったらさっさと諦めろよ!」
「でも、友達一人止められなくてどうするんだよ!」
誠は、自分に異能力の才能がないのは分かっていた。
授業中に何度も魔力切れが起こり、異能力を使いすぎて倒れたこともあった。
中等部の頃から落ちこぼれだとか、校長が誠の父親に変わった時には、親の権力のおかげで入学できたなど揶揄されたこともあり、誠はそれを見返すために誰よりも異能力を鍛えてきた。
しかし、誠は心のどこかで、本物の天才には敵わないと気がついていた。
貴一も、凪斗も、自分の必死に積み重ねてきた努力を天才たちは一瞬で乗り越えていってしまう。
誠はそんな二人を心のどこかで羨む気持ちがありつつも、異能力を自由自在に扱えることを尊敬していた。
だからこそ、目の前にいる尊敬する友人を見捨てることなど、誠にはできなかった。
「凪斗、もう止めろ! このままじゃ魔力切れどころか、凪斗の命も危ない!」
「うるさい! 俺はあいつを殺すまで死なねぇ!」
凪斗は魔術の手を止めることはなかったが、それとは裏腹に体がついてきていなかった。
誠たちを狙う精度が下がってきていることがそれを顕著に表しており、狙いが定まらない凪斗の魔術を避け、凌牙は誠を守るように前に立つ。
「息上がってんぞ、呼吸しろ」
「分かっ、てる……!」
誠が掠れた呼吸を整えている中、凪斗が咳き込んで口から血が流れているのを見た凌牙は、今の状況が誰にとっても危険であると改めて気づかされた。
(多少手荒くても無理やり止めた方が早ェな……)
凌牙が鉤爪を具現化したと同時に、貴一が誠たちを呼ぶ声が聞こえた。
「あとは俺に任せろ」
その瞬間、貴一は風で誠と凌牙を吹き飛ばし、貴一は自身と凪斗をぐるりと取り囲むように、巨大な氷の壁を具現化した。
氷の壁は天井まで届くほどの高さがあり、中に入る手段はその壁を壊す以外見つからなかった。
凌牙は急いで鉤爪で氷の壁を壊そうとするが、多少外側が欠ける程度で、壁が壊れる気配は微塵もなかった。
「青山、なにやってんだよオイ!」
「貴一……!」
二人は壁の外から貴一の名前を呼ぶが、貴一が具現化を解除する素振りは見せなかった。
そして氷の壁の中で、貴一は氷の壁を作ったことで回復した魔力を使い切ったのか、肩で息をして凪斗の動きをうかがっていた。
そんな貴一を見て、凪斗はふらつきながらも冷静な口調で問いかける。
「なんの真似だよ」
「今なら誰も手は出せない。お前にこれ以上のチャンスはないはずだ」
「降参ってことかよ」
「そうだ。お前は俺を殺せば満足するんだろう」
降参と言わんばかりに手を挙げ、魔術を具現化しようとしない貴一に、凪斗はボロボロになった笑顔を見せる。
「はは、諦めいいじゃん。じゃあそういうことで」
凪斗は貴一にゆっくりと歩み寄りながら、氷の刀を具現化する。
氷に囲まれているせいか凪斗の吐く息は白く、そしてその息に乗るような掠れた声で凪斗はぽつりと呟く。
「俺はお前を殺す。美凪と、父さんと、母さんのために……」
おぼつかない足取りだが、氷の刃先はまっすぐ貴一に向いており、貴一は一切抵抗することなく凪斗が向かってくるのをただただ見ていた。
そして貴一に刀が振り上げられたところで、貴一は悟ったように黙って目を閉じる。
その瞬間、パキン、と氷が砕ける音が鳴った。
なぜか体に痛みを感じなかった貴一が目を開けると、凪斗が貴一に向かって倒れ込んできた。
突然のことに貴一は凪斗を支えきれず、凪斗とともにその場に倒れ込んだ。
二人が倒れ込むと同時に氷の壁の具現化も解除され、氷が辺り一面に砕け散った。
「貴一、凪斗……!」
誠は壁がなくなるや否や、魔力切れなのも気にせずに貴一と凪斗に駆け寄る。
貴一が凪斗を起こそうと呼びかけるが、凪斗からの反応はなく、凪斗の意識がないことに気がついた貴一は青ざめる。
「蘇芳、蘇芳!」
貴一が必死に声をかけるが、凪斗は貴一の呼びかけには応じなかった。
凪斗の心臓はかろうじて動いていたが意識はなく、誰が見ても危険な状態なのは理解できた。
「蘇芳の意識がない! 早く救急車を……!」
貴一が駆け寄ってきた誠と凌牙に話しかける前に、息を切らせたエリナがエントランスに駆け込んできた。
その光景にエリナは一瞬戸惑うも、エリナに気がついた貴一が平穏を装いつつエリナに話しかける。
「紫筑、こっちはなんとか落ち着いた。今救急車を呼ぶところだ」
「もうあたしたちが呼んでる。それより、赤坂見てない?」
「見ていないが……なにかあったのか?」
「一色零を一人で追いかけてるって」
エリナの言葉に全員が信じられないと言った表情を見せる。
その反応から、エリナはこの場にいる誰も八尋を見かけていないと理解した。
あれからエリナはガイア中を捜し回ったが、八尋と零を見つけることはできず、ガイアの外にいるのではないかとエリナは考え始めていた。
「つまり、お前は赤坂と一色零を探しているのか」
「そういうこと。そしたら、黄崎にこっちに来てもらうように伝えとくから、凌牙はあたしについてきて」
エリナはスマホを取り出して涼香に連絡を取り始めたかと思うと、そのまま凌牙の手を掴んで走り出した。
凌牙は突然のことに驚きつつも、エリナの手を引く力に逆らえず、されるがままについていく。
エリナは涼香と連絡を取る間も絶えず八尋たちを探して走り続け、連絡を終えると凌牙が立ち止まってエリナに尋ねる。
「おい、なんだよいきなり」
「一色零の異能力の扱いはあたしたちより上のはず。だからもしもの時のために、あの場で一番動けそうな凌牙を連れてきただけ」
「そういうことかよ。で、赤坂がどこにいるか分かってんのかよ」
「分かんないから探してるんでしょ」
そっけない返答に凌牙が呆れていると、途中の廊下に、不自然な階段を見つける。
二人が近づくと、それは元からあった階段ではないようで、違和感を感じたエリナと凌牙は階段を駆け降りていく。
「あいつ、一色零を追いかけるのは分かるけど、まさか一人で行くなんて思ってなかった……!」
明かりもなにもない階段を駆け下りながら、エリナはぽつりと呟く。
普段表情を崩さないエリナが焦っている姿に、凌牙はなにも言わずにその横をついていった。
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