第43話 復讐心
「到着、おめでとうございます」
破裂音に八尋たちが思わず顔を伏せると、楽しそうな声が八尋たちの耳に入る。
恐る恐る顔を上げると、そこにはクラッカーを持った笑顔の零が立っていた。
部屋に響いた破裂音は零が鳴らしたクラッカーだと判明したが、八尋たちは状況が飲み込めず、訳が分からないと言った顔で立ち尽くす。
「せっかくのお祝いなのに、リアクションがないとつまらないですね」
八尋たちを見て、零はつまらなさそうに近くにあったゴミ箱にクラッカーを投げ捨てた。
零を見つけたことによる安堵や達成感よりも、八尋たちは今目の前で起こっている状況がさっぱり飲み込めなかった。
そんな零の後ろには美凪の姿があり、美凪に気がついたあかりは美凪の名前を呼ぶ。
「美凪ちゃん!」
「おや、よく見たら先日ショッピングモールでお会いしたお三方ですね。お久しぶりです」
あかりの呼びかけを遮るように零は会釈する。
美凪も八尋たちがどうしてここにいるのか、と信じられない顔で八尋たちを見つめていた。
「迷子を助ける優しい高校生かと思ったら、まさかこんな形でお会いするなんて。それよりどうでしたか、ここに来るまでドキドキしました?」
不意打ちやどんなことが起こっても動けるよう、八尋たちは緊張した姿勢を崩さずに零を見据えていた。
零はそんな八尋たちの様子を気に留めず、楽しそうに話を続ける。
「このフロアにはあえて誰も配置していません。ゲームでもあるじゃないですか。ラストダンジョンのボスしかいない部屋。あれを僕なりに再現してみました」
「馬鹿にしやがって……!」
恭平が槍を再び具現化して零を睨みつけるが、八尋に静止される。
今にも飛びかかりそうな恭平を抑えながら、八尋は眉をひそめて零に尋ねた。
「あなたは、パンドラのメンバーなんですか」
「そこまでたどり着いたんですか。君たちは名探偵ですね」
八尋に尋ねられ、零はわざとらしく反応して拍手を送る。
「犯罪者なら大人しく捕まれよ」
「そう言われて素直に捕まると思いますか?」
零は恭平に睨まれると、困ったように笑う。
終始小馬鹿にされているような反応に、八尋と恭平は怒りを抑えるように唇を強く噛み締めた。
その横ではあかりと美凪の目が合い、美凪は気まずそうに視線をそらす。
「どうして……美凪ちゃんは全部知ってたの?」
あかりの悲しげな声に、美凪はぽつりと呟いた。
「まさか、零さんと赤坂くんたちが知り合ってるなんて思わなかった」
八尋が零に電話をかけた時のことを言っているらしく、美凪は暗い表情のままだった。
そのことは美凪にとって想定外だったのか、知らなかったらどうだったのか、とあかりは尋ねようとするが、零が美凪に話しかけたためにそのことは言及できなかった。
「美凪。せっかくですから、あなたがここにいる理由を話してあげたらどうですか?」
「…………」
「僕から話しましょうか?」
「……あたしが言う」
暗い表情を振り払うように美凪は大きく深呼吸をし、まっすぐな瞳で八尋たちを見つめる。
「あたしがここにいるのは、復讐のため」
「復讐?」
「そう。青山を殺すため」
美凪の放った一言は、八尋たちにはあまりにも信じがたい一言だった。
* * * * *
「黄崎、無事?」
「だいじょぶ!」
エリナの雷によって一人の社員が倒れ、その間に涼香は傷を負った箇所を拭う。
休む暇もなく社員たちはエリナたちを狙うが、エリナたちもやられてばかりではなく、確実な隙を狙って相手をいなしていった。
「ちょこまか動きやがって……学生のお遊びじゃねぇんだぞ!」
「こっちもそのつもりでやってねぇよ」
武器を具現化して襲いかかる男を凌牙はすんでのところで避けて後ろに回り込み、そのまま回し蹴りを決めた。
一連の鮮やかな動きに、涼香は嬉しそうに飛んで喜ぶ。
「凌ちゃんつよーい! さすが!」
「テメェは緊張感なさすぎなんだよ」
「あるって。今超怖いもん」
涼香は足の震えを止めるように、膝をパシンと強く叩く。
「でもみんな頑張ってるのに、あたしだけ逃げるわけにいかないよねっ」
一歩でも間違えれば怪我では済まない。
そんな不安が涼香の頭によぎるが、それを振り払うように大きく深呼吸をして剣を強く握り直した。
その時、物陰に隠れていた一人の男が懐に手を入れる。
「異能力しか使っちゃいけないルールなんてないからなぁ」
男はそう呟いてニヤリと笑う。
しかし、それに気がついた凌牙は具現化をして男の死角から近づく。
「バレてんだよ」
男はエリナたちを狙おうとするが、目の前には既に凌牙が立っていた。
凌牙の気配に気がつかなかった男は慌てて凌牙を撃とうと狙いを定めるが、それより早く凌牙は鉤爪で男を一直線に薙ぎ払う。
大袈裟に痛がる男に凌牙が呆れていると、涼香が凌牙の名前を呼ぶ。
「凌ちゃん、伏せて!」
「あ?」
「そっちがその気なら、こっちもそうさせてもらいますよっと!」
涼香はどこからか見つけたらしい消化器を噴射し、その隙にエリナたちは一室に逃げ込んで鍵をかける。
部屋の外の声を聞きながら、エリナはふぅ、と自分を落ち着かせるように息を吐いた。
「引き止めるのは良いけど、このままじゃ魔力が尽きるのも時間の問題かもね」
「動けなくさせれば良いだろ」
「あとで怒られない程度によろしく」
淡々と話を進める二人に、「今さらなにしても怒られるんだよなぁ」と涼香は乾いた笑いをこぼす。
部屋のドアを叩く音が強くなり始め、凌牙はめんどくさそうに鉤爪を再度具現化する。
「さっさと終わらせんぞ」
* * * * *
「青山って、青山先輩のこと……?」
八尋が尋ねると、美凪は小さく頷く。
あまりにも現実味のない単語が美凪から発せられたことに、八尋たちは言葉が出てこなかった。
「やはり知らないようですね。あの一家は隠蔽体質なんでしょうか?」
零がわざとらしく首を傾げると、あかりが放心状態のまま美凪に尋ねた。
「どうして、美凪ちゃんが青山先輩を殺そうとするの?」
「青山貴一の両親があたしの両親を殺した」
美凪はそう言うが、八尋たちには貴一の両親が美凪の両親を殺す理由が思いつかなかった。それよりも、貴一はそのことを知っているのかという疑問の方が強くなっていた。
そんな八尋たちの表情を察したのか、僕から説明しましょう、と零が話し始める。
「美凪たちの父親と青山家、そして一色家は元々魔術研究の競合相手でした。お互いが切磋琢磨する関係かと思いきや、ある日青山家が蘇芳氏の研究成果を奪ったのです」
「奪った……?」
「その研究成果のおかげで青山家は賞賛され、一気に魔術研究の地位を手に入れました。一方で蘇芳氏はどうでしょう。青山や一色とは違って豊かな研究所もなければ権力もない。それにようやく辿り着いた成果を奪われたとなれば、失意の蘇芳氏がどうなるか分かりますよね?」
零のにこやかだが鋭い視線が八尋たちに突き刺さり、八尋たちはその視線に息をのむ。
「僕も蘇芳氏が亡くなったと聞いた時は驚きました。まさか彼が自殺するなんて。僕は蘇芳氏のご家族が放っておけず、母親をガイアに迎え入れました」
それを聞き、美凪の母親がガイアにいたと校長が言っていたことを八尋たちは思い出した。
くるくると表情を変えながら話す零に八尋たちは思わず耳を傾け、零はそれに気づいているのかいないのか、ふと視線を美凪に向ける。
「しかし彼女もあとを追うように自殺し、幼い凪斗と美凪は二人で生きていかなければならなくなり、かわいそうに思った僕は二人の面倒を見ることにしました」
不安な表情の美凪の頭を撫で、美凪は安心した表情を見せる。
話を聞いた八尋たちは、果たして零が正しいのか、それとも貴一に敵意を向けるための嘘なのか、なにが正解なのかが分からなくなっていた。
「青山先輩、そんなこと一言も……」
「あたしも最初はなんにも知らなかった。でもママの日記と零さんに聞いて知った」
「日記?」
「ママの日記は青山への恨みの言葉でいっぱいだった。パパも死ぬ時に『青山だけは許さない』って手紙を残してたって聞いた。だから、あたしと兄ちゃんがパパとママに代わって青山に復讐する」
そんな日記を見てしまった美凪の心境はどんな気持ちだったか、八尋たちに計り知ることはできなかった。
そしてなにも言葉にできない八尋たちに追い打ちをかけるように零が言う。
「どうですか。これでもまた青山家の味方をするんですか?」
「だからって、殺して良い理由にはならない……!」
「なんで? パパとママが殺されてるのに、なんにもしないで受け入れろっていうの?」
あかりの絞り出したかすかな声に、美凪は吐き捨てるような声でぶつける。
八尋と恭平は黙って零の話を聞いていたが、零はパンドラのメンバーであり、凪斗は貴一を襲っている。
その揺るぎない事実を思い出した八尋は対峙する美凪と零に言う。
「そんなはずない。きっとどこかですれ違ってるだけだ」
「俺もそう信じたい。たぶん、あいつが蘇芳さんになんか言ってそそのかしたんだろ」
恭平は槍を具現化して強く握りしめ、零に向かって一直線に走り出す。
「だったら、あいつを捕まえてほんとのことを吐いてもらえばいいだけだろ!」
「させない!」
切っ先が零に向くが、美凪が零の盾になるように恭平の前に飛び出してきた。
美凪が来ると思わなかった恭平は体勢を崩し、慌てて具現化を解除しながら美凪から離れる。
八尋とあかりは恭平に駆け寄り、なにかを思いついたらしい八尋は美凪たちに聞こえない声で言う。
「恭平、蘇芳さんの気を引けるか。俺が一色零を狙う」
「俺はいいけど、大丈夫か?」
「分からないけど、蘇芳さんと一色零を引き離せば希望はあると思う」
「分かった。桃園さん、八尋が危なくなったらサポート頼める?」
「もちろん。私に任せて」
八尋たちの話す内容は美凪たちには聞こえていなかったが、その光景を見ながら零は美凪に囁く。
「美凪。彼らは青山家の肩を持つそうですよ」
「青山の、味方……?」
「そうみたいです。でも安心してください。僕は二人の味方ですから」
零の言葉に美凪はありがとう、と小さくつぶやく。
美凪の肩に手を置きながら零は優しく微笑み、様子をうかがう八尋たちを一瞥する。
「ついでに彼らの実力を知っておくいい機会になりそうですね」
「いくぞ!」
「おう!」
零のつぶやきと同時に八尋と恭平が武器を具現化しながら飛び出し、作戦通り恭平が美凪の目の前を塞ぐように立ち塞がる。
その隙に八尋は美凪の横をすり抜け、零に銃口を向ける。
(いける……!)
確実に当たると確信した八尋は、そのまま引き金を引く。
八尋はたとえ零に怪我をさせたとしても、こちらが優位に立てるような状況を作りたかった。
しかしそんな八尋の願いも虚しく、銃から放たれた弾は零の目の前で勢いを失い、そのまま跡形もなく霧散した。
それは零が魔術の風で具現化していたもので、八尋は零の咄嗟の対応力に驚く。
「異能力は銃ですか。遠距離武器は近くで使うと隙が大きいですよ」
零の表情からまずい、と察した八尋は零と距離を取ろうとするが、零は一瞬で距離を詰めて腕を引っ張り、雷をまとった拳を八尋の鳩尾に当てた。
その場に崩れ落ちる八尋に零はさらに追撃しようとするが、八尋の後ろからあかりが魔法を放って零の手元を狙う。
手と魔法が合わさって音を立てて弾いた隙に、あかりはさらに八尋と零との間にシールドで壁を作り、その隙に八尋を救い出した。
「赤坂くん、大丈夫!?」
「ありがとう、桃園さん……」
「そちらのあなたは魔法使いでしたか。具現化の的確さを見るに、さぞ成績優秀なのでしょうね」
零の言う通り、あかりが八尋を救い出すまでの手際は非常に鮮やかで、あかりが学年主席であることを八尋は改めて思い知った。
しかし、あかりは零に褒められても良い気分ではなかったらしく、鋭い視線で零を見つめると、零は「失敬」と苦笑する。
零は美凪と対峙している恭平の姿もちらりと見て、零は八尋とあかりに視線を戻してニッコリと笑う。
「もう少しだけ、その力を見せてください」
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