第42話 首謀者

「緑橋先輩!」

「赤坂?」


 誠が八尋たちの姿を見て、なぜここにいるのかと言わんばかりの顔をしていた。

 思わず八尋が誠に駆け寄ろうとするが、貴一と凌牙がそれを遮るように八尋たちの前に立つ。

 その瞬間、八尋たちに勢いよく炎の渦が向かってきた。貴一はそれを魔術の『風』で受け流すが、追撃のように火の海が八尋たちに降り注ぐ。

 貴一が魔法のシールドのように水を張り巡らせると、「青山!」と凌牙が自身の異能力である鉤爪を具現化しながら叫ぶ。

 貴一がなにかに気がついてその水を凍らせると、それと同時にバリバリという鈍い音と電流が氷に響いた。


「まさか自分から来てくれるなんてな」


 先ほどまでの猛攻は凪斗によるもので、凪斗は氷を具現化して波のように貴一にぶつける。

 勢いよく向かってくるそれを、貴一は同じ氷で覆い被せるようにして相殺した。

 二人の魔術操作もさることながら、目の前で繰り広げられる模擬戦ではない魔術のぶつけあいに八尋たちはただただ圧倒されていた。

 そんな中でも凪斗のそばを離れない誠に、八尋は貴一の後ろから誠を呼ぶ。


「緑橋先輩! そこにいたら危険です!」

「……貴一、凪斗が言ってたことは本当なのか?」

「なんのことだ」

「凪斗の、両親のこと……」


 八尋の叫びに応えず、誠は青ざめた顔で貴一に尋ねる。

 その言葉になにかに気がついた貴一は眉をひそめ、静かな声で八尋たちを呼ぶ。


「お前たちは一色零を探せ」

「え、でも……」

「早く行け! 俺の指示に従う約束だ!」


 声を荒げる貴一に、八尋たちはどうしたら良いのかとたじろぐ。

 今の状況は誰が見ても危険であることから、八尋たちは貴一に加勢しようとするが、それを止めたのはエリナだった。


「分かった」

「紫筑先輩!」

「あっちの奴は青山しか眼中にねぇ。いいからさっさと行くぞ」


 エリナと凌牙に半ば無理矢理納得させられ、八尋たちは貴一の後ろを走り抜けて階段へ向かう。

 凌牙の言う通り凪斗は八尋たちには見向きもせず、貴一に魔術をぶつけていく。

 後ろから聞こえる轟音と閃光に八尋は途中で振り返るが、前を走る恭平に呼ばれ、後ろ髪を引かれる思いで階段を登っていった。

 八尋たちの姿が見えなくなったのを確認し、貴一は凪斗からの攻撃を防ぎながら凪斗に問いかける。


「お前にいくつか聞きたいことがある」

「俺優しいから三つまでならいいよ」


 凪斗が攻撃の手を止めると、貴一は怪訝な顔で凪斗に尋ねた。


「この前俺を襲ったのはお前だな」

「そう。殺し損ねたのは残念だったけど」

「お前もパンドラのメンバーなのか」

「違う」

「研究所のデータをなにに使うつもりだ」

「データ? なにそれ」

「……一色零の正体は知っているのか」

「もう三つ答えたから殺す」


 凪斗は貴一が構えるより早く雷を指先から射出する。

 次々に飛んでくる雷を避けながら、貴一は誠に向かって叫ぶ。


「誠、そこにいると危険だ!」


 しかし誠は貴一の問いかけには応じず、なにかを躊躇っているような、ただごとではない雰囲気を感じとった貴一は凪斗を睨みつける。


「誠になにを吹き込んだ!」

「真実を教えただけ」

「真実だと?」

「お前の親が俺の両親を殺したってな」


 凪斗はポケットからナイフを取り出し、貴一の首元目がけて突き刺そうとする。

 二度はやられまいと貴一は向かってくるナイフを凪斗の手ごと凍らせ、そのまま凪斗を風で後ろに吹き飛ばした。


「俺の両親はお前の両親を殺してなどいない」

「直接殺したようなものでしょ。人殺し」


 ギリ、と唇を噛み締め、凪斗はナイフを風の勢いに乗せて投げつけるが、貴一は同じ魔術の風で流れを変えてナイフをいなす。

 勢いをなくしたナイフはその場に落ち、貴一はすかさず手の届かないところへナイフを蹴る。

 そこに凪斗が手元で鋭利な形の氷を具現化して再び貴一を狙うが、貴一は大量の氷で障害物を作り、凪斗と自身を隔てた。

 貴一は平静を保ってはいるが、先日の傷を庇っていることもあり、本来の力の七割ほどしか出せていなかった。

 それでもなんとか凪斗の猛攻を防ぎ、誠の無事を確認するために誠の元へと向かう。


「誠、無事か」

「……貴一は、全部知ってたのか?」

「俺も知ったのはつい最近だ。だが、蘇芳の両親のことは誤解だ」

「そんな奴のこと信じなくて良いよ」


 背後から聞こえた声に貴一は炎を具現化して構えるが、凪斗はそれを気にせず誠に笑いかける。


「ていうか誠、早く具現化しなよ。そこなら確実に当たるでしょ」

「凪斗、俺は……!」

「殺すの協力してくれるんだろ? 俺たち友達だもんな」


   * * * * *


 その頃、八尋たちはガイアの社員らしき人物たちからの攻撃を防ぎながら零を探していた。

 エレベーターは全て止められており、階段を使ってフロアを移動することになったが、そこでは異能力を具現化して待ち構えていた。

 そこで恭平と涼香、凌牙で道を作り、八尋とあかり、エリナが後方からの攻撃を防ぐという作戦を立ててその場を切り抜けていった。

 そして、階段を登っても執拗に追いかけてくる社員たちを横目に見て、エリナは魔術の風を使って後ろに吹き飛ばす。


「赤坂、あんたたちは先行って。一色零はたぶん上の事務所にいる」

「でも紫筑先輩たちは……」

「これ以上向こうが増えると厄介だから、この辺で片づける」


 エリナは体勢を立て直した社員たちを牽制するように弓矢を具現化する。


「テメェはなんでそう思いつきで発言すんだよ」

「まぁまぁ。全員だと目立つし、ここで二手に分かれるのはありっちゃありだよねっ」


 凌牙と涼香はやれやれと言った様子でエリナの横に立つと、あかりが後ろから話しかける。


「私も残ります!」

「桃園はそこの突っ走りそうな二人の面倒見るのが仕事。こっちはあたしと黄崎と凌牙でなんとかする」


 エリナは八尋と恭平に視線を送る。

 エリナたちならなんとかするとは思っているが、もしものことがあっては、とあかりには拭いきれない不安があった。

 しかし、ここは任せてっ、と涼香に背中をポンと押され、それに安心したあかりは深々とお辞儀をして踵を返す。


「ありがとうございます。ここはお願いします!」

「先輩たちも、危なくなったら逃げてくださいよ!」

「だいじょーぶ! 涼香ちゃんは無敵なのだ!」


 そして八尋たちが先へ進めるように道を開け、八尋たちを追いかけようとする社員たちの前にエリナたちが立ちはだかる。


「皆様本気みたいですねぇ」

「向こうも高校生に負けたら恥ずかしいんでしょ」

「そもそもガイアの社員なのか怪しいところだな」


 凌牙は落ち着いた様子で、殺気立っている社員たちの顔つきを見てつぶやく。

 狭い階段を抜けてフロアに出た涼香は、自身の異能力である剣を具現化させる。

 それはまるでRPGに出てくる勇者が所持していそうな剣で、涼香は肩を大きく回して剣先を向ける。


「さーて、いっちょやりますか!」

「調子乗んなよ」

「しづきんと凌ちゃんほどじゃないけど、あたしも実技はそこそこ成績いいからねっ」


 はいはい、と凌牙もめんどくさそうに鉤爪を具現化し、向かってくる面々に備えた。


   * * * * *


「恭平!」

「あいよ!」


 八尋は階段の踊り場から恭平を呼ぶ。

 恭平は相対していた社員を槍で押し返し、そこに八尋の横にいたあかりの魔法でシールドの壁を作る。

 その隙に恭平も階段を駆け上がり、八尋たちはようやく最上階のフロアにたどり着いた。


「静かだな……」


 恭平がつぶやく通り、そこは今までの騒音が嘘のような静寂が広がっていた。

 振り返ると、それまで執拗に追いかけてきていたはずの社員たちは誰一人追いかけてこなかった。


「もう追いかけてこないみたいだね」


 あかりはその状況に安心してほっと一息つく。

 まだ油断はできないが、これなら落ち着いて零を探すことができる。

 そう思った八尋とあかりは歩き出すが、その場から歩き出そうとしない恭平に八尋は振り返って尋ねる。


「恭平?」

「……変だろ」

「なにが?」

「最上階なら俺たちを追い詰めたはずだろ。なのになんで追いかけてこないんだよ」


 恭平のつぶやきに、八尋とあかりはハッとする。

 それはつまり、この階に罠かそれに近いなにかがあるのでは、と八尋たちは恭平の言いたいことを理解した。

 八尋たちも立ち止まって廊下の先を見つめる。まだ夕方で暗くないはずの廊下が、一気に真夜中のように暗く寒く感じ始めた。

 階段には恐らく社員たちが待ち構えており、八尋たちは戻ることは許されず、先へ進むしか道はなかった。

 しかし、なにが起こるか分からない廊下に、八尋たちは一歩を踏み出すことさえ恐怖になっていた。

 このままでは埒があかないと判断した恭平は、自分の頬を強く叩いて八尋に言う。


「俺が前を歩く。八尋は後ろ頼めるか」

「あぁ」

「桃園さんは俺たちの間にいて」

「……うん」


 八尋と恭平はそれぞれ銃と槍の具現化をしながら、一歩一歩先へと歩き出す。

 突然隠れていた社員が襲ってくるかもしれない、仕掛けられていた爆弾が爆発するかもしれない、なにが起きてもおかしくない状況に怯えながら、八尋たちは零を探していく。

 それから静寂は続き、八尋たちは最後にフロアの最奥で社長室という文字を見つけた。


「ここにいるはずだろ」

「たぶん。というか、いてほしいけど……」


 最上階でなにも起こらなかったために、八尋たちに零がいないかもしれないという不安がよぎる。

 しかしここに零がいると信じて、八尋たちは顔を見合わせて扉に手をかける。

 意を決して部屋に入ると同時に、パンという破裂音が響き渡った。

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