P5 花をさすものをしまって〜御社ガガ


花をさすものをしまってボールペン

証明写真あの日の遺影


作中主体が本格的に再就職発動を始めたことを示します。この作品では心の余裕と花がリンクしているので、花瓶を片付けたこの時点ですでにだいぶ追い詰められています。

作中主体が一輪挿しを持っているのは前ページのダチュラの歌で示されています。一輪挿しはその名の通り花を一輪だけ生けるための小柄な花瓶で、たまに花束を買うような人ではなく、頻繁に花屋に立ち寄ったり季節の花を野で摘む人が選ぶ器です。そんな生活に密着したものを片付けてしまったんだよ、という表現のつもりでした。

履歴書を作ったことのある人ならご存知と思いますが、ボールペンと証明写真は就活の必須アイテムとなります。

下の句は「証明写真=あの日(余裕があった日)の遺影」と読んでも、「仕事で死んだキミの遺影をあえて見えるところに移した」と読んでもOKです。



リクルートスーツめちゃくちゃ似合わない

ミッドサマーの異種祭礼装いしゅさいれいそう


その服が似合わないと感じる時、その場があわないと感じていませんか? という気持ちで作りました。私は中学校が嫌いで中学の制服はずっと似合わないと思っていました(客観的にみるとそうでもない)

ミッドサマーは文字通り真夏であり、就活の季節を提示しました。真夏、正装、就活、苦しいことだらけです。就活には独特の様式美があります。作中主体は違う文化の祭りに無理矢理巻き込まれたような気持ちになっています。

また、下の句はダブルミーニングで『ミッドサマー』という映画を見た人にはもっと細かい情景が浮かぶようになっています。『ミッドサマー』は友達の故郷へ遊びに行ったら奇妙で恐ろしい祭りに巻き込まれるというあらすじで、作中ずっと花がたくさん出てくるのですが……。ネタバレになるのでここまでにしておきます。田舎の奇祭でひどい目に遭うジャンルが好きな人はぜひ観てください。すごい完成度でした。私はとっても好きな映画です。



東京の三途さんずの川は黄色くて

スーツがないと地獄におちる


上の句の黄色い三途の川は、駅のホームに敷かれた点字ブロックのつもりで書きました。あれ自分が視覚障害者だったら絶対歩きたくないくらい転落ギリギリに置かれてます。都心部はホームドアの普及で減ってきて、辺縁部にたくさんあります。東京に詳しい読者だと、作中主体が地方からの上京就活をしていて、近づく東京にひどい嫌悪感をおぼえているのがうかがえるかなと思います。

三途の川は死後渡るとされている川です。諸説ありますが、初七日に閻魔からの最初の裁判を終えたあと渡る川で、罪の重さによって浅瀬を渡れるか激流を渡るかに差がでるそうです。お金があると船に乗れます。対岸につくと衣服を剥がれて木にかけられ、枝が罪の重さによってしなるとか。その後また裁判があり、行き先が決まるそうです。

伝承通りなら着ている服は川渡りの難易度にも行き先にも関係ありません。(関係あるとする宗派もあるようですが)でも東京ではスーツがないと貧困という地獄に落ちることになります。女性なら覚えのあるかたも多いと思いますが、平日にスーツ以外でふらふらしているだけでも意地悪されて地獄です。

作者が東京で受けた嫌な思いが圧縮された歌でした。離婚弁護士に会いに上京したとき作った歌だったような気がする……。



精神を安定させる作用では

職業までは安定しない


前ページの「人生が散らかっている片付けはわりと得意なはずなんだけど」と同じ、いやそこは関係ないよというボケを狙う歌です。

しかし不穏度はずっと上がっていて、上の句から作中主体が精神安定剤のお世話になっていることが、下の句から就活がうまくいっていないのが察せられるつくりにしました。



ここはダメここもダメだの花占い

履歴書散ってビル風に舞え


会社の文化にもよりますが、東京や北関東で採用に落ちると履歴書が返却されます。他の地方はどうなんだろう。もし履歴書提出直前に嫌になった歌と読んでも大勢に影響はございません。その方が限界そうでおもしろいくらいですね。

履歴書が返されたところで、会社ごと必須項目が違ったり評価する経歴が違ったりと、再利用は難しくいちいち作り直さねばなりません。捨てるしかないんですね。

また、都内のオフィス街は高層ビル群に吹く上むきの強い風がめぐっており、それをビル風と呼んだりします。ビリビリにやぶいた紙屑を散らしたらきっと花吹雪みたいにきれいに舞い上がるでしょう。

採用に落ちまくっていよいよメンタルが限界、というつもりで詠みましたが「花は元気のバロメーター」という自分で課したルールをやぶったために元気そうになってしまいました。次のページにある夏ツバキの歌か千鳥草の歌の後に置いた方がよかったなぁと反省しております。就活でメンタルが故障した歌である次の「御社ガガ」をページ末尾に置きたいがため策に溺れてしまいました。



御社ガガ第一志望デスピピー

あらあら故障したみたいです


「御社が第一志望です」は就活の常套句として有名なあれです。何社も受けると機械のように連呼する羽目になります。上の句はもっと機械っぽく表記する方法がいろいろありましたね。オンシャガガ……とか。『』で囲むとか。

下の句はメンタルの故障と機械の故障をダブルミーニングしています。どちらかの読みで作中主体が壊れてしまったことが伝われば嬉しいです。

余談ですが最初にエントリ稿が公開されたときは最終ページが落ちており、ここでおしまいのバッドエンドとなっていました。あれはあれでおもしろかったです。

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