P4 こんにちはキミに命が〜人生がちらかっている

こんにちはキミに命があったころ

友達だった千住さんです


前ページ最後の葬式が「キミ」のものであったと説明する一首です。

遺影に話しかけてるとか、焼き立てのお骨に話しかけているとか、いろいろな解釈ができますが、普通話しかけない相手に普通言わない内容を言っています。作中主体は失業しても仁王立ちするようなやつで「現実を直視しないで生きる」という長所とも短所ともなる特徴を与えています。解離的、と表現したかたがいらっしゃいましたがまさにその通りの人格を目指しました。

下の句は迷いました。短歌はおそらく、作中主体≒作者として読まれる。ここで別な名前を出したり「私さんです」と言うのは世界観を損なう恐れがありました。思い切って作中主体=作者として、この作品を誇張エッセイとして扱うことにしました。



キミの夢だった光は花となり

一年ほどで枯れてなくなる


直前の歌といい、死や悲哀に対して大きく距離をとっている作中主体の表現です。泣いたり怒ったりできる人の方がストレスに強くて、こういうタイプはあとでいきなり壊れるんですよね。フィクション的においしいですね。江國香織作品の女性はこういうタイプ多いですよね。

キミと花との同一視が強まっていく過程でもあります。朝顔は一年草です。キミの夢だったものが気になる気持ちも一年くらいで消えるだろう、みたいな、どちらかというとキミより自分に言い聞かせている雰囲気で作りました。



自殺したキミの昨晩

「花屋さん、縁がないな」と横目に見てた


キミの死が伝わらないとオチが弱くなってしまうので、念押しに直接的な短歌をおきました。どんなに花に縁がなくても遺族が仏教葬式を選ぶと花で囲まれるの、奇妙だと思いませんか? 故人が花を喜ぶかわからないのに。

葬式のあとで「自殺したキミの昨晩」と時間を巻き戻すことで、解離的、現実に心が追いついていない作中主体を表現しています。また、花が元気のバロメーターになっている本作のルール(?)を補強する役割もあります。



眠気とか疲れと共に閉じていく

ネムの葉型の気持ちがふたつ


葬式の話をここで終わりにしたかったので眠る歌をおきました。お葬式はインパクトが強すぎて、何か挟まないと読者にいつまでも引きずらせてしまう気がして。

ネムは晩夏の季語ですが、葉の話しかしていないので季節を感じても感じなくてもオッケーです。ネムの葉は夜になると二つ折りになって閉じます。同じ科のオジギソウでなら見たことのある人が多いかもしれません。葬式のシーンを文字通り畳む役割のつもりでした。

一度も涙や悲しみの話をしないまま作中主体は友人のお葬式を終えます。



生きてると金がなくなる

咲かずとも一輪挿しを飲み干すダチュラ


ダチュラ、朝鮮朝顔、エンゼルトランペットなどの名前で呼ばれるこれは晩夏の季語です。が、しばらく前に朝顔で秋を提示しています。これは「キミの葬式が去年のもので、そのせいで会社を辞め、さっきまで回想していた」という順序で解釈しても「この歌でダチュラが咲かないのは季節外れのものを摘んできたからだ」と解釈してもオッケーです。

ダチュラは普通一輪挿しどころか切り花にしません。京極夏彦『姑獲鳥の夏』を読んだかたならご存知と思いますが、幻覚性の毒があってあまり触らないほうがいいです。花が大きいので水もたくさん吸います。無職とストレスでいびつな生き方になってきている作中主体を感じてもらえたら嬉しいです。



人生がちらかっている

片付けはわりと得意なはずなんだけど


前の歌で提示した「いびつな生き方になっている作中主体」をより直接的に表現した一首です。ダチュラの歌もこの歌もそうですが、大きなストレスを受けた作中主体に限らず、現代の働き盛り〜若者世代に共通する感覚かなと思います。好きな歌だと言ってくださる人も多くて嬉しかったです。

「いや人生のちらかりと部屋の片付けは関係ねーよ」と面白みを感じてもらえたら嬉しいです。しかし本当に、コロナ禍というのはきちんとした人でも簡単に人生が散らかる嫌な時分ですね。

人生のちらかりを自覚した作中主体は次のページから再就職活動を始めます。

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