P3 私なら意外と元気〜白菊の花の隙間に尊厳を

私なら意外と元気なぜだろう

花とご飯が好きだからかな


伏線です。花が元気のキーワードであることを読者の意識にすりこみます。

このあたりから作中主体はどんどん追い詰められていくのですが、しだいに歌の中で花の存在感がなくなっていきます。

詩歌に慣れたかたにとっては言われなくても察せられる伏線かもしれません。でも今回は詩歌をふだん読まない方が想定読者なので、足させていただきました。



しろたえの職務経歴

ぬばたまの御社

グレーなままの外食


「しろたえの」は「衣」「袖」などにかかる枕詞です。

「ぬばたまの」は「髪」「夜」などにかかる枕詞です。

しかし双方とも中学〜高校で習うことから、その知名度は高く、それがそのまま「白」「黒」を意するものとして広く定着していると考えました。あえて枕詞を踏み外し、まっしろな履歴書とブラック企業を対比させ、就活を表現しました。また、就活ついでに、コロナ禍で許されているか微妙な外食に出かける様子を最後におきました。このブラック企業はエントリしている先ととっても、この直後に会いに行くキミの勤め先ととっても、キミの勤め先=元弊社ととってもオッケーです。



朝顔が開く時間に純白の

ワードファイルを咲かせてるキミ


朝顔は秋の季語ですが、例によって旧暦と少しずれるので八月〜十月の真夏です。あとに「東京」が出てくることからも季語が新暦通りの季節感で進行しているのがわかるのですが、もっと早く「東京」を出して関東なのを表現してしまってもよかったなぁと思っています。

朝顔の開花は日の入りから数えて8〜10時間後。真夏だと早朝に開きます。この時間にワープロソフトのワードファイルをしかも純白で開いているということは、だいぶ酷い労働環境か精神状態なのが察せられる作りです。

徹夜残業してなお仕事が終わっていないととるのも、前残業のために早朝出社したととるのも、自宅に仕事を持ち帰っているととるのでもOKです。真っ白な理由は何も思いつかなかったとも、作ったけれど消したとも、今きて起動したとも取れるようにしてあります。

ここからキミの象徴が白い花になるよう、じわじわ読者にすりこみをしていきます。



「ダメかもな」とても小さなその声に

キミがほんとに散りぎわと知る


例によって説明のための一首です。キミが限界なのは直前で詩的に説明しましたが、ふだん詩を読まない人にも伏線を感じてもらうため、直接的な描写を入れました。キミと花が重なっていることも下の句でアピールしています。



満開のギガンチュームでキミのこと

殴れば頬が水無月になる


アリウム・ギガンチュームは紫の大きな球体みたいな花が咲きます。異様な花です。茎も長いのでフルスイングして殴りたくなる形をしています。季語として扱われることはありませんが、開花は六月ごろ。花言葉は「正しい主張」「深い悲しみ」とされています。

頬が水無月になる、なのですが、今読むとすごくわかりにくいですね。作った時は「正論でキミをなぐったら六月の雨のように泣いてしまった」というつもりでした。水無月という字面は水が無いためよけいわかりづらかったと思います。六月でよかったな。



白菊の花の隙間に尊厳を

いっぱいつめて一緒に燃やす


突然お葬式の場面になります。ページ切替直前に持ってきたのも、読者にびっくりしてほしかったからです。誰のお葬式なのかは曖昧ですが、次のページの一首目で明かされます。

仏教ではないかたのために解説すると、多くの宗派では葬儀のあと、棺にいる故人のまわりを花でいっぱいにして送り出します。大抵の場合は白い菊をつめます。そして花でいっぱいになったら、故人への手紙や故人が生前好きだったものを添えてあげるのです。そのまま火葬して冥土に持って行ってもらうので、燃やせるものしか添えられません。

添えるプレゼントを「尊厳」という堅く重い言葉で強めにアピールすることで、逆説的にその人は尊厳のない生活に命を奪われたことを説明しました。




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