P2 外ばかり行っていたので〜生殖の役から放たれるかわり

外ばかり行っていたので

どの花がどこにあるかで地図を作れる


外ばかり行っていた理由は複数考えられ、どれも正解です。

最初の首でコロナ禍の予想を立てた読者の場合、こちらも失業後遊べる場所が外しかないという解釈になるでしょう。前職が外回り営業だったと解した人もいました。単に花やお外が好きともとれます。精神のバランスを崩してじっとしていられないとも取れます。

次から植物の歌を並べるにあたり、唐突にならぬようクッションをしきました。



四つ葉なら毎年同じ場所に出る

生まれ育ちに刻まれたもの


作者の特技は四つ葉のクローバー探しなのですが、この歌は本当にそうなんです。

私の知っている四つ葉の発生理由は遺伝でしたが、この説は最近否定されたようですね。実は知らないで書いてしまいました。

偶然の幸運に見えてもそれは生まれ育ちに刻まれたものなんだ、ということで、離職にあたり地位や学歴関連のトラブルがあったのかなとか、そういう不穏を持ってもらえたら嬉しいなという一首です。



リンドウを腕いっぱいに抱えたら

空の一部になれるだろうか


実はリンドウ自体は仲秋の季語です。短歌に詳しいかたは「なぜ突然秋に」と思ってしまったかもしれません。申し訳ないです。自分の住んでいる土地では、フデリンドウという自生種が春に咲くので完全に勘違いしておりました。

フデリンドウはリンドウより薄く明るい青で、春の空の色に似ています。広い公園などに行けば、腕いっぱいに抱えられるくらい摘めます。

自分の常識ひとの非常識、ということに配慮の欠けた歌でたいへん反省しております。

このリンドウを花屋の軒先でみた温室栽培もの、もしくはホタルブクロ属園芸種のカンパニュラと解釈してくださったかた、ありがとうございました。救われました。米津玄師の「カムパネルラ」という歌はリンドウが出てきましたね。



紫の降りくる吟香ぎんか

藤棚ふじだなはなにもない日をゆるしてくれる


前半は視覚と嗅覚の満足感を示し、後半で「なるほど藤棚にいるのか」とびっくりしてもらう、という構成です。藤は花筏と同じ晩春の季語です。春のちょっと強い日差しの日など、藤棚の下に入ると良い匂いで涼しくて本当に許されているような感じがします。

吟香が浮いている、というご指摘を受けました。まこと慧眼です。吟香は本来お酒に使う褒め言葉で、修正前は下の句で真昼の飲酒をしておりました。公園で日本酒を飲むな。仁王立ちするようなアラサーならそのままでもよかったかもしれません。しかし無職を強調する方にヒヨりました。



風おきてバラの香りが舞いあがり

半端な髪をきぬけてゆく


薔薇は初夏の季語です。ここで季節がちょっと進み、五月ごろになります。関東だと薔薇はちょうど藤の直後に見頃を迎えます。

季節がちょっと進んだのは、髪の描写からもわかってもらおうとしています。ずっと切っていないんですね。ショートならもちろん、男性はピンとこないかもしれませんが、たとえロングヘアでもたまに切らないと変なかたちになってしまうのです。「梳く」は本来クシで髪を整える動作をさすので、クシすら使わず乱れた身なりで出かけたともとれます。

髪を整えていない理由はコロナのせいとも、無職の無気力ゆえとも、どうとっても正解です。



生殖の役から放たれるかわり

二十重の花を背負って踊る


直前の薔薇について言及した歌です。野生種のバラの多くは一重咲きです。多くの薔薇は観賞用に品種改良されて花びらが増え、実はつかないか、ついても機能できません。バラ園などに行くと枯れかけの花をくれることがありますが、すごく重いんです。本体をきちんと育てないと風雨で簡単に折れてしまいます。

仕事から解放された作中主体が、薔薇を見ながら「本来と違う役目でいるのも楽じゃないよね」と感情移入する歌です。というのは建前で、ブンゲイファイトクラブ二回戦に進んだら婚活がテーマの作品を出し、この歌を周囲が子育てする中めかしこむアラサーの苦悩としてまるごと引用するつもりでした。続き物であるのをアピールするために。



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