第29話 神と人 その価値観の違い1

 竜騎士団のセシルと話を終えた後、宿舎を出たニーナは自分がどうやって宿ここまで戻って来たのかも分からない程に混乱していた。


 ニナエ村を襲っていたのが黒い山羊の頭をした化物


 ニーナはこの世界でそれ程長く生きてきた訳では無いが、知識の中で知りうる限りでは該当するのはしか居ない。


 アレク、真名は邪神アドラメレク


 怨敵と思い今までそれを糧に生きてきたニーナに取ってセシルに言うことをそのまま信じる訳ではないが、一つだけ確かな事はセリスはを付いていない。


 アレクが戻って来たら問い詰める必要があるが幸い今は留守にしているのでニーナは自身を落ち着ける時間の猶予があったのは幸いだった。


 激情に駆られたままアレクと対峙していたらどうなっていたか分からないからだ。


 取り敢えず今思い悩んでも余計な考えしか浮かばないのでニーナはまだ日も明るいが身体を休める様にした。


 こういう時に限って本来なら中々寝付けない物だが、精神的に疲れていたのか意外に直ぐに眠りにつく事が出来た。


 次にニーナが目を覚ました時は日は完全に落ち辺りは暗闇に包まれていた。


 未だモヤモヤはしている物の身体はそれなりに休められた様で肉体的な疲れは感じられ無かった。


 ニーナは起き上がると部屋を出て隣に借りているエリスとパルムの部屋のドアをノックした。


 「エリス、居るのかしら?」


 部屋の中からドアに向かって歩いて来る音が聞こえる。


 「お姉様、お身体の加減は如何でしょうか? 私達が戻って来た時はお休みだったようなので先に食事は済ませてしまいました。」


 「えぇ、その事は別に構わないわ。所でアレクは居るかしら?」


 ざっと部屋の中を見回してもアレクの姿は見えなかった。


 「邪神様なら食事ゴールド用事が有るとかでお出かけになられました。」


 「そうだったの。いつ頃戻って来るとか聞いているかしら?」


 「いえ、散歩に行くとか言ってふらっと出ていかれたので特には何もおっしゃってませんでした。」


 「分かったわ。ありがとうエリス。」


 エリスに礼を言い私も少し寝過ぎたから散歩に行ってくると伝え宿を後にした。


 宿を一歩外に出るとニーナは直ぐに気付いた。


 まるでに居るとワザと知らせてるかの様にアレクの気配を感じた。


 「なるほど。全てお見通しなのね。」


 ニーナがアレクに用がある様にアレクもまた同様なのだろう。


 散歩は口実に過ぎない。


 ニーナはアレクの気配を辿り街の中を抜けていく。


 街の外壁の上にアレクの後ろ姿が遠目に見えている。


 確かにあそこなら周りからは目立たないだろう。


 ニーナは外壁までゆっくりと歩いて行くと飛び上がり外壁の上に上がっていった。


 アレクは背を向けたまま空を見上げている。


 「随分遅かったじゃないんですかねぇ。」


 「疲れて寝ていたのよ。それより話があるわ。」


 「それはの事ですかねぇ。」


 「話が早くて助かるわ。」


 「それで、何処から話せばいいんですかねぇ?」


 全く普段と変わらないアレクの声色


 「勿論全てよ!」


 「少女ちゃんは欲張りですねぇ。」


 「ふざけないで。事と次第に寄っては......。」


 「ワタシとやる気なんですかねぇ?」


 「そうなるわね。」


 「勝てるんですかねぇ?」


 「負けるつもりは無いわ。例えこの世界を破壊しようとも。」


 「相変わらず過激ですねぇ。」


 背を向けていたアレクはニーナの方に向き直った。


 「それじゃあ語りましょうか! 今回の物語の顛末を!」


 ショーでも始まる様な口調で抑揚をつけてアレクは事の始まりを語り出した。


 「最初に言っておきますが、ニナエ村を襲ったのはなんですねぇ。」


 気付くのが遅かったですねぇと付け加えた。


 「まさか一番に復讐相手が居たとは私も誤算だったわ。」


 ニーナの感情は昂っているが声は抑えている。


 「邪神なんて者を簡単に信じてはいけないんですねぇ。」


 「今後の為に肝に銘じておくわ。」


 その方がいいとアレクは言う。


 「ニナエ村は滅ぼす必要があったんですねぇ。」


 「それは何故かしら?」


 「少女ちゃんは気付いてましたか? あの村が事を。」


 「私は特におかしいと感じた事は無いわよ。家族も兄さんも村の人も至って普通だったわ。」


 「そりゃそうなんですねぇ。何故なら皆が揃って少女ちゃんに居たんですからねぇ。」


 「隠していた? 一体何を?」


 「その話をする前に先に伝える事があるんですねぇ。」


 アレクの話が飛び飛びで若干苛つくニーナ。


 「ワタシにニナエ村を《襲う》様に頼んだのはアレスですねぇ。」


 「笑えない冗談だわ。何故兄様が自分の故郷を滅ぼす為にアレクに頼む必要があるのよ。」


 「おや? 気付いてないんですかねぇ?」


 「まどろっこしいわね。はっきり言いなさいよ!」


 やれやれといわんばかりに首を振るアレク


 「少女ちゃんの為なんですねぇ。」


 「兄様が私の為に故郷を滅ぼしたとアレクは言うのね。」


 そうですねぇと返すアレク


 「そんなデタラメは信用出来ないわ。」


 「残念ながら事実なんですねぇ。」


 「それが本当だと言うなら邪神の瞳を使わせて貰うけど構わないかしら?」


 「好きにするといいんですねぇ。」


 ただ神たるアレクにそんな物が果たして本当に効くのだろうかとも思うが何らかの牽制位にはなるだろうとニーナが考えた結果だ。


 ニーナは邪神の瞳をアレクに掛ける


 アレクなら簡単に弾く事も出来たはずだか抵抗する素振りすらせずに受け入れた。


 「それじゃあもう一度聞くわ。兄様が私の為に故郷を滅ぼす様にアレクに頼んだのよね?」


 「そうですねぇ。アレスがワタシに少女ちゃんのに故郷を滅ぼす様に頼んだんですねぇ。」


 ワザとニーナの言葉を反芻する様に答えたアレクの瞳の色は変わらなかった。


 「嘘......。」


 「事実なんてそんなものなんですねぇ。」


 アレクもまた嘘はついてはいない。


 「それなら何故竜騎士団のせいにしたのかしら?」


 アレクはわざわざ敵を作る意図が分からなかった。


 「それは必要だったからなんですねぇ。」


 「危うく関係無い人々を手にかける所だったじゃないの!」

 

 「それはそれで邪神としては事でもあったんですがねぇ。」


 罪なき人々を手にかけさせようとしたアレクに怒りが湧いて来る。


 「少女ちゃんのの為には敵を作る事が必要だったんですねぇ。実際にそれがあったから少女ちゃんはなれたんじゃないんですかねぇ?」


 ニーナ自身も完全に否定は出来ないが、だからと言って何の罪も無い人達に無実の罪を着せて手にかけるのはそれはそれで間違っていると思ったのだった。


 「確かに復讐という物が私のチカラの根底にあったのは否定出来ないわ。だからと言って無実の人達を害していいとも思わないわ。例え邪神の使だとしてもよ。」


 「其処は神と人の価値観の相違ですねぇ。目的の為には生贄や犠牲は必要だと思うんですねぇ。人一人一人に価値等は見出せないからですねぇ。」


 そもそも立場の違いによる価値観の相違等は埋めようが無い。


 人一人なんて神の視点から見れば人が無数に飛んでいる虫一匹一匹と変わらない物なのだから。


 「それにニナエ村を滅ぼしていなければ生贄になっていたのは寧ろ少女ちゃんの方なんですねぇ。」


 「何故私が生贄になるのよ?」


 「少女ちゃんはこの世界における聖女と言うのがどういった末路を辿って来たのか知っているんですかねぇ?」


 ニーナの知識の中ではゲームや本などで読んだ神聖な神の巫女の様な物であった。


 「この世界における聖女の役割は神へのなんですねぇ。」


 「神の供物?」


 「そうなんですねぇ。言葉通り神に魂を捧げるんですねぇ。」


 「それは殺されるという事かしら?」


 「正確には魂を殺されるんですねぇ。」


 「魂を殺されるたらどうなるのかしら?」


 「無になるだけですねぇ。普通は死んだ者はやがて輪廻転生し生まれ変わるんですが

魂を殺されるとその理から外れ永遠の無に還るんですねぇ。それが神の供物にされるという事なんですねぇ。」


 天災や疫病は神の祟りとして誰かを生贄にしていた事が昔にはあったと言う前世の世界の話を思い出したニーナ。


 「少女ちゃんが生贄になる事は既に産まれた時から決まっていたんですねぇ。それを阻止する為にアレスは冒険者になって何とかする方法を探して居たんですねぇ。そして辿り着いたのが、神に仇為す邪神ワタシの存在なんですねぇ。」


 「それと村を滅ぼす事に何の関係があるのかしら?」


 「邪神と言っても大枠では神の一柱なんですねぇ。顕現するにはの魂を必要とするんですねぇ。其処にワタシとアレスの利害がたまたま一致しただけなんですねぇ。」


 アレスがニーナを守る為には邪神に頼るしか無かった。邪神を顕現させるにはそれなりに人の死が必要だった。

 だからアレスはニーナを守るという一点において村を滅ぼす即ち村人を生贄にする事で邪神を顕現させニーナを生贄にしようとしていたニナエ村の人々を同時に始末することで解決を図ったのだろう。


 「利害が一致したのね兄様と。」


 「そう言う事なんですねぇ。」


 ニーナは何も知らされないままアレスに救われて居たのだろう。


 今は亡き自身の兄の正しかったかは分からない優しさにニーナは救われて居たのだと知ったのだった。


 




 


 

 


 

 

 



 

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