第27話 規格外対規格外

 クレアに連れられ何やら宿舎らしい建物へ


 特に豪奢という訳でも無く少し広い西洋風長屋みたいな建物の中へ入って行く。


 裏側には竜が繋がれているのか時折鳴き声が聞こえている。


 しかしギャオースって鳴き声はベタというか何というかは風情に欠けるわね。


 ニーナはそんな事を思いながらクレアの後ろを歩いて行く。


 敵地に入っても特に緊張感は無かった。


 宿舎の中を進んでいる時にすれ違う竜騎士達が各々クレアに挨拶をしていく。


 「へぇ〜意外に慕われているのね。それに......。」


 クレアに声を掛ける者達は全員ニコニコとしており顔をあからさまに赤く染めている者もいる。


 に美人だからこんなむさ苦しい中じゃ当然と言えば当然ね。


 紅一点とまでは言わないが、男女比なんて考えるまでもないだろう。


 そうこうしてる内に少し豪華な扉が見えて来た。


 扉の前でクレアはノックをする。


 「第二師団副隊長クレア・マスカレードです。」


 中から入れとぶっきらぼうな声が聞こえた。

 

 クレアは一言失礼しますと言うと扉を開けた。


 中は執務室の様な造りになっており、適度に品が良さそうな調度品が飾れており奥にある机の横には騎士ヨロイが飾れている。


 鎧の胸元には紋章が刻まれておりクレアと同じ紋章から卓に向かって書類仕事をしている見たまんま王子様といった風体のこの男が竜騎士団団長のセシル・フォン・ドラゴニアスなのだろう。


 セシルはクレアとニーナを一瞥するとソファに手を向け座りたまえと言うと身体を伸ばしてから立ち上がりニーナと対面に座ったら。


 クレアはニーナの後ろに立っている。


 万が一の場合ニーナを取り押さえる為だろう。


 「俺はセシル・フォン・ドラゴニアス。セシルでいい。」


 王子だからもう少し偉そうなのかと思ったが意外にもそこまで偉丈夫ではないようだ。


 どうせならとことんクズな奴なら今この場で殺しても構わないとニーナは考えていたが一旦は矛先を抑えた。


 「私はニーナ。のニーナよ。」


 只のニーナを強調して自身が平民である事をアピールする。


 「ニーナといったか、街の入口で随分暴れていたそうじゃないか?」


 「あの程度で暴れる? 私が今で本気で暴れてみようかしら?」


 挑発と煽り


 相手が切れてくれれば尚更好都合だったが


 「その歳で随分剛気じゃないか。どうだウチに入らないか?」


 クレアが諫める様に団長と言い掛けるがそれをセシルは手で制した。


 「そうねぇ〜私より強い人が居るなら考えるて上げてもいいわよ?」


 「ニーナがどれだけ強いかは分からないが世の中は広いと知った方がいい。」


 「それは貴方よりのほうが強いという自己紹介かしら?」


 これには流石のセシルも若干顔を顰めた。


 一瞬表情に出てしまったものの直ぐに元の表情に戻した。


 「なんなら俺の妾でどうだ? 悪い様にしない。望むなら贅沢な暮らしも約束しよう。」


 流石にクレアが団長お戯をと口を挟む


 「私は貴族になりたい訳じゃないの。誰にも私は縛れない。ましてや自分より男の妾なんて真平ごめんだわ。」


 ニーナ殿とクレアが諫めてくるがニーナはそれに取り合わない。


 セシルが自分より弱いというのもあるが、怨敵の嫁になるなど一体何の冗談なのだろうかと思うと黒い感情が湧いてくる。


 「ニーナは中々面白いじゃないか。どうだ竜騎士団にこないか?」


 何を何処が気に入られる要素があったのか不思議で仕方なかった。


 ここへ来てから嫌みしか口にしていない。


 それともこいつもまさかのロリコンなのか背筋が寒くなった。


 「どちらにせよ今の私は自由を謳歌しているの。何処にも所属するつもりはないわ。」


 「それは残念だ。その気になったら声を掛けてくれ。いつでも歓迎しよう。」


 「話は聞かなくていいのかしら? その為に呼んだんじゃないの?」


 「最初はそう思っていたが、どうやらその必要はない事はニーナを見て分かったから不問でいい。」


 それだけ言うとニーナは解放された。


 ニーナは聞いていた話とは随分違うセシルの態度に調子が狂うわと内心で呟いたのだった。

 

 宿舎の入口まで戻るとエリスやパルムが待っていた。


 パルムは騎士達に囲まれて居たが相変わらず冷たい視線を送り口一つ開く様子は無い。


 そのクールビューティみたいな態度が余計に人を寄せ付けているとニーナは思ったが、余りにも社交性に欠けるパルムにはいい薬になると特に助ける事はしなかった。


 ニーナはエリス達に帰るわよと声を掛けると後ろからクレアに引き止められた。


 「是非一手手合わせをお願い出来ないでしょうか?」


 「面倒くさいんだけど?」


 心底面倒くさいといった表情をするニーナ。


 「私がやったら貴女死ぬわよ?」


 「そこまで言われるなら是非共お願いしたい。」


 クレアがここまでの身の程知らずの死にたがりだとは思わなかったがセシルとの一件から彼女なりに思う事があったのだろ。


 竜騎士団の貴重な戦力を大義名分で削れるという魅力に心が傾くがまだこの街に来て何の情報も得ていない。

 最終的にやる事はブレないが今直ぐ暴れるわけにはいかないのでクレアの提案に付き合って上げてもいいかなと考えたニーナは


 「そうね、じゃあ先ずエリスとやって勝てたら私がお相手するわ。エリスに勝てない様じゃ私とやっても一秒も持たないわよ。」


 「エリスさんとですか? それは流石にわたしが負けるなどとは.....。」


 「ならいいじゃない。それにあの娘もに強いわよ。」


 そうなんですか?と何処か納得いかない様な表情を浮かべている。


 ニーナはエリスを呼ぶと貴女が相手をしなさいと告げた。


 小声で但し半分位のチカラでやるのよと釘を刺す。


 エリスもニーナと比べるとまだまだだがそれでもそこいらの名のある者に対しても引けは取らない筈だ。


 幼女ではあっても邪神の使徒。


 普段はニーナと手合わせをして修練を続けているので弱い訳がない。


 それでもニーナには擦り傷一つつけられないのだからニーナが如何に規格外の強さなのかが分かるだろう。


 クレアに促されニーナ一行は宿舎の裏にある練兵場と移動した。


 流石に邪神シリーズの槍を使うわけにもいかないので手頃な槍を一つ借りる事にした。


 いつの間にやら練兵場の周りには人集りがが出来ていた。


 大半がクレア目当てであってエリスが勝つなどとはとして思っていないだろう。


 エリスは槍を受け取るとパルムに槍を掲げて頑張りますと言わんばかりに笑顔を向けた。


 娘の初めての運動会に参加した母親の様に愛しい我が子の雄姿を一瞬で見逃すまいとパルムは未だ人集りの出来ていて自身に掛けられている声など一切聞こえていないかの様にエリスにのみその五感を持って集中している。


 エリスは槍を軽く振るとクレアに一礼していつでもどうぞと声をかけた。


 クレアの武器は長剣である。


 こちらもまた本来の武器ではなく訓練の様の模擬剣のようで刃は潰されている。


 クレアも長剣を構えていざエリスに打ち込もうとして動きが止まる。


 身の丈に合っていない槍を構えているエリスに隙が全く見えないからだった。


 下手に動けば一瞬で心臓を貫かれような嫌なイメージが頭を過ぎる。


 杞憂だと首を振りクレアは全力で長剣を上段から振るっていった。


 それを見ていたニーナは確かに言うだけの事はあると思うが、ただそれでもそこそこでしかないと判断する。


 振り上げ、踏込み、間合いの詰め方等確かに早く綺麗なのだがそれはあくまで型の様な剣筋。


 本当の殺し合いで振る剣ではないと早々に見切ったのだった。


 「まぁ、この程度ならエリスでも擦り傷すら付かないわね。」


 単純にその様な評価を下した。


 エリスは自身に振り降ろされる剣を槍の先絡めとる様にいなすとクレアの握る剣の柄を槍の石突きで突く。


 邪神の力を持っている者の胆力から放たれた一撃を人の手が耐える事など出来ようもない。


 アッサリとクレアの手から長剣は手放されて宙を舞い地面に突き刺さったのだった。


 剣を拾い直すと先程より強く踏込み横薙ぎに剣を振るう。


 エリスは先程と様に正確にクレアの剣の柄を石突きで突き剣を宙へ弾き飛ばした。


 同じ事を同じ様に数回繰り返し宙へ浮いた剣が地面に落ちガランという音がしたタイミングでクレアから参りましたとリザインの声が入ったのだった。


 何度も騎士であるクレアが剣を手放してしまった事が彼女のプライドをズタズタに引き裂いていた。


 結局エリスはクレアから一擦りすらさせずにクレアのリザインで勝敗は決したのだった。


 周りの騎士達は唖然としていた。


 まさか副隊長がなす術無く敗北するなどとは思わなかったからだ。


 クレアがわざとエリスに勝ちを譲った様に思うものも居ただろう。


 クレアはショックからか立ち尽くし動く気配は無かった。


 自分より遥かに歳下である子供ましてや女の子に擦り傷一つすら付けられず武器を手放され続けてしまったのだから。


 エリスがその気になればわざわざ武器など狙わなくてもやりの矛先はクレアの身体に届くのが分からない程クレアも未熟では無い。


 分かる者だからこそ感じる自身との力量の差にクレアはショック以上のダメージを受けていた。


 動けなくなったクレアの代わりに周りの騎士達はまぐれだと言わんばかりに次々とエリスに挑戦しては折り畳まれ吹き飛ばされ転がされていった。


 騎士の山が出来上がる。


 エリスは力半分程度だったのでまだまだ余裕だったのだろう。


 寧ろ退屈と言わんばかりに槍をクルクル回している。


 「お姉様どうでしたか?」


 全く何でも無かった様な無邪気な姿が子供故の無自覚な残酷さをこの場にいる者に突きつけていた。


 挑戦者が居なくなりエリスは物足りなかったのかニーナの方を見ていた。


 上手くやったのだからご褒美は?とエリスの目がニーナに対して物語っていた。

 

 エリスは何かを期待しているかの様にキラキラした目をニーナに向けている。


 ニーナはそんなエリスを見て仕方ないわねと言わんばかりに一つ溜息を吐くと練兵場の中心に向かって歩き出した。


 途中騎士に声を掛けて刃を潰した長剣を一本借りる。


 「今日こそお姉様から一本取ります!」


 「百年早いわね。」


 そのニーナの言葉が合図になったのかエリスは全力で距離を詰めるとニーナに向かって加減も無しに突きを放つ。


 何の躊躇いも無く急所に向かって。


 もし騎士にエリスが同じ突きを放っていれば簡単に風穴が空いていた事だろう。


 ニーナは長剣を見えない速さで振るいその切っ先を弾く。


 二人のやりとりが何をしているのか見えない物も沢山居た事だろう。


 只、金属同士が奏でる硬質な音だけが騎士達の耳を通じて伝わるのみだった。


 自分達ではこの先も届き得ない技量同士の模擬戦殺し合い


 エリスは的確にニーナを急所を狙って槍を繰り出す。


 ニーナは最初の位置から一歩すら動かずのみでエリスの突きを弾いていく。


 「流石はお姉様。それならこれわ?」


 エリスの突きが足元を狙う。


 ニーナはその突きを難なく弾くが目の前にエリスの蹴りが迫っていた。


 神速の突きをフェイントした蹴り


 流石のニーナも剣を持っていた反対の手を使いエリスの足首を掴んだ。


 「今のはよかったわよ。でもまだまだね。」


 「今のは行けると思ったのになぁ。」


 次元の違う戦いを繰り広げながらの普通の会話。


 普通の会話をしながらも二人の模擬戦という名の殺し合いは続いて行く。


 このままでは埒が行かないとエリスは後方に飛び槍を構える。


 自身の今持てる力の全てを注ぎ込み突きのの一撃に掛ける。


 ニーナもそれを感じたのか珍しくしっかりと剣を構えた。


 「行きます! お姉様!」


 縮地とも呼べる様なもう人には出せない速度での神速の一撃。


 ニーナはその槍の持ち手の上を素手で掴み取った。


 力はニーナの方が上なのでそれ以上エリスがどれだけ力を込めても槍は進まない。


 ニーナは掴んだ槍ごとエリスを力任せに放り投げる。


 例え放り投げられてもエリスは槍をその手から離す事は無い。


 「じゃあ、次は私の番かしら?」


 エリスはニーナのその一言だけで背中が泡立つのを感じた。


 剣を構えたニーナが来るのは分かっていたが


 気付いたらニーナの剣の冷たい金属の感触だけが首元に伝わっていた。


 いつ剣を振ったのかいつ間合いを詰められたのかすら分からなかった。


 エリスは目の前で微笑んでいるニーナに向かってリザインしたのだった。


 ちょっとした余興も終わりエリスも満足したのかパルムの方へ走り飛びついた。


 「お母さん、また負けちゃった。」


 その小さな頭をパルムの豊かな棟に埋める。


 「エリスはまだまだこれから強くなるから心配しなくて良い。母が鍛えてやるぞ。」


 パルムの周りにいた騎士達がお母さん!?

と驚きの表情を浮かべていた。


 「そろそろ帰るわよ!」


 ニーナの声に一行は揃って振り返る事なく練兵場を去って行った。


 後に残された者達の気分は重かった。


 幼女に完膚なきまでにあしらわれた。


 そんな自分達が擦り傷一つすら付けられなかった幼女を軽くあしらっていた少女バケモノ


 あんな人外の者には二度と関わりたく無いと騎士達は気絶した騎士達を担いで宿舎に帰って行ったのだった。


 一人残されていたクレアは目の前で行われていた模擬戦殺し合いから目が離せなかった。


 到底今のままでは届かない圧倒的な差


 今も練兵場に残る二人の戦いの残骸足跡


 ニーナが立っていた地面には小さな足跡が二つしか残っていなかった。


 その二つしか無い足跡が自分と少女との埋め様が無い差だという現実がクレアに重く伸し掛かる。


 自身が他者より優れていると天狗になっていたのか?


 自問自答しても答えは否


 年頃だと言っても他の子女の様に遊んでいた訳では無い。


 そんな暇があるなら寝る間も惜しんで剣を振っていた。


 何が足りなかったのか?


 何かもが


 このまま剣を振り続けていつか彼女の居る所に立てるのか?


 明確な否


 一生掛けても無理だろう。


 自問自答しても足りない、届かない以外の答えしか出ない。


 女としての華やかさ楽しみは全て捨てて剣一本で生きて来た。


 それが一切通用しなかったのだ。


 クレアは日が暮れ周りが暗くなってもまだその場から動く事は出来なかったのであった。



 翌日の早朝クレアはセレスの机に退団届けを置くと足早に街を出て行った。


 彼女が何処へ行ったのかを知る者はは誰も居ない。


 


 


 


 



 


 

 

 

 

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