第21話 母娘(親子)

 「そう言えば邪神様の使徒は私で二人目なんでしょうか?」


 「一応もう一人というか一匹いるんですがねぇ......。」


 「どうしたんですか? 邪神様?」


 珍しいアレクの歯に物が挟まったかの様な言い方にエリスは首を傾げた。」


 「少し放置してしまっていてですねぇ。今更顔を合わせるのも気不味いんですねぇ。」


 「邪神様。それはどの位のなんでしょうか?」


 「えっと...... 数百年ですねぇ。」


 「数百年ですか? それはかなり可哀想な気がします。折角同じ邪神様の使徒なのに。」


 エリスは邪神の使徒は仲良く協力する物という認識だった様だ。


 エリスは本当に可哀想だと目をうるませていた。


 確かにアレクも悪いとは思ったが、一筋縄ではいく相手では無い。


 何と言っても邪神の最初の使徒なのだからだ。

 

 エリスの琴線に何かが触れたのかエリスは一人で迎えに行くと言い出した。


 流石にそれは身の危険があるとアレクも止めたのだが、大丈夫話せば分かり合える筈です。の一点張りでエリスが納得する事は無かった。


 どうやらニーナとは違った意味でエリスもまた頑固だった様だ。


 流石に折角使徒にしたエリスをどうなるか分からない所に放り出す訳には行かず予定を変更してエリスに付き合わざるを得なかったのが今目の前で行われている戦闘である。


 やはりと言うか案の定目の前の邪神の使徒はかなり怒っていた。


 第一の使徒を放置して第二、第三の使徒がいきなり現れもしたらそれは怒っても仕方が無かった。


 ましてや女の子ばかりである。アレクにはそういう気はさらさらなかったがその事が余計に第一の使徒の怒りに燃料を注いだ。


 話せば分かり合えるから殴り合えば分かるに変わっており今も目の前で繰り広げられている邪神大決戦。


 ニーナが居なくて本当に良かったとアレクは思った。


 相手がニーナなら草も生えない不毛地帯になっていたかもしれないからだ。


 だからと言ってこのまま放置している訳にもいかず所々で口を挟んでみても邪神様は見ていて下さいの一点張りでどちらも引く様子は無かった。


 仕方なくアレクは邪神使徒同士の大決戦を傍観している。

 

 「どうして分かってくれないんですか?」


 「お前の様な小娘に何が分かるのじゃ!」


 協力な鉤爪を振り回してエリスを切り裂かんと巨大な手を振るう。


 「邪神様も申し訳ないとおっしゃっておられました。どうかと怒りを収めて下さい。」


 振るわれた鉤爪を槍を横にして受けるエリス。


 完全に防ぎ切れる物では無くエリスの足が地面に沈みこんだ。


 「お願いします。どうかどうか。」


 攻撃するつもりは無くエリスはひたすら攻撃を交わし受け何とか耐えている。


 感情のままにその強大な体躯から振るわれる一撃一撃は邪神の使徒になったエリスでもかなり堪えていた。


 このまま受け続けていけばそのうち体力に限界が来るだろう。

 そうなれば如何に強靭な邪神の使徒と言えど命を散らしかねない。


 「我は寂しかったのじゃ! 一人こんな奥地に数百年も放置されたのじゃ。その気持ちが小娘に分かるのか!」


 「私には分かりません。それでもわたしは貴女とは戦いたくないんです。」


 会話は続きながらも一撃が必殺になりかねない攻撃がエリスに降り注いでいく。


 辛うじて耐えるエリス。


 「我にも子供でもおればこの数百年でも耐えられたのじゃろう。一人で居たこの辛さは小娘にも分かるまい!」


 そうして放たれた尻尾の振り下ろしをエリスは槍では無く小さなてで受け止めた。


 手がギシギシときしみ全身に来る振動は身体中の臓器に変な圧力を掛けている。


 エリスの口の中には血の味が充満している。


 「子供が居たからと言って必ず幸せだとは思いません。」


 「何じゃと! 我を否定するのか小娘!」


 「私はまだ子供です。だから親の気持ちなんて分かりません。でも居ても嬉しくない親だって居るんです。」


 「それは一体......」


 エリスは自身の境遇を話した。


 どうやら話は聞いてくれる様で第一の使徒の攻撃は今は病んでいる。


 大切だった親は既に居なくなった事。


 本来なら大切な筈のもう一人の親は変わってしまった事


 新しい母に新しい兄


 新しい家族は出来たがそれが本当に幸せなのかと


 エリスは一頻り話し終えた後槍を捨てて高く跳躍し巨大な竜の頭に飛び付いた。


 とっさの行動に攻撃したしそこねた邪神竜バルムンク。


 「私にはもう親は居ません。貴女が家族を望むのならこれからは私が貴女の娘になります。」


 そう言うとエリスはバルムンクの頭から歩いて鼻先で屈みその鼻先を小さな身体で抱きしめた。


 「私では不足だと思いますがこれからは母様と呼ばせて下さい。」


 「何を世迷言を......。 我は竜じゃ。人の娘等望んでおら「じゃあどうして泣いてるんでしょうか?」


 バルムンクの言葉は途中で遮られた。


 竜が涙を流すなど


 精神的に追い詰めて殺すつもりだと鼻先に抱き付いているエリスを振り落とそうと顔を持ち上げ用として何かに気付いた。


 筈の物が大きな相貌から地面に落ちているからだった。


 「これは何かの間違いじゃ!」


 竜に涙など存在しない。


 バルムンクは何かの魔法を使われたとさえ思った。


 これでこの戦いは終わりかなとアレクは小さな猫の姿でバルムンクの足元まで歩いて行った。


 「バルムンクよ。申し訳無かった。お前の気持ちに気付いて上げられなかった。」


 アレクはその小さな体躯で頭を下に下げた。


 バルムンクはあの傲岸不遜な邪神がまさか謝るなどとは想いにもよらなかった。


 「バルムンク、君にも一つチカラを授けよう。」


 猫の姿から本来の山羊の頭の姿に戻ったアレクは邪神アレクストスとしてのチカラを行使する。


 巨大な体躯を誇ったバルムンクの身体は見る見る間に縮み女性の形になっていく。


 腰まで伸びた黒髪。


 和装に似た服装


 切れ長の目に


 整った目鼻立ち


 細い手足に雪の様な白い肌


 絶世の美女とも呼べる人の姿へと。


 バルムンクの顔に抱きついていた筈のエリスはその細い腕の中に治まっていた。


 「我が人の姿に......。」


 竜種だからといって人化などこの世界では使える物は居ない。


 精々何かの動物が関の山である。


 「バルムンクよ、これがワタシからの罪滅ぼし《謝罪》である。これで許すが良い。以後パルムと名乗るが良い。エリスは同じ邪神の使徒である。宜しく頼む。」


 相変わらず傲岸不遜な物言いだとバルムンクは思った。勝手に決めて勝手にやったからである。


 「良かったですね。


 エリスはそう言って目の前にある絶世の美女に微笑んだ。


 「もう一回言ってくれんかの?」


 「何度でも良いですよ。お母様。」


 バルムンクはパルム《人》として自分を母親と呼ぶ小さな人の少女の暖かさを腕の中に感じた。


 今度は自然と切れ長の相貌から流れ出た物を受け入れる事が出来ると思えたのだった。


 泣き笑いの顔でエリスを抱きしめるパルム


 そんなパルムの頭を下げて優しく撫でるエリスを見てアレクは


 まさか最強の邪神竜を誑し込むとは幼女ちゃんは末恐ろしいですねぇという思いを心の中に押し留めたのだった。


 こうして最強の母娘が誕生した。


 ニーナに説明もせずどうしたものかと考えるアレクだったが、今だけは幸せにしている母娘二人を見て問題を先送りにしようと思ったのだった。


 



 


 

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