第12話 ニーナ馬鹿にされる

「ちょっと幼女エリスちゃんを借りていくんですねぇ。」


 そう言い残すとアレクはエリスの腕に抱かれてゲートの中に消えて行った。


 お楽しみの時間をする程無粋では無いので二つ返事でアレクとエリスをニーナは見送ったのだった。


 昨日自分が留守の間にあの二人に何があったのかまでは気にしてはいないが、どうやら邪神アレクは幼女を誑し込んだようだ。


 幼女のアレクを見る目が完全に愛玩動物目線では無く信仰対象を崇拝している様にニーナは感じたからだ。


 「一日で人が変わるなんて珍しい事もあるものね。」


 そう言って二人が帰って来た時にどの様に変わっているのか少し楽しみではあった。


 アレクが張り切って自ら出掛けて行ったのでろくでもない事になるだろうというもあった。


 「まぁ、エリスにはご愁傷様と言っておきましょう。」


 もう既に居なくなった一人の幼女に手を合わせた。


 別に死んだ訳ではないのだが。


 一人時間を持て余したニーナは街に出て店を回ったり屋台を覗いたりと久し振りに縛られない自由を満喫したのだった。


 この世界に来てから始めて休日を満喫したニーナは良い気分のまま宿へ帰還した。


 その後ニーナの気分は最低な状態に陥る事になったのだが。


 

 翌朝、ニーナはギルドに向かって居た。


 「折角の休日をエンジョイしていたのに、この責任は一体どうしてくれるのかしら?」


 ご機嫌で宿に帰ったまでは良かったが、宿の受付のおばちゃんから明日早朝冒険者ギルドにする様にと使いの者からの有り難くない伝言を告げられたのだった。


 私は不機嫌です! というオーラを撒き散らかしながらニーナは冒険者ギルドに向かって行く。


 時折すれ違う人がまるで鬼でも見たかの様に小さくひぃっと悲鳴を上げているが、全ての苦情は冒険者ギルドへ。


 全く良い思い出が無い量産型と重しき地獄の門にしか見えない扉を力一杯掴んで扉を開け放った。


 ニーナが力一杯扉を握った為に手の形通りに扉に五指の穴が空いているがそんな事は知った事では無かった。


 寧ろ今のニーナなら安物の扉のせいで指が痛かったと難癖をつけかねない。


 扉の破砕音悲鳴と共に解き放ち開口一番ニーナは不機嫌をぶち撒けた。


 「一体この組織はどうなっているのかしら? ファースデール《最初の街》からも聞いてないわけ? ねぇ? 馬鹿なの? 馬鹿しか居ないの?」


 受付嬢と中にたまたま居た冒険者を睨み付けた。


 「何だぁ? このガキ?」


 ニーナの正体など知らないガタイのいい一人の冒険者がニーナの肩に掴み掛かったと同時にニーナの手がその冒険者を払った。


 冒険者は天井に向かい吹き飛ばされそのまま突き刺さり天上のオブジェの一つとなりさがった。


 「私は非常に機嫌が悪いから全員相手して上げるわよ?」


 ニーナのイライラは先の冒険者天井のオブジェのせいで収まる所か余計に酷く荒れていた。


 ニーナの体躯から勝てると思った力自慢達が次々にニーナに襲い掛かる。


 その全てを打払い天井に天上のオブジェを作り上げていく。


 全員が天井のオブジェと化すと唖然としている受付嬢の前まで行き責任者を呼びなさいと言ったのだった。


 既に半泣きで震えていた受付嬢は慌てて階段を駆け上がりギルドマスターを呼びに行ったのだった。


 直ぐにドタドタと階段を駆け下りてくる音が聞こえると少し小太り気味の背の低いおじさんが現れた。


 「貴方がギルドマスターかしら?」


 「はい、私はこのギルドのマスターをしておりますベクターと申します。この状況は一体......。」


 「いきなり絡んで来た冒険者暴漢をオブジェに変えて上げたのよ。」


 「些かやり過ぎではないでしょうか?」


 「へぇ〜 冒険者ギルドでは市民をいきなり暴漢が恫喝する様な教育をしているのね。よ〜く分かったわ。」


 まだ、完全に状況を把握出来ていないベクターは一部始終を見ていた受付嬢に事実確認をするとギルドに入って来たニーナにいきなり掴み掛かった冒険者がおりその後大乱闘に発展したと説明をした。


 ベクターは何故止めなかったのかと受付嬢を詰問しているが、あんなの止めに入ったら死んでしまいますと涙ながらに受付嬢は必死に説明していた。


 「そちらのゴタゴタは私が帰ってから好きなだけするといいわ。それより何用で呼んだのかしら?」


 ベクターは受付嬢との話を一端話打ち切りニーナの前まで来ると頭を下げた。


 「当ギルド責任者として先の冒険者の愚行を謝罪致します。」


 「そんな謝罪は必要無いわ。それより私の質問に答えていただけるかしら?」


 それではと漸く用件を伝えた始める。


 「冒険者ギルド本部へニーナ様に謝罪も含めましてご招待させて頂きたい言伝をグランドマスター直々にとおっしゃっております。頂先のお約束は十分に存じ上げておりましたが、失礼とはご承知の上でニーナ様の定宿に遣いの者を送らせて頂いた次第で御座います。」


 一応の敬意は受取ったがニーナはそれでも許すつもりは無い。何故なら今ギルドマスターが言った内容が余りに違ったからだ。


 「貴方の事情は分かったわ。それじゃどうしてして来いなどという言伝になっているのかしら?」


 ベクターはニーナの言葉を聞いて首を傾げた。


 「ニーナ様、私はニーナ様のご予定を丁重にお聞きした上でこちらから伺いますとお伝えする様に申し付けたのですが......。」


 どうも話が噛み合わない。


 「何やら齟齬が生じているわね。それじゃあ定宿のおばちゃんが伝え間違えたのか、そちらの職員の言伝がおかしかったのか確認して頂戴。」


 ベクターは直ぐにニーナの定宿に人をやる手配を済ませると次に昨日伝令に出向かせた者を呼び出した。


 「君は昨日ニーナ様の定宿の人に何と伝えたんですか?」


 「早朝にする様に伝えました。」


 それが何かおかしいですか?と言わんばかりの態度だった。


 顔面が蒼白に染まり頭を抱えた後その場で土下座をするベクター。


 床に何度も頭を叩きつけながら申し訳ありませんを連呼していた。


 「もう、いいわよ別に。私は冒険者ギルドがそういう物だと理解しているから構わないわ。」


 横から流石!話分かるーと馬鹿受付嬢の声がしたが気にしない。


 ベクターは立ち上がるとその受付嬢の頭を抑えつけて無理やり地面に擦り付けた。


 「君は一体自分が何をやったのか理解しているのか!」


 「は? 私、何か間違ってましたか?」


 「君は謝罪しなければならない相手を自分の都合で呼び寄せるのか?」


 「それはそうでしょう。貴族が呼んだら黙って来るのが平民でしょ? 其処に悩む必要はあんの? それに平民に頭を下げるなんて理解できないわ。」


 ニーナは成る程と思った。


 この受付嬢は貴族の御令嬢なのだろう。


 私や平民を使用人位にしか思っていないからこの様な態度なんだろうと。


 「貴方面白いわね。」


 「平民に馬鹿にされる謂れはないし。それより呼ばれたらさっさと来なさいよ。アンタがグズだから私が怒られたじゃないの。」


 こいつはダメだ話しにならない。


 「分かったわ。じゃあこの話は貴女の顔に免じて今回は受けて上げるわ。それじゃあ日が決まり次第連絡頂けるかしら。所で貴方は?」


 「随分偉そうね。の癖に。良くその悪い頭で覚えるのよ。私はミレイユ・マクシミリアン。マクシミリアン伯爵家の三女よ。」


 「マクシミリアン家ね。よ〜く頭で覚えておくわ。それと貴女に一つ忠告しといて上げる。私、気に入らない物は徹底的に潰すの。それが国であれ王族であれ魔王であれ容赦するつもりは無いわ。そしてこの世で一番貴女みたいな女が嫌いなの。」


 ニーナはそれだけ言ってギルドを後にした。


 「何よ貴族に向かって平民風情の分際で生意気よ!」


 ベクターは大変な事になってしまったと頭を抱えるしか無かった。



 

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