第11話 幼女は邪神に希う 邪神は少女に敗北する

 随分と可笑しな夢を見ていた気がします。


 確かわたくしは馬車に乗って街に遊びに......。


 「あれ? 此処は何処? わたくしは一体......。」


 今まで見た事も無い粗末な部屋の中で寝かされていた私。


 目の前には見知らぬ黒い服で覆われた少女と黒猫。


 黒猫には羽が生えている。


 猫って羽生えていたかな?


 頭が働いていない。それよりわたくしは


 「やっと起きたんですねぇ? 随分とお寝坊さんですねぇ。」


 「ね、ねこ、猫がしゃべった!」


 驚いている幼女に黒猫が先ずはそこからですかねぇ。


 「わたくしは一体......。」


 目の前の少女が話し出した。


 「お寝坊さん、貴女は盗賊に襲われて気を失っていたのよ。」


 「えっ? 私には護衛が......。」


 「皆やられていたわよ。」


 やられていたとは幼女に言ったが、死んだとは言ってはいない。

 

 嘘は付いていない筈だ。


 「嘘......。」


 「本当の事よ。たまたま通りがかった私が貴女を助けたわ。そしてこの街に連れて来たのよ?」


 その割には随分ぐっすりと寝ていたみたいだけどと付け加える。


 「何かお礼を......。」


 「もう貴女は何も持っていないわよ。」


 「それに死んだ事になっているわよ。」


 「そんな......。これからどうしたら......。」


 「それをこれから話し合おうと思って貴女が起きるのを待っていたのよ。」


 「ごめんなさい.......。」


 幼女は絶望した様な表情を浮かべて俯いた。


 ニーナはこう言った雰囲気は余り好きでは無い。それでもこの幼女には現実を知って貰うのは少し年上の自分の責務だろうとも思う。


 アレクに任せてもいいのだろうがアレクは何や感や言って優しいのである。

 お互いに同じ様に思っているのは滑稽でしかないのだが。

 

 「といっても貴女に出来る事は少ないと思うわよ。先ずは子供だからお金を稼ぐのは難しいでしょう。それなら魔物と戦ってお金を稼ぐというのも出来ないでしょう。」


 ニーナはしか告げて居ないがそれは真っ当な評価でしかない。


 幼女は自分の幼さを呪うしか無かった。せめてもう少し大きければ身売りする事も出来たかもしれないと。


 どうせ身売りとか馬鹿な事を考えているだろうと思ったニーナはその考えを先回りする。


 「別に今の貴女を奴隷商や娼館に売ってもいいのよ? まだ小さいとは言え高貴な身分の可愛い女の子なんだもの。のが好きな者が群がって来るでしょうね。」


 末路は拷問されたり口には出せない目に合うだろうとも付け足す。


 幼女は自身の境遇これからを想像したのか激しく怯えている。


 どれだけ足掻いても今の自分はこの目の前の少女の言う通りにするしかない。


 絶望に飲まれそうになる。


 それにアレクが反応した。


 「少女ちゃん、この幼女ちゃんをワタシに少し預けてみないですかねぇ?」


 「アレク、貴方そういう趣味があったの?」


 「違うわ!」


 全否定。普段とは違う口調になってしまった。


 「この幼女ちゃんも邪神の使徒としてそれなりの素質がありそうなんですねぇ。」


 「それは意外だったわね。良い拾い物だったのかしら?」


 「ですねぇ。」


 ニーナとアレクは当事者を放置して悪い笑みを浮かべている。


 自分の意思に関わらずドンドンと話しが進んでいく。


 何やら邪神等とも聞こえて物騒極まりない。


 一応の話の決着は付いたのかニーナは幼女に選択肢を与える。


 一つ、先に話した通り身売りされ悲惨な末路を迎える。

 それを選ぶのならその程度の運命だったのだと割切る。


 こういう人間は何もなし得ない。

 ただただ搾取されて死に行くだけの有象無象。ニーナが気に掛けるは無い。


 二つ、邪神の使徒となりこの世界ひいては自分をこの様な目に合わせた者達へそれなりのお仕置きをする。


 幼女の教育上敢えて復讐とは言わず押し置きという言葉に留めた。


 幼女の境遇については聞いても居ないから分からないし、深く知るつもりも無かった。

 何せ名前すら知らないのだ。


 そう考えて流石に名前くらいは聞いておかないととも今更に思った。


 「そう言えば貴女お名前は?」


 「エリス...... エリス・アルザベート」


 「予想通りお貴族様だったのね。今やその肩書は無いにも等しいのでしょうけど。」


 それを聞いて更に項垂れる幼女ちゃん事エリス。


 「今日の所はよく考えるといいわ。私は用があるから暫く出掛けてくるわ。アレク、貴方お守りをしておくのよ。」


 そう言うとニーナは部屋を出て行ってしまった。

 

 ニーナが出て行った後の部屋は重い空気が漂ってどんよりとしている。


 邪神なので本来なら気にならない筈なのだが変な居心地の悪さを感じる。


 「こういうのは慣れている筈なんですがねぇ。」


 重い空気に耐えられなくなって来た様に独り言。


 「あの...... 猫さん......」


 「何ですかねぇ幼女ちゃん?」


 「その......」


 とても良い辛そうにアレクを見つめている。


 空気を読める邪神と自負しているアレクは仕方ないとばかりに移動して幼女の膝に飛び乗って身体を丸めた。


 「大サービスですねぇ」


 ニーナにもやった事が無いのだが、アレクにも何か思う事があったのだろう。

 

 エリスは無言のままアレクを恐る恐る撫でた。


 「そんなに怯え無くても噛み付いたりはしないんですねぇ。」


 そう言うとエリスは普通にゆっくりと撫で始めたのだった。


 暫くされるがままにアレクはなっているとエリスはぽつりぽつりと自身の事を話し出した。


 エリスはとある貴族の二番目の子供として産まれた。


 上には兄がおり両親と共にそれはとても大切にまるでお姫様の様に育てられた事。


 ある日兄とお母さんが出掛けている先で何者かに襲われて命を失ってしまった事。


 その時に酷く落ち込んでいたお父さんと私にとても優しくしてくれた女性が今の母親でありその義理の母親には息子が一人いた。


 義兄は最初こそ優しかった物の最近はやたら身体を触って来たり寝ている寝室に勝手に入って来たりととても気持ちが悪かったらしい。


 一度は寝ていたら上にのし掛かられてビックリして大きな悲鳴を上げたらお付きのメイドが慌ててやって来て事なきを得たなど聞いているアレクも顔を顰めていた。


 「少女ちゃんが言っていたこの世界にはロリコンが多いと云うのも強ち間違ってないんですかねぇ」と小さく呟いた。


 その後は全くテンプレとでも言うべき内容だった。


 父親は義兄のみを溺愛。母親はエリスを居ないように振る舞う。寧ろ邪魔とばかりにとっとと嫁がせるべきと父親に進言していた位だった。


 流石に婚約相手として義母が連れて来たエリスより四十は上の貴族については辛うじて父親が断ったらしいが。


 義兄もエリスを虐めたり嫌がらせは日常だった様で下着が消えるなんて事もざらにあった様でそれを父親に訴えても我慢しなさいの一点張りだった様だ。


 そして極め付けは数人の護衛をつけて街に遊びに行ってらっしゃいと送り出された様だ。


 その日の義母はエリスにお小遣いをくれ髪を綺麗に結ってくれるなど今までとは違いとても優しい母親だったらしい。


 笑顔で送り出された後はニーナと出会った顛末に繋がる。


 「幼女ちゃんには今は分からないだろうけど真っ黒なんですねぇ。」


 エリスから特に返事は無かった。


 寧ろ義母が改心したなどと思っていたのかもしれないし盗賊に襲われてしまった位に考えているのかも知れないとも思った。


 「お姉様はどうして猫さんと旅をしているんでしょうか?」


 「お姉様? あぁ、少女ちゃんですかねぇ。」


 アレクは詳細には話はしなかったが、ニーナもそれ程幸せに生きて来たわけでは無かったとぼんやりと話したのだった。


 全部話したら間違いなく身に危険がおよぶだろう事は間違いない。


 「そうなんですね。」


 何か考えている様にエリスは返事をした。


 「猫さん、ワタクシでもお姉様の様に強くなれるんでしょうか?」


 ニーナの様にとなるとそれは血の滲む様な努力と才能も関わって来るだろうとも思う。


 ニーナは最初に力を与えただけで自己に強さを持っていた。


 特にアレクが何かを特別した訳ではない。


 性格がああいうのだから放っておいてもどんどん成長していく物だと考えている。


 それにニーナは敵対さえしなければ無害である。


 苛烈な性格をしてはいるが、最低限の理性は持っている。


 無闇矢鱈自分の力を奮ったりはしないだろう。


 本気で怒らせて暴れたらそれは相手が例え一国であってもニーナは容赦はしないだろう。


 既についてしまった二つ名【動乱を喚ぶ者】には同情も禁じ得ないが本人がその二つ名を気にしていないのだからアレクがとやかく言う事はないだろう。


 「そうだねぇ、それは幼女ちゃんの気持ち次第じゃないかねぇ。」


 「あぁ見えても少女ちゃんは良く物事を考えているし自分の力を疑ったりはしていないからねぇ。」


 自信に裏打ちされた強さを持ちまた狡猾でもある。自分は間違っては居ないと誰が相手でも言い切る事が出来る。それがニーナという少女の強さの根幹を成す物だとアレクも思っている。


 「ワタクシはお姉様の強さを羨ましくおもいます。今のワタクシは何一つ有りません。強さは勿論お金も。こんなワタクシでも変われんでしょうか?」


 「変われるかは幼女ちゃん次第ですねぇ。いつまでも甘えた考えでは今のままでしょうね。」


 変われかもしれない。守られるだけの弱い只のお子様から。


 そう思うとエリスの視界が少し明るくなった様な気がした。


 「猫さん、ワタクシ強くなります。もう弱いだけの自分は嫌なんです。」


 「少しはやる気になったんですかねぇ?」


 「ワタクシはお姉様の役に少しでもなれる様になりたいんです。只、守られて愛でられているだけの自分は今この場でさよならしないといつまで経っても変わらないと思ったんです。」


 エリスが生まれて初めて見せた強い眼差し


 今風が吹けば簡単に消し飛ばせそうな程の弱い灯火


 「幼女ちゃんが思っているよりも厳しいですよ? それでもやるんですかねぇ?」


 「はい、必ずやり遂げてみせます。」


 「途中で折れるかもしれないですねぇ?」


 「その時は捨てて貰っても構いません!」


 どうやら覚悟は固い様だと思ったアレクは幼女エリスに告げる。


 猫の姿を解き本来の姿異形へと


 「ワタシは邪神アドラメレク。お前は何を望み何を叶える?」


 「ワタクシは力を望みます。そしてお飾りでは無い弱い自分とは今、決別してみせます。自身の力で立ち上がり困難を全て乗り越えてみせます。」


 「邪神との約束は違えられぬ。約束の反故は如何なる場合もその魂を差出す事になる。矮小なる力無き人よそれでも邪神の力を望むものか?」


 「ワタクシは約束を違えない! 間違えない!」


 「良かろう。その覚悟ワタシに示してみせよ。」


 「分かりました。邪神様。」


 エリスはアドラメレクに跪いてその忠誠を誓った。


 「ワタシはこれからもお前を見ている。心せよ。」


 「はい、邪魔様。」


 そう言うとアドラメレクはエリスの頭に手を翳し何かを流し込んだ。


 エリスは一瞬意識が飛びそうになったが歯を食い縛り自身の足を思いっきり抓り何とか耐えようとしたがそれでも完全に意識を保ちきる事はなく視界がブラックアウトしたのだった。


 その後意識を手放したエリスをベッドに寝かせるとアドラメレクは元の姿に戻っていた。


 丁度いいタイミングで扉が開かれニーナが帰って来た。


 「アレク、もうたらし込んだの?」


 「その言い方と誤解を生むからやめて欲しいんですねぇ。」


 ニーナこそ扉を開けるタイミングの良さからどうせ扉の向こう側で何かあったらと待機していただろうとは思っていたが、それを言うと藪蛇だから敢えて言わず事にしておいた。


 「邪神が眷属を増やすのは当たり前の事ですねぇ。」


 本音と建前


 「アレク、今日貴方何か食べたかしら?」


 突然の話題の変化に え?という顔をするアレク


 「貴方からそれはもうとてもとても匂いがしたからよ。」


 フフフと笑うニーナの顔は意地悪そうにアレクを見ていた。


 ニーナの言いたい事が瞬時に理解出来た又はしてしまったアレクは渋い顔をする。


 「少女ちゃんはどんどん性格が歪んで行ってませんかねぇ?」


 アレクが何とか絞り出した皮肉にもニーナは


 「だって私の自称邪神様アレクだもの。」


 たっぷりと悪意と嫌味を乗せて三十倍位に返してくるニーナ


 やはり自分ではこの少女には口では勝てないと思いせめてエリスだけでも歪まず育ってくれます様にと再びに祈りを捧げる邪神なのであった。

 

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