第8話 幕間2 その日移動する屋台が初めて世界を駆け巡った
翌朝約束通り冒険者ギルドを訪れたらニーナは掲示板やほかの冒険者にメモくれず一直線にカウンターに向かった。
「わたしの担当のエイミーさんは居るかしら?」
敢えて私の担当と言うのを強調してエイミーを呼ぶ。
奥の扉からバタバタと音がしてまるで神様でも崇めるような目でニーナを見るエイミーがやって来た。
「エイミーの担当のわたしが来て上げたわよ。」
「ありがとうございます。ありがとうございます。本当にありがとうございます。」
首が取れるんじゃないかと言う位の勢いでエイミーは頭を下げて何度も下げている。
「それで私に呼び付けた偉そうな人はどの日かしら?」
この言い様に周りにいた冒険者達もギョッとした様子を浮かべている。
「直ぐに呼んで参ります。」
エイミーはギルド奥の部屋に掛けて行った。
少し待つと如何にも神経質そうな線の細い優男が現れた。
「貴方が私を呼び付けた偉そうなおじさんかしら? で、一体何の用? こう見えても私は忙しいの。三分だけ聞いてあげるから早く説明しなさい。」
「ガキの癖に随分生意気だな? 俺がギルドマスターのマクシーだ。」
「覚える価値のない名前なんてどうでもいいの。早く用件を言いなさい。」
マクシーのこめかみがピクピクと動いている。
「用件は商人ギルドと同じ様に冒険者ギルドにも調味料を降ろせ。取り分はお前が一割九割がギルドだ。」
「それに私にどの様なメリットが?」
「お前は何もしなくてもギルドから一割収入を得るだろ? それがお前のメリットだ。」
「今はそこまでお金には困ってないわ。そんな端金必要無いわ。それに商品を降ろすなら商人ギルドの方がいいわ。」
「こっちは善意でやってやるんだ。それにお前から冒険者証をはく奪してやってもいいんだよ。」
「ふ〜ん。本当にそれでいいの?」
「俺はギルドマスターだ高々低ランクの冒険者証くらい何とでも出来るんだよ。」
「分かったわ。ではそうしましょう。これで冒険者ギルドに何もしなくても済むわね。」
そう言うとニーナは冒険者を握り潰した。
「精々したわ。」
満足したとばかりに満面の笑みを浮かべるニーナ
「後で後悔しても知らないからな!」
「自己紹介かしら?」
マクシーは乱暴に立ち上がるとそのまま部屋を出て行ったのだった。
「大人気ないわね。」
そう言ってニーナも部屋を後にする。
部屋から出るとニーナを心配そうに見守っていたエイミーが駆け寄って来た。
「ニーナさん、どうでしたか?」
「お話にならないわ。」
そう言って握り潰した冒険者証をエイミーに手渡した。
「そんな...... 私のせいで......。」
エイミーはかなりのショックを受けた様で膝から崩れ落ちる。
「気にする必要ないわ。遅かれ早かれこうなっていたんでしょうから。」
全く気にした様子が無いニーナ
それよりもと
「エイミー、貴女絶対八当たりされるわよ?」
「私はいいんです。元々向いて無かったんです。私は何をやってもダメで生きているだけで人に迷惑をかけるだけですから。いっそ死んだ「貴女にしぬ覚悟があるのかしら?」
エイミーの言葉を遮る様に口を挟んだ。
「どうせ死ぬのならその命私に預けてみないかしら? いい
まるで詐欺師の様な言葉を吐きニーナはエイミーにゆっくり考えるといいと言って冒険者ギルドを立ち去ったのだった。
翌日ニーナはいつもの様にゲインと商談スペースでお茶を飲んでいると行きを切らしながら走って来る一人の女性の姿があった。
息も絶え絶えなままにニーナの前に来ると
「私、冒険者ギルドを辞めてきました。どうせ一度は捨てようと思った命です。ニーナさんに預けます。」
「後悔はないの?」
「ありません!」
其処には昨日までオドオドしていた女性とはまるで違ったハッキリと意思を持った一人の人の姿があった。
ニーナは満足気に頷くと
「ゲイン、準備は出来ているの?」
「あぁ、出来てるよ。本当に上手く行くんだろな?」
「誰に言ってるのかしら? それに上手く行っても行かなくても商人ギルドに損はないでしょ?」
ニーナの案では上手く行けばそれで良し。
もし失敗してもニーナが新たなレシピをギルドに降ろす事で商人ギルドはマヨネーズに並ぶヒット商品をただで手に入れる事が出来る。
即ち莫大な利益を生む原資がただで手に入るのだ。
商人ギルドマスターは即決でこの提案を受諾した。
商いに生きている者はお金の匂いに敏感だからだ。
「用意も出来てるみたいだし早速始めましょう。」
翌日屋台に馬車の車輪を取り付けた奇妙な物が街中を駆け巡った。
【エイミーの移動するコロッケ屋さん】
小さな文字で商人ギルド公認ニーナ特製マヨネーズ付と書かれている旗が屋台から控え目に生えている。
それは只の移動する事が出来るだけ屋台。
普通の屋台なら今でもそこいら中で出店されている。
一見普通の屋台だがこの【エイミーの移動するコロッケ屋さん】は他の屋台に比べて圧倒的な
屋台を引いているのはこの街で生まれ育った元冒険者ギルド職員のエイミー。
街の地理は全て頭の中に入っている。
ニーナはエイミーに一つだけアドバイスをした。
時間毎に貴女が一番人が集まると思う場所に井戸しなさい。
たったそれだけである。
コロッケはニーナ通い付けの食堂にレシピを渡しお店でコロッケを出さない事を条件に売上から一定量の金額を払う事でゲインが商人ギルドを巻き込み契約を交わしてある。
食堂もお客さんが居ない時間帯の空いた時間にコロッケをひたすら作り続けるだけでお金が入ってくるのだから寧ろ喜んでニーナの計画に参加してくれた。
材料は勿論商人ギルドから食堂に卸される。
エイミーはコロッケを只売るだけ。
コロッケの在庫が無くなれば食堂へ行きコロッケを補充。
そして再び人が集まる場所へ走り出す。
エイミーは最初信じられない思いだった。
何の取り柄もないと思っていた自分が初めて物が沢山売れる事がこれ程までに楽しいと感じるとは思わなかったからである。
今話題のマヨネーズが掛けられたエイミーのコロッケは飛ぶ様に売れた。
ニーナのギルドでの給金の何倍ものお金を一日で稼ぎ出したのである。
初日が終わった後エイミーの心は充実感で満たされていた。
こうして関わった者全てが利益を得、儲かるシステム《FC》が商人ギルドに仕組として誕生した。
その後【エイミーの移動するコロッケ屋さん】は順調に売上を伸ばしこの世界初のフランチャイズ店として全世界に広がっていくのだった。
エイミーはその後、莫大な資産を築き大商人として名を馳せていくのだが、ニーナ特製マヨネーズの旗だけは生涯移動する屋台から外す事はなかった。
「少女ちゃんは本当にお人好しですねぇ。」
「誰一人損はしてないわ。」
それに
「幸せになる事も嫌な相手に対しての復讐になるんじゃないのかしら?」
「少女ちゃんは少しは邪神の使徒としての教示を持って欲しいもんですねぇ。」
「そんなの持ってたって一銅貨の利益にもならないわ。」
「これは一本取られましたねぇ。」
アレクはいつかニーナに一杯くわせてやるとまた神に祈るのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます