第6話 騒乱を喚ぶ悪戯

 昨日は珍しくダウナーな気分だったが、一日経った事で若干持ち直しゲインとの約束の商人ギルドへ向かった。


 約束は約束


 小さな嘘だったとしてもそれを破ってしまう事は自身も嘘を風潮している者達と同じになってしまうと考えたからだ。


 今すぐにでもこの街を出て怨敵である竜騎士団を皆殺しに行きたい気持ちは一向に治らないがそれはそれ、これはこれ。


 何とか気持ちを切り替えないと美味しい物は作れないと分かってしまう自分が居るからだった。


 普段ならに茶化してくるアレクも静かである。


 空気の読める邪神にワタシはなる!


 特にニーナを気遣っていた訳ではなくたあだ火の粉が我が身に及ぶ事を恐れただけである。


 何処までいっても邪神は邪神であった。


 ニーナが商人ギルドに辿り着くと手を振っているゲインの姿があった。


 「よぉ! 嬢ちゃん、気分は少しは晴れたか?」


 「まあまあよ。それに約束は約束だからは約束は破らないわよ。」


 そんなニーナの様子から無理しやがってと内心でゲインは呟いた。


 「それで契約の一割の方は?」


 「そいつも問題ねぇ。既に話はつけてある。」


 ゲインがピラピラと振っている紙にはズラズラと文字が書き込まれている。


 ニーナはさっとゲインから紙を掠め取ると書かれている内容に目を通す。


 約束通り全ての売上金の一割をニーナの商人ギルド口座に入金されると書かれていた。


 期限は無期限と書かれていた。


 例えニーナが死んだとしてもニーナの商人ギルドの口座には恒久的に売上金から一割が入金され続けていく事になるのだろう。


 内容に問題はないわね。じゃあ先に契約を済ませてしまうわ。」

 

 ニーナは指先に魔力を込めて契約書にサラサラと文字を書き込みゲインにそれを渡した。


 ゲインも内容を確認しこれで契約は成立したと商人ギルド職員に契約書を渡した。


 「何故こんなに人が集まっているのかしら?」


 たかだかニーナが一つ契約を結ぶだけにしては商人ギルドに人が集まり過ぎていたからだ。


 「商人と言うのはお金の匂いには敏感なんだよ。だからじゃねぇか。」


 大袈裟ねとニーナは呆れた様に呟いた。


 「それで、ゲイン材料の方はどうかしら?」


 材料はゲインが用意すると言う話だったのでニーナは首尾について尋ねる。


 問題ねぇよとゲインはニーナを商人ギルド本館横に新たに仮設されている長屋の様な建物を指差した。


 「じゃあ行くとするか嬢ちゃん。」


 ゲインに促されニーナは仮設の商談スペースから移動する。


 未だ商人ギルド本館は修繕中だったが、その横に出来ている仮設の長屋の中に入るとキッチンの様な物が奥に備え付けられており御丁寧にまるでレストランの様に複数の丸い一本足のテーブルに各々に椅子が四つずつ並べられていた。


 何処で話が大きくなったのかテーブルには商人がごった返しており既に満席の様子だった。


 更に席に着けなかった商人達も目を輝かせ壁際に列を作っている。


 それを見て呆気にとられているニーナに


 「大盛況だな嬢ちゃん」


 と半分当事者なのにまるで他人事の様に言っているゲインをニーナは軽く睨むとわざとらしく視線を逸らした。


 先ず間違い無く犯人はゲインなのだろう。


 と言っても今更集まってしまっている以上追い出すわけには言わず溜息を一つついた。


 「腹を括るしかないですねぇ」


 「言われなくても分かってるわよ。」


 ニーナは目の前の商人達がこれからどの様な顔をするのか想像して楽しみになって来たのだった。


 多分ガッカリするでしょうね。


 それは確信している。


 でもその後は......


 自然と口角が上がるのを抑える。


 商人ギルドのマスターより簡単に説明が商人達に行われた。


 今回提供される商品はニーナに権利があり販売は商人ギルドが全面に請け負う事。


 複製し不正に販売した場合は商人ギルドから追放されるとの厳しい主旨が説明された。


 公開で行う以上商人ギルドが全面的にニーナの権利を保護する事も加えて説明に付け加えらあれた。勿論ニーナ個人に直接商品を依頼する事も禁止とされた。


 些か厳し過ぎる様にも思えたがこの辺りについてはゲインが商人ギルドに対して何らかの働き掛けをした事は推測される。


 一通り説明がギルドマスターの説明が終わるとギルドマスターよりニーナの紹介が行われた。


 何か一言どうぞとニーナはギルドマスターより言われる。


 それではとニーナはキッチン台より出て一番手前のテーブルの前にも行くと先ずは軽く一礼をした。


 「ギルドマスターより紹介されたニーナよ。このとおり私は丁寧な話し方をする事は苦手......。 いいえ違うわね。するつもりも一切ないわ。それが気に入らない人は今直ぐ出て行って貰っても構わないわ。但し、貴方達が本当の商人ならどうするのが一番いいか分かるわね?」


 若干大袈裟に身振り手振りを加えて話す


 誰一人出て行く者は居ない様だ。

 寧ろ一言一句聞き逃すまいと辺りは静寂にすら感じられる。


 「出て行く人が一人も居ないのは正直残念だったわ。こんな小娘に偉そうに言われて貴方達にはプライドは無いのかしら?」


 どんどん煽って行くニーナ


 しかし商人達の目は更に鋭さを増している。


 「私は今日この世界に一つのスパイスを付け足してみせるわ。それをどうするかは貴方達自身が自分で考えなさい。私はこの世界の商人がどれだけ出来るのか期待しているわ! 以上よ!」


 ニーナがそう締めくくると辺りからは割れんばかりの歓声が上がった。


 目の前小さな少女は言ったのだ。


 与えられた物をどうするかは商人の技量次第だと。

 それをニーナは期待していると。


 ここまで煽られた上に後は丸投げ。

 更に自身の才覚で何とかしてみせろと。


 それに少女は商人に期待していると。


 ここまで言われて商人金の亡者共が燃えない訳はない。


 「それじゃあ始めるわ。」


 ニーナはそう言うと先ずは手を洗い準備にとりかかった。


 正直材料は僅かしか必要無い。


 ギルド職員に手伝って貰い大きな器に新鮮な卵を割って貰いそこに少しの油と酢を入れ混ぜる。後はそこに若干の塩と胡椒を入れ分離しない様に油と酢を混ぜながら微調整するだけ。

 

 以上! 完成!


 「出来たわ!」


 誰でも出来る簡単な作業と短い調理時間。


 見た事もない黄白色の物体に顔を顰めている商人もいる。


 周りの余りの反応の悪さにゲインも本当に大丈夫なのかと不安の色を浮かべている。


 ニーナはこの反応は通りだった。


 商人達はさぞや豪華な見た事もない様な料理が出て来るのだと期待していたのだと思う。


 それなりの商人になると貴族と変わらない様な贅沢をしている者も居るだろう。


 それが、ただ混ぜるだけの誰でも出来る簡単な物だったのだから。


 しかしニーナは最初から手の掛かる物を作るつもりは無かった。


 以前は成人した女性だったので、多少の料理やお菓子を作る事は出来たのだが、今回は敢えてそれはしない。


 理由はいたからだ。


 アレスから受け継いだ知識の中にこの世界にはがない事を。


 ニーナは辺りを見渡す。不安そうな顔をしているゲインや商人ギルド職員達


 明らかに不満が顔に現れている者、切れる寸前になって顔を赤くしている者やら千差万別。


 ニーナはそれが愉快で楽しくて仕方が無かった。


 肩に乗っているアレクが


 「本当に少女ちゃんは悪趣味だねえ」


 呆れ果てていた。


 ニーナは商人達を見回し一番不満を顔に現している商人を探して声を掛ける。


 「そこの貴方、ちょっと前に来なさい!」


 ニーナに指名された商人は俺は怒っているぞとばかりに不満を露わにしながらニーナの前にドシドシと歩いて来た。


 ニーナは全く気にする様子は無くただ千切っただけの葉野菜をその商人に手渡した。


 「はい、どうぞ。」


 完全に馬鹿にされていると思った商人の顔はみるみる間に真っ赤に染まって行く。


 やっちまったと額に手を当てるゲイン


 商人は手渡されたの葉野菜を床に叩き付け様とした。


 「食べ物を粗末にしてはいけないわ。それに誰がそのまま食べろと言ったのかしら?」


 商人は え? という顔をしている。


 「それはまだ完成では無いわ。それに怒るなら食べてからでも出来るでしょ?」


 そう言うと大きな器から黄白色の物体マヨネーズをスプーンで掬い商人の持っている葉っぱに塗り付けた。


 「どうぞ。召し上がりなさい。」


 商人は美味しくなかったら目の前の少女を怒鳴りつけギルドの責任問題にしてやろうと思い黄白色の物体マヨネーズが塗られた葉っぱを口の中に入れた。


 周りでその様子を見ている商人ギルド職員の顔は最早蒼白になっていた。


 間違いなく商人ギルドの責任を追及されると思ったからだ。


 そんな商人ギルド職員の心配は杞憂に終わる。


 葉っぱを口の中に入れた商人の顔がみるみる間に綻んでいく。


 「うまい...... 何だこれは! 今までこんなうまい葉野菜を食べた事がない!」


 最初はポツリと漏れた自然な感情から抑え切れ無くなったのだろう。


 長屋全体に商人のうまいという叫びが響き渡った。


 疑心暗鬼だった商人達もこの機会を逃す物かと一歩でも我先にと押し合いながらニーナの前に殺到する。


 「そんなに盛らなくてもまだまだ沢山あるわ。」


 そう言って一人一人に葉野菜やらパン等にマヨネーズを塗って手渡していった。

 

 一様に商人達は信じられないとばかりにマヨネーズの塗られた物に齧り付いて思い思いに感動を露わにしている。


 壮大な悪戯が大成功したとばかりゲインに対してわざとらしい位にウインクを飛ばした。


 「全く、嬢ちゃんは悪戯が過ぎるぜ。心臓に悪いぞ。」


 こうしてニーナによる大悪戯試食会は大成功を収めたのだった。


 商人達は商人ギルドに大量の注文を入れ大満足とばかりに帰って行った。


 「本当に心臓に悪いので悪戯は程々にお願いしますね。これじゃあいくら命があっても生きた心地がしませんよ。」


 そう言って疲れ果てた姿でギルドマスターは大量に注文された注文書を持って部屋にフラフラと入っていった。


 ギルド職員達も各々に大量の注文書を抱えギルドへ戻って行く。


 間違いなく彼等ギルド職員は今日は徹夜になるだろう。


 こうして【動乱を喚ぶ者ニーナ】の名前は世界各地にある商人ギルドに物凄い速さで広まっていくのだった。


 

 「少女ちゃんは少々悪戯が過ぎると思うんだねぇ。」


 ギルドからの帰り道アレクはニーナにそんな事を言った。


 「出来る女は一撃で世の中に爪痕を残すものよ。」


 「爪痕所か大地に深い谷が出来る位の亀裂だと思うんですがねぇ。」

 

 「そう? 次はどんな事をして遊びましょうか?」


 「勘弁して欲しいですねぇ。」


 邪神はこれ以上は本当にやめて欲しいと神に祈る。


 

 神なのにに祈る


 

 そんな矛盾にアレクは気付く事は無い。


 


 


 


 


 


 


 

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