第5話 動乱を喚ぶ者ニーナ
狂乱の商人ギルド崩壊事件の翌日
新人商人として華々し過ぎるデビューを飾ったニーナは商人ギルド前に仮設された商談スペースで
ギルド側に非が有った事とゲインの真摯な謝罪により二人の険悪な邂逅は改善されていた。
ニーナ自身もゲインに対して第一印象は良く無かったもののゲインが復讐対象でない以上特に意地を張って拘る必要は無かったからだ。
外見は少女だと言っても中身は成人していた大人の女性だったからだ。
他の仮説商談スペースにも商人達が商談を行なっては居るが一応にニーナには敬意を払い威圧的な態度を取る者は居ない。
どう考えても自分から見て父親位の年齢の商人ですらニーナの側を通る時は一礼したり姉さんと呼ぶ者まで現れている始末だ。
「しかし、昨日は参ったよ。まさか嬢ちゃんがあそこまでやるとは思わなかった。手痛い負債を食らっちまったけどいい勉強させて貰ったよ。俺もまだまだだな。」
ニーナがゲインに好感を持てるのはこういう所だった。
実力がある者は素直に認めて自ずの不作為は認めて謝罪する。
「ミルクおかわり!」
ニーナが空になったジョッキを掲げると慌ててちょっとイケメンの
その目には昨日とは違い羨望の眼差しすら窺われる。
ニーナからジョッキを受け取るだけなのにまるで宝物でも受け取るように丁寧に受け取ると深く一礼し去って行った。
「態度違いすぎじゃないですかねぇ」
「不思議ね。」
何気ないいつもの会話に反応する者が居た。
「おい! 嬢ちゃん、その生き物......。」
今何かおかしかった?と言わんばかりにゲインを見るニーナ。
「少女ちゃん、多分ワタシが人の言葉を話したからじゃないんですかねぇ。」
「あぁ、そうだったの。それが何が?」
「いやいや、そいつは猫か? 羽が生えてる時点でもう猫ではないな。キメラ? グリフォン? う〜ん......。」
「こいつは希少種の猫で名前はアレク。少し小うるさいけど割りかしいい奴よ。」
「十分いい奴だと思うんですがねぇ。」
他人の非日常はこの二人には日常
「嬢ちゃん、猫の希少種なんて存在は今まで確認された事はねぇ。ましてや人の言葉を話すなんてあり得ないからな。」
「アレク、あり得ないらしいわよ。」
「世知辛い世の中ですねぇ〜。」
ゲインの意見などどこ吹く風のあくまでもマイペースな二人
「嬢ちゃんの非常識さは今に始まった事じゃないからこれ以上詮索してもオレがおかしくなっちまうだけだな。」
もう一々驚いていては仕方ないとばかりにニーナという少女はそういう者だと割り切る事にしたゲイン。
「話しがかなり逸れたわね。私が知りたい事は二つ。一つ目はこの世界にいる代表的な強者、又は危険な存在を知り得る限りおしえて欲しい。二つ目はカナテ
「まあ、その位なら構いやしねぇよ。但し俺も今回自業自得とはいえ損害しか出していない。何か益になる物を一つでも得ないと
それもそうね。とニーナは思った。
確かにゲインは自業自得だとは思うがそれなりに立場もあるのだろうとも思う。
今後の関係も考えたら少し位貸を作っておいた方が後々やりやすいだろうという打算的な考えからゲインに少しだけ協力をして上げる事にした。
「わかったわ。ゲインに少しだけ小遣い稼ぎをさせて上げるわ。但し私にも一割の利益は頂くわよ。それでいいなら協力して上げる。」
「ほぅ、随分な自信じゃないか嬢ちゃん。具体的に聞いてもいいか?」
興味津々とばかり近づいて来るゲインの顔を押し留める。
「そうね、この世界に少しだけ
「曖昧だが、今はそれで納得しておく事にしておく。まあ、嬢ちゃんは期待を裏切る様な真似はしないだろうからな。」
ガハハハハと豪快に笑うゲインに随分と信頼されたものねと呆れた様子のニーナ
「それじゃあ俺の方から片付けちまうか。この世に居る強者と危険な奴についてだったな。」
その者達の名前をゲインは順番に上げていく。
「先ずは特別危険な奴からだ。」
「【狂気の道化師ネロ】【
「詳しい説明は後にして次は強者の中でも一人で一国とも争えると言われている実在している正真正銘の化物達だ。
【魔王 アレクサンドル・ハルトマン】
【剣星 タチバナ・イットウサイ】
【竜騎士団副団長 アルベルト・ルートビッヒ】
【グランド
「そこそこ有名なのは他にも居るが、俺が言った強者の奴等はもう人の領域を遥かに超えている本物の化物だ。只、ネロとバルムンクに関しては実際に見た者はもうこの世には居ないだろうな。」
へぇ〜と緊張感が余りにない様に聞いているニーナ。
早々出会う事は無い有名人位の感覚だからだろう。
「余り驚かないんだな嬢ちゃん。」
「普通に出会うわけじゃないんだろうから現実感が湧かないだけよ。」
「それはそれで話し易いからまぁいい。じゃあ具体的な説明を始めるぞ。」
其処からはまるで物語の話を聞いている様だった。
実際ネロやバルムンクに至ってはその存在すら今の時代に本当に居るのか?と疑わしい位のものだったからだ。
竜は永遠に近い時を生きると伝えられているからこそその存在を完全に否定出来る物では無かったが、ネロ等は目撃されたのが数千年から数百年も前の話だったからだ。
まるで子供が悪い事をしたらネロが迎えに来ると言ったレベルの話で伝わっているからだ。
只、飢饉や疫病が流行ったり大災害が起きた時に道化師のお面を付けた者が居たというあくまでその時代の人の証言が残っているからなのだが、悪意ある者の悪ふざけの可能性も否めない。
バルムンクについても数百年単位で目撃した者は居ない。
大暴れして一国を一夜で滅ぼしたやブレスで山を吹き飛ばしたなどの眉唾の伝説を残しているのみでここ数百年はその姿は確認されていない。
アナベルに命を刈り取られた高位の貴族や王族、皇族等は多く世界的なお尋ね者とされている。
ニーナはアナベルについては出会う可能性もある為、少しは警戒も必要だと思ったが、バルムンクについては邪神竜と付くくらいだからアレクに聞けば何か分かるだろう位の気持ちだった。
ネロに至っては都市伝説と変わらない認識でニーナの頭の片隅に置かれる位の扱いだった。
「実際に怖いのはアナベル位だな。こればっかりは出会わない事を祈るしかない。」
俺でも瞬殺されるよと自重気味に苦笑いを浮かべるゲイン。
ゲインの説明は更に続き魔王アレクサンドルは元勇者、剣星タチバナは何処かの深い山の中でも剣を更に極めるべく修行をしているとの事。
竜騎士団は団長の王国第二王子は大した事は無いが実際は副団長のアルベルトは人外の強さだそうだ。
竜騎士はニーナにとっても復讐すべき対象である為、ゲインの話をしっかりと心に焼き付けたのだった。
トールネ・コリエントスはニーナも所属している商人ギルドのグランドマスターだと言うので敵といったわけではない。
王都に行けばその内会う事もあるだろうという気持ちだった。
次にニーナのこの世界の生まれ故郷カナテ村について。
ゲインが知り得た情報はニーナですら驚愕する内容だった。
アレスと言う名の一人の冒険者が突如狂乱し村の人々を全員惨殺し村を焼き払った。
アレスを討伐する為に王国より竜騎士団が派遣され無事にこれを討伐。
無事に王国に帰還しその勇名を轟かせた。
というのがゲインや王国に厳然たる事実として伝わっている話だった。
「随分都合のいい話に仕上がっているようね。」
ニーナから殺気が溢れ出す。
「嬢ちゃん、どうした? 大丈夫か?」
急に豹変したニーナが心配になりゲインは声を掛けた。
「私はカナテ村の唯一の生き残りよ。それにアレスは実の兄よ。兄は村を襲っては居ない。寧ろ竜騎士団に襲われた私を助けて命を失った。」
驚く程感情の篭っていない声でニーナは一部嘘を混ぜてゲインに告げた。
「それって本当の事か?」
ゲインの確認にニーナはそれ以上答える事は無かったが代わりにアレクが答えた。
「ワタシが見ていたから事実ですねぇ。村を襲い少女ちゃんを瀕死に追いやったのは竜騎士団ですねぇ。少女ちゃんの兄が来ていなかったら少女ちゃんは間違いない死んでいたんですねぇ。」
「嬢ちゃん、そういう事情だったのか......。」
興醒めしたから今日はもう帰りますわとニーナはゲインに言って席を離れた。
だからと言ってニーナは約束を破るつもりは無かったので、明日またゲインに会う約束を取り付け宿へと戻っていく。
「少女ちゃん、どうするんだい?」
「あははっ、決まってるじゃないアレク。」
口調は砕けた物だったがアレクはニーナの目を見て改めてこの小さな少女が本当に恐ろしいと感じた。
「生まれてきた事を後悔する様に皆殺しにするわ。」
後の世に
【動乱を喚ぶ者ニーナ】
少女がそう呼ばれるきっかけになる出来事の初まりだった。
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