合流
「魔女が死んだっていう見解は俺も同意だ」
地下回廊から戻り、再びレオナルドが拠点とする宿に戻ると、彼は涼しい顔で俺達を待っていた。
黒いシャツがはだけているが、ちゃんと服も着ている。
「他の部下はどうしたネ」
「城を探らせていたが、もう半月も戻らねぇ。普通に考えりゃ死んでる」
嫌にあっさりと答える。
仮にも自らの部下が死んだかもしれないというのに……。
「城はもぬけの殻だと聞いたが? 地下回廊ならまだしも、どうしてそこで人が死ぬネ?」
「何かが暗躍している」
「何か?」
レオナルドは葉巻の先端を切り落とし、火を付けると続ける。
「俺達が一ヶ月掛けて手に入れた情報だ。テメェに教える義理があると思うか?」
「一ヶ月もかまけて、痴態に及んでいたの間違いじゃないか?」
李の視線がベッドの上に泳ぐ。
ベッドの上には、ほとんど気絶した状態の女の裸体が並んでいる。
「教団の者が仮面を外し、あのような不埒なことを……あり得ぬヨ」
「うちの教団に必要なのは解放だ。もっと簡単に言えば、ガス抜きってやつか? あそこは個があまりにも抑圧され過ぎてる。人間ってのは、本来は自己顕示欲の塊だ。その全てを仮面の裏に閉じ込めるってのは無理がある」
レオナルドは葉巻を蒸すと、満足げに微笑を浮かべる。その表情は艶やかで、女を惑わすには十分な色気を持っている。
「詭弁だ、そんなものは。自身の傲慢を正当化しているに過ぎないネ」
「どうかね。災厄のも、仮面のも、俺を自由にさせているのは、そこを理解しているからだと自負してるがな、俺は」
レオナルドは続ける。
「まあ、ぶっちゃけそんな難しい話はどうでもいい。俺と、彼女達が満足しているのであれば、他人がとやかく言うもんじゃないと思うがな」
レオナルドの言葉には、魔性的な響きがある。
カリスマ性という言葉で片付けてしまっていいのか分からないが、そういう資質を彼は持っている。
事前に聞いていた話とは、だいぶ印象が異なる。自らの芯を持っているがゆえの異端さを感じた。
「喧嘩を売りに来たなら帰れよ。もしくは、その喧嘩、買ってもいいが?」
李は握り締めた拳を震えさせている。
本当に手を出しそうだ。
「いや……申し訳ないヨ。今、必要なのは協力だヨ」
李も大人だったようだ。
「ここに来る前に無人の街とお菓子と化した村を見てきた。あれは何だネ?」
「灰だ」
「灰?」
「街や村を覆うほどの大量の灰が通り過ぎて、あそこらに住んでた人間はネズミに姿を変えた」
灰が人間をネズミに変えたーー聞いた話をそのまま受け入れると、そういうことだが、そんなことが起こり得るというのだろうか。
「ついでに村の建造物はお菓子に変えられた。村の連中は自身のお口で絶賛自分達の村を食い尽くしている最中だ」
「ちょっと意味が分からんのだが」
「言ったろ。何かが暗躍してる。それが何者かは知らんが、ダンジョンの管理人に成り代わった何者かがその灰を発生させたーーと、俺は見てる」
レオナルドはこのダンジョンで暗躍する何者かの尻尾を掴んでいるような話振りだ。
一ヶ月を費やし、糸口を掴んだのか。それとも、ブラフなのか。この男の腹の底はまるで見えない。
「教団に戻るつもりはあるようだネ」
「ダンジョンの中で油を売ってると思ってたわけか。さすがの俺でも、この窮屈なダンジョン……それも、いつネズミに化けさせられるかも分からん場所でスローライフなんて御免だぜ」
随分と悠長なガス抜きはしていたようだったが、ここは口を塞いでおく。
「んで、そのガキは誰だ? 仮面をしてないところを見ると、訳ありだろ」
「お前には関係ないネ」
「ほう。教団のお偉いさんは都合がよろしくてな。こっちの情報は聞いといて、自分らは秘密主義かよ」
「人聞きが悪いネ。コイツはただの新入りヨ。まだ入信の意思は無いようだがネ」
「入信するつもりのない新入り。……ってことはアレか。災厄のが拉致って、そのまま勧誘ってところか?」
大当たりだ。
佐久間による拉致、そして、そこから勧誘という流れは珍しい話ではないのかもしれない。
「災厄のがわざわざ拉致って来たってことは、それなりに利用価値があると判断されたわけだ。特異点は?」
レオナルドは俺を見て問いかける。
「まだ発現してない、みたいです」
俺の特異点は未だに発現していない。
“潜者”に備わっているとされる特異な力、“特異点”は、特殊な状況下に置かれたときに発現することが多いらしいが、発現のタイミングは人によってまちまちだ。
一茶から聞いた話だと、感情の大きな揺れに反応していることが多いのだそうだ。
自分や仲間が命の危機に瀕したときなんかに、発現している人間は多いらしく、特異点を発現する前の“潜者”は迂闊に追い詰めてはならないというセオリーまである。
Aちゃんねるに来てから、俺も再三にわたって生死の瀬戸際に追い詰められてきたが、未だ発現の予兆すらない。才能が無いのかもしれない。
「特異点も分からん奴を拉致ったのか? はて、これはまた、何かあるな」
「
「何か意図があるのか、それとも、あれ特有の勘ってやつか。どちらにせよ、興味深い」
レオナルドは葉巻を蒸しながら、ニヤリと笑う。
「おい、華の。このガキを俺に預ける気はねぇか?」
嫌な展開だ。
しばらくの時間を共にしてみて、李という男が賢明な人間であることは理解できた。もっと言えば、俺を悪いようにはしないだろう。
だが、この男は別だ。
底が見えない。
何を考えているのか分からない。
そして、何が恐ろしいかと言うと、佐久間に対しても遠慮がない人物だ。
佐久間が目をかけているうちは、李やオズモンドは俺を殺すようなことはおろか、俺が死なないような立ち回りをしてくれるはずだ。
だが、レオナルドは違う。
佐久間に何で言われようが俺をどうとでも扱ってしまいそうな気配がある。
佐久間の指示なんてクソくらいだと吐き捨ててしまえるほどの人間ーーそれが、このレオナルドという男なのだ。
「俺が持っている情報を全て開示してやる。というか、コイツを預けてくれりゃ、このダンジョンを攻略してやってもいい」
嘘か本当か、この男はダンジョン攻略の目星までついているらしい。
「それはできないネ」
少し迷うかと思ったが、李は即答だった。
「お前にコイツを託して、もしコイツが死ぬようなことがあれば、最悪、
「このガキの命の保証を気にしているなら、それも込みで預かってやる。約束事に関して言えば、俺は嘘をつかねぇ。知ってるだろ?」
「むむ。しかし、それは……」
レオナルドの押しに、李が頭を抱えた。
まずい流れだ。
このままだと、本当に引き渡されてしまう。
「全員で同行するのはいかがでしょうか」
ここで口を挟んだのはレイシーだ。
彼女は物怖じすることなく、いつもの淡々とした口調で告げる。
「お前は?」
「レイシーと言います。私も入信してから日が浅く、まだ騎士団には加入していません」
「仮面越しにも分かる良い女だ。それに肝も座ってる。教団が窮屈だと思うようになったら、俺のところに来い。折り合いの付け方ってのを教えてやる」
「ありがとうございます。検討しておきます」
「まるで靡かなそうだ。ますます気に入った。いいだろう、全員で動こうじゃねぇか」
「ま、待って、このパーティのリーダーは
「異論はねぇだろ。あるなら、ここでお前とその薔薇野郎の首を刎ねて、話は終いだが?」
「貴様……っ」
「李様」
殴りかかりそうになった李をローズとレイシーが止めにかかった。
部下が押し留めるくらいには、二人の力関係ははっきりしているようだ。ローズとレイシーが李の敗北を確信する程度には。
「そうと決まれば、明日から動く。今回のダンジョンはキナ臭くてな。色々と時間が必要だったが……」
レオナルドは言う。
「時は満ちた。さっさと終わらせて、窮屈なダンジョンとはおさらばと行こうか」
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