強欲の騎士


街は活気付いていた。


最初の街やお菓子の村のことなどどこ吹く風で、この城下町ではまるで関係ないようだ。


人々の往来の中を歩く。


この街は平和そのもので、街を往く人々の表情に不安の色は見えない。


「李様」


街を歩いていると、後ろから声をかけられた。


振り返ると仮面の男がいた。薔薇を表現した仮面のようだ。彼が李の部下だろう。


「無事だったのネ、ローズ」


李にローズと呼ばれた男は頷く。


「あちらの街では目立ちすぎるうえ、死ミットの回収もできず、仕方なくこちらへ」


「この街だと死ミットの回収ができるような口振りネ。まあいい。状況を説明して」


道端ここではあれですので……」


ローズはそう言って、俺達を拠点にしているという家屋に案内した。


二階建ての廃れた家屋は宿ではなく、空き家だったものを、ローズが数日かけて手直しし、何とか住めるような状態にしたらしい。


「まず、このダンジョンで何が起こっているか、掻い摘んで説明しましょう」


ローズは部屋に人数分の椅子を用意し、このダンジョンについて、淡々と説明を始めた。


「まず、ダンジョンの管理人ーー“継母の魔女”についてですが」


ローズは言う。


「いません」


「いない……?」


李が思わず立ち上がる。


「街の住民達から聞き取ったところによると、すでに死んでいる可能性が高いです」


ダンジョンの管理人がすでに死んでいるーーその事実に、経験が豊富であるはずの李ですら戸惑っている。


「少なくとも、住民達は悪政を敷いていた“魔女”はもういないという認識です」


「あの城には、誰がいるネ?」


「一度潜入を試みましたが、もぬけの殻でした」


「管理人が死んだなんてあり得ないヨ。どこかで監禁されているとか、そういう情報は?」


ローズは首を横に振る。


「残念ながら、“魔女”の情報はこれ以上ありません。ただ、“魔女”を監禁できるとするなら、“強欲の騎士”のみかと」


「でしょうネ」


“強欲の騎士”レオナルド・アルベリーニ。


“円卓の騎士”の中でも突出した戦闘力を誇り、“教皇”や佐久間ですら、手に余るとさえ言われている問題児。


“魔女”の不在は、その問題児が関与している可能性が高い。


「“強欲の騎士”の場所はすでに押さえてあります」


「有能な部下は好きネ。時間が無い。案内してもらうヨ」


ローズはコクリと頷く。


「それと、李様が懸念されている時間ーー死ミットのことですが、現状で回収できる場所が一つだけあります」


「ほぉ」


「城の真下に広がる地下回廊にスケルトンと呼ばれる魔物が多数生息しています。レベルは30から50。もし、死ミットの補充が必要とあらば」


現状、このダンジョンで“時の針”を持つ魔物はそれしかおらず、死ミットを引き延ばすには、地下回廊に足を運ぶしか方法が無いようだ。


「まずはレオナルドとの接触が最優先ネ。魔物の場所が分かっていれば、後はどうとでもなる」


「“強欲の騎士”もこの街に三人の部下達と滞在しています」


「三人? 前情報じゃ、五人の部下と潜ったって話だけど?」


「経緯は分かりかねます。こちらで確認したのは、あくまで、“強欲の騎士”を含めた四人のみです」


「そう。それじゃ案内して。さっさとレオナルドのケツを叩くヨ」


ローズの先導で、俺達は家屋を後にし、レオナルドが拠点にしているという宿へと向かう。


レオナルドは三人の部下と小さな部屋を借りているらしい。


四人で一つの小部屋とは、ダンジョン内で流通している通貨を手に入れることが困難なのか、思ったよりも質素な生活をしているようだ。


レオナルドが借りている宿場は、街の端に位置している。


酒場や風俗店などが並ぶ、いわゆるところの夜の繁華街の一角だ。まだ明るい時間だったが、明らかに他とは様相が異なる。


「こんなところに住めるものなんですか?」


「宿泊費の相場は他よりも安いようです」


ローズは俺に対しても敬語を貫く。


レイシーと同様、どこか機械的な印象を受けるのは気のせいだろうか。


「ここです」


ローズが立ち止まったのは、いかがわしい雰囲気を放つ宿場の前だった。


ピンク色のキャンドルが門前に並べられ、宿場の看板には、キスマークをあしらったロゴが刻まれている。


元の世界の言葉で言い表すのなら、ここはおそらくーーラブホテルというやつでは無いだろうか。


「えっと」


「さっさと行くヨ」


戸惑う俺を置いて、李は躊躇なくその中へ押し入る。


「何号室ネ」


「202です」


「ちょっとお客さん」と慌てふためく店員を無視して、李とローズが階段をどんどん上る。


俺とレイシーは頭を下げながらも、それに続く。


「レオナルド」


目的の部屋を発見するや否や、一切の迷い無く、李はその扉を破壊した。


部屋の中では、全裸の男女がまぐわっている。


俺は唖然としていたが、他の三人は割と平気らしい。他人のの光景を目にするのは、正直初めてで、言葉にならない。


「おいおい、ノックくらいするのが礼儀じゃないのか? 華の」


レオナルドと思しき金髪の男はそう言いながらも腰を振るのを止めない。


女の喘ぎ声と小刻みな破裂音が場違い的に響く。


「貴様の都合など知らないネ」


殺気を放つ李を尻目に、レオナルドは「もっと鳴け」と女の尻を叩き、脇に抱える別の女の乳房を力強く揉みし抱く。


どの女も仮面はおろか、一切の衣類を着ていない。生まれたままの姿を隠す素振りさえ見せない。


「その馬鹿げた行為を止めないかネ……!!!」


「勝手に乱入してきたのは、テメェのほうだ。俺様の機嫌が良いうちに消えな」


レオナルドは、果てた女を乱暴にベッドに放り込むと、他の二人をそっと後ろへ下げる。


そして、ようやく李を見た。


「興が冷める」


二つの殺気がぶつかり合う。


「二度は言わねぇ。ね」


ついさっきまで痴態に及んでいたとは思えないほどの変貌ぶりに、李以外の全員が戸惑っている。


レオナルドはその裸体に流れるいっぱいの汗を拭こうともせず、真っ直ぐに李を睨む。


筋肉質な肉体とハリウッド俳優のような整った顔立ちは、ただ立っているだけで一つの芸術に近い。


高い鼻に、青い眼。

完成された容姿は、無精髭すらも似合ってしまう。


持っているオーラというか、雰囲気というか、言葉にはできないカリスマ性のようなものをこの男は持っている。


佐久間や仮面卿も人並外れた雰囲気をそれぞれ持っていたが、そのどちらとも違った意味で異質だ。


「もしくは死ぬか。どっちか、だ。華の」


本気だ。


この男は李がこのまま下がらなければ、本当に殺し合いを始めるつもりだ。


そして、李もまた、それに応えようとしている気配がある。


「李様……ッ!!!」


臆せずに言い放ったのはレイシーだ。


あと数秒、その声が遅ければ、おそらく、李は仕掛けていた。


「出直すヨ」


李は突き刺すような殺気を収めると、レオナルドに背中を向けた。


李が立ち去る。

俺達もそれに続いた。


階段を下っているところで、また女の喘ぎ声が聞こえてきた。


「とんだ時間の無駄遣いネ。ローズ、地下回廊とやらに案内しなヨ」


李は苛立ちを隠せないまま、ローズに吐き捨てる。


噂の通り、レオナルドという男はとんでもない人間のようだ。

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