おかしな村


「各々、死ミットは?」


街を出て暫くしてから李が切り出した。


「三十四時間弱です」


レイシーが答えた後に、「四十一時間と三十分」と続けた。


【吸血鬼の洋館】での貯金がまだ残っているのは安心材料の一つだ。


「事を急ぐ必要があるネ。どうやら、異変は街だけじゃないみたいだヨ」


魔物がいない。

それが李の指摘だった。


教団が持つ情報によれば、このダンジョンに出現する魔物のレベルは、平均値アベレージで三十程度で、二足歩行の武装した巨大蛙が殆どらしい。


しかし、今のところの遭遇エンカウントは無い。


本来、上層の人間は“時の針”を持つ魔物を討伐することで、死ミットを延命させ、ダンジョンの攻略に臨む。


その前提である魔物が出現しないとすると、ダンジョンの攻略は非常に困難なものとなる。何よりも、時間との勝負だ。


ワタクシの死ミットは、おおよそ三十時間。睡眠時間を差し引いて、丸二日程度しか時間を割けない」


丸二日。

それが俺達に残された時間だ。


しかも、死ミットを消耗する特異点や色装の発動は考慮されていないとすると、実際の時間はもっと少ない。


「第一の村までの道中、魔物と遭遇しない場合は、ターゲットを即座に“継母の魔女”に切り替える」


魔物が本当にいないとすれば、一日二日でダンジョンの管理人を討伐する必要がある。


これだけイレギュラーが起こっている中で、正直、現実的に思えない。今回のダンジョンは、前情報が当てにならないのだ。


村が見えてきた。

ついに、魔物と遭遇することは無かった。


人も魔物も消え去ったダンジョン。


「とにかく時間が無いネ」


李の表情は険しい。


“円卓の騎士”の目から見ても、この状況は芳しく無いようだ。



* * *




立ち入った村にも、人はいなかった。

そして、この村は最初の街よりも異常な状況に陥っていた。


「何が起きたんでしょうか」


板チョコレートで出来た屋根。ウェハースの扉。飴玉の装飾。マシュマロの壁。


村は、その何もかもがお菓子で出来ていた。


「いつもこれ、っていうわけではなないんですよね?」


「こんな事例が一つでもあれば、教団のデータベースに蓄積されてるに決まってるネ」


村では、何匹ものネズミがあちこちで見かけた。お菓子の家は、ネズミ達によって所々がかじられていて、中には、半壊状態の家もある。


「残念だけど、ワタクシの部下もレオナルドも既に死んでいる可能性が高いネ。こうも魔物がいないんじゃ、死ミットが底を突いてる」


李は続ける。


「優先目標をダンジョンの管理人、“継母の魔女”に切り替えるヨ。早急にダンジョンを脱出する」


「この村の調査はいかがなさいますか?」


「得られるものは少ないだろうネ。見込みの薄い線はきっぱり捨てねばならない時点なんだよ、残念ながら」


レイシーは少し思うところがあるようで、僅かに間があったが、黙って頷いた。


俺達はお菓子の村ーーお菓子とネズミの村と言った方が正確かもしれないーーを後にする。


目指すのは、第二の街。


このダンジョンで最も大きく、最も栄えた街。そして、そこは、ダンジョンの管理人ーー“継母の魔女”の住む城の麓に存在する城下町でもあった。


街までは半日。

時間は刻一刻と迫っている。


立ち止まっている暇はない。


「レイシー、街への道中でその男に“魔女”の情報を詰め込んでおくのネ」


という李の指示で、俺はレイシーから“継母の魔女”講座を受けている。


ーー“継母の魔女”は、二度死ぬ。


心臓が二つあるとも、心臓が再生するとも言われているが、その仕組みは未だ持って謎だ。


だが、事実として“魔女”は一度殺した後に復活し、真の姿を晒す。巨大な毛むくじゃらの魔獣の姿に。


そして、“魔女”は魔法を使う。

主には、氷と炎を操る。


“魔女”のお膝元である城下町の周りは灼熱の炎に囲われ、炎の内側は極寒の地と化しているらしい。


人々は吹雪の中で暮らし、“魔女”の圧政の中を生きる。炎が行く手を阻み、街の外へ出ることも許されない。


ここはそういう世界ダンジョンだ。いや、そういう世界ダンジョン


「イレギュラーにはイレギュラーが重なるものネ。そういう意味じゃ、想定の範囲内というやつだヨ」


街が遠望し、李が呟く。


街は平静を保っていた。極寒の地も、灼熱の炎もそこには存在しない。


「人がいますね」


レイシーの言葉に李が頷く。


他の街や村には、欠片も無かった人の気配がそこにはあった。


まだそれなりの距離があるというのに、街の喧騒がここまで伝わる。


「何が起きてるのネ」


李は少し参った様子で俯いた。


いつものダンジョンとは何かが違う。李も、レイシーも、その異変に対して、最大限の警戒をしているようだ。


「何にしても行くしかありません」


レイシーが言う。


「当たり前のことを言わないでよネ。そんなこと、百も承知」


俺達は“魔女”が支配する城下町へ歩を進める。


不安は山ほどあるが、そんなことは今には始まったことではない。


何もしなければ、ただ死を待つだけの身。

結局のところ、進むしかないのだ。


俺達は無言のまま歩き続ける。

その先に光明が見えることを信じて。

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