シンデレラダンジョン

藍澤 柚葉 /


俺はまたダンジョンに潜っていた。


戦わざる者、食うべからずーーこれも教典の仰せのままに、というわけだ。


「なんで、ワタクシがこんなしょうもない青二才のお守りなんかしなくちゃいけないネ。ワタクシ佐久間ヤツの召使いじゃないのネ」


俺の前を歩くのは、“華の騎士”李信リーシン。レイシーも一緒だ。


李は最初の印象と随分違う。


佐久間を前にした時は、礼儀正しい紳士的な印象を受けたが、今は四六時中文句を垂れる口の悪い中年だ。


「そもそも、このダンジョン攻略自体が気に入らないネ。なんでワタクシが他の騎士の尻拭いまでしなくちゃいけないネ。反吐が出るよ」


ダンジョンに入ってから十数分経つが、ずっとこんな調子だ。


レイシーも諦めがついているのか、時折苦笑いを挟む程度で、三人で会話をキャッチボールしようというつもりは無いらしい。


ワタクシは誇り高き“円卓の騎士”。間違ったこと言ってる?」


何と答えるのが正解なのかまるで分からない。急に話題を振られて焦っていたところで、レイシーが代わりに答えた。


「佐久間様も李様を信頼されているのではないですか? 正直、レオナルド様の扱いには、手を焼いているようですし」


「物は言いようネ」


満更でもなさそうに李はそっぽを向いた。


レオナルドという人物の救出。


それが今回のダンジョン攻略の一番のミッションだ。


“仮面の教団”では時折、“教皇”や佐久間、仮面卿からミッションを与えられ、それに従う必要があるようだ。


そして、ミッションを与える三人の権力は絶対だ。“円卓の騎士”でさえ逆らうことができない。


ただ一人を除いて。


「あんな我儘ボウヤ、放っておけばいいのヨ。ワタクシら他の“円卓”がいれば、何も恐れることはないでしょうに」


その例外こそ、今救出に向かっているーーというよりは、探索しているレオナルドなのだという。


レオナルドの救出という名目でダンジョンに赴いてはいるが、その実は、放浪息子の捜索に近い。


“強欲の騎士”レオナルド・アルベリーニ。


強欲の名を冠するだけあって、とんでもない破天荒な人物だと、サンクチュアリィの滞在中に散々聞かされた。


レオナルドほどの実力があれば、攻略できないダンジョンは殆ど無いというのが、レイシーの見立てだが、彼はこのダンジョンに入って丸一ヶ月もの間帰らぬ人になっている。


「好き勝手に遊んでるだけなのヨ。あの男は」


俺達は淡々と森の中を歩いている。


ダンジョンの転送地点となっていた丘から確認した街に向かっている最中だ。


どうやら、このダンジョンでもそれなりの文明が築かれているようで、丘の上から見た街はサンクチュアリィにも引けを取らないほどには立派な造りをしていた。


街への出入り口には、大きな門があり、門を起点とする塀に囲まれている。


木製で丈夫そうには見えないが、何しろ大きい。二十メートル近くはあるだろう。


「門番もいないのかネ」


李は身体を伸ばす。


「この街で部下と落ち合うことになっている。が、しかし、これは事前の情報と少し事情が違いそうだネ」


「部下? 先にダンジョンに潜ってる人がいるんですか?」


「何事も根回し八割というからネ」


“三王”が率いる一大勢力ともなれば、ダンジョンの情報の蓄積量は尋常な物ではない。


このダンジョンーー【シンデレラダンジョン】の情報も例に漏れることはない。


ダンジョンの管理人、“継母の魔女”はあらゆる魔法に精通した人物で、その強さは“円卓の騎士”にも引けを取らないとされる。


ダンジョン内には、街が二つ、村が三つあり、そのうちの一つが目の前にあるこの街だ。


「なんだかキナ臭いネ」


「ええ。門が閉じられていることはこれまで無かったはずです。門番が見当たらないというのも不自然です」


「少し、強引にやってみるかネ」


李が巨大な門に手を触れる。


「ーー!!」


木製の扉がぐにゃりと歪み、李を導くようにして大きな穴が開かれる。


まるで、木材が植物だった頃を思い出し、命を取り戻したかのような動きだった。


「李様の特異点は【庭師】。植物を自在に操ることができます」


殆ど機械的にレイシーが説明を加えてくれた。


門が強引にこじ開けられたにも関わらず、街で騒ぎが起こることは無かった。


「人の気配がありませんね……」


「争った形跡も無し、とネ」


不自然な状況だった。


まるで、ある日突然この街から人が消えてしまったかのような有様だ。


家屋の窓から中を覗くと、食卓が並べられている。


「これは……」


「何か普通ではないことが起きてるネ」


「こういうことは、よくあることなんですか?」


「ダンジョンというのは上層とは別の次元にある異世界に過ぎない、というのがワタクシの見解。どれほどの情報を蓄積していようが、それはあくまで、という判断材料の一つに過ぎないのネ」


何が起きても不思議ではない、ということなのだろう。


ダンジョン攻略の糸口として、傾向と対策は打てるかもしれないが、それは必ずしも全てでは無いのだ。


「ただ、ここまでその傾向から外れることは珍しいネ」


人っ子一人いない。


李の部下とやらもどこに行ってしまったのか分からない。根回し八割であっても、残りの二割で事態が大きく転がることもあるのだ。


「食べ物の腐り具合からしても、昨日今日の話じゃないネ」


殆どの家のテーブルに手をつけられた食卓が並んでいる。お昼時か、夕飯時か、食事の時間に一斉に消え去ったように窺える。


食事はネズミか何かに食い荒らされた痕跡があり、僅かに残っている残飯も腐敗がだいぶ進んでいる。


「何かから逃げ出した、というわけでも無いようだネ。とことん不自然極まりない」


忽然と姿を消した住人。


それも同時刻に一斉に消滅したかのような痕跡が残っている。


「レオナルド様も今回ばかりは無事では済まないかもしれませんね」


「それはそれで結構。こちらとしては清々するヨ」


李は続ける。


「しかし、レオナルドが死んでいたとしても、このダンジョンはクリアせねばならないヨ」


李の表情が険しい。


我儘な騎士の尻拭いでしか無かったダンジョン攻略の意味合いが明確に変わりつつある。


少なくとも、この街に我儘な騎士はいない。


「心するヨ。ワタクシは君らが死んでも何とも思わない。ここから先は自分の身は自分で守るネ」


先の見えないダンジョン攻略が、また始まろうとしていた。

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