悪夢から醒めて



ーーアタシはそこで目を覚ます。



「また、あの時の、夢か……」


こうして、時折ーーいや、頻繁に夢に出る。全てが変わってしまったあの日の出来事を。


あれから数年の時が経ち、ユートピアの顔ぶれも変わった。


カイドウは“善王”と袂を分かち、“三傑”の一人として名を馳せた。


今や、ユートピアは“善王”の圧倒的な個の力のみで、他の王との均衡を保っていると言っても過言ではない。


死者三名。

重傷者一名。

捕虜一名。


散々だ。


一度の迷宮街セントラルへの遠征でここまでの犠牲を出すのは久しい。


一茶の特異点でユートピアに戻ったアタシ達は、一先ず身体を休めることになった。


ニーナはクロエと一緒に寝ているが、正体不明の彼女は未だ信用されておらず、剣鬼族の監視付きだ。


迷宮街セントラルでのことはもう反省したって遅い。考えるべきはもっと別にある。


「トグサ……」


変異したダンジョンの管理人となっていた影を操る吸血鬼。


あれは、紛れもなく、影鬼族のトグサだった。


上層の人間がダンジョンの管理人に成り代わる。そんな話、アタシは聞いたことがない。


だが、現実としてそれが起こっている。


そして、ニーナの存在もまた未知の事象だ。


ダンジョンに住む下層民が扉を抜け、上層に辿り着くと言う話も前例が無い。


アタシが思うに、この二つはリンクしている。


ニーナが上層に運ばれたのは、きっとトグサが管理人になっていたことと関係があるはずだ。


「起きちょるか」


ノックの音が聞こえて、シュウゾーの声がした。


「ええ」


「皆、集まっちょる」


「今、行くわ」


アタシは部屋を後にする。


予感がする。

何かが動き出そうとしている。


良くない何かが。


「体調は?」


「問題ないわ。それよりクロエとニーナは?」


「先に声を掛けた」


「そう。シーザーは?」


「手術は終わった。腕は……」


「そう」


シュウゾーと連れ立って、“善王”二宮が鎮座する大広間に出る。


クロエとニーナ、ユートピアの亜人を率いる族長達、知の巨人とも謳われるアイザック・ハミルトン、そして、“善王”二宮ーーこの国と主たる顔ぶれが揃っている。


「ご苦労であったな、マリッサ」


アタシは首を横に振る。


「早いところ、情報共有と行こうか。残念ながら、時間は有限だ」


アイザックが話を急かす。


この男はいつもこうだ。

端的に気が合わない。


「その前に迷宮街セントラルでの対応を説明してもらおうかしら」


ダンジョンから脱出した直後、ライオ達があらぬ疑いを掛けなければ、事態はここまで悪化しなかったはずだ。


「これでユズハに何かあったら、アンタ達は責任取れるわけ?」


「あれはこの俺の独断だ。責めるのなら、俺を責めろ」


切り出したのは、ライオ。


「あれはパーティの総意だろ、ライオ」


反論したのはウタマル。


「結果的にはな。だが、言い出したのは俺のだ」


「くだらない友情ごっこは後にしてくれないか。言ったはずだ。時間は有限だと」


話を遮った遠慮のないアイザックの物言いに、ライオとウタマルが殺気の宿った目線を向ける。


アイザックは動じること無く、「物分かりが悪いのであれば、力で御するしかない」と、むしろ二人を逆撫でするような発言を加えた。


「やめい」


乱闘にまで発展しかねない雰囲気を一言で殺したのは、やはり“善王”、二宮善一郎だった。


「時間に限りがあることは確かじゃ。反省は然るべきタイミングで、然るべき面々ですべきじゃ。そして、今はその時では無い」


二宮は続ける。


「クロエ、マリッサ、ダンジョンで何があったのかを、みなに話してはくれんか?」


その優しい瞳がアタシの心臓を掴む。


強大すぎる力と慈愛が合わさると、こんなにも悍ましく感じてしまうのかと、驚きがあった。


“善王”は怒っている。


三人もの仲間を失い、シーザーは腕を失った。


善良なる王の瞳の奥には、その慈愛とは遠くかけ離れた憤怒の炎が静かに揺らいでいる。


「ダンジョンの変異が起こった」


アタシは淡々と言葉を紡ぐ。


あの時、何が起きたのかを、ありのままの事実を口にする。


影鬼族のトグサがダンジョンの管理人として立ちはだかったこと。


ユズハとチェシャ猫のこと。


ダンジョンの住人であるニーナが上層に転送されたこと。


そして、“円卓の騎士”最強の男、佐久間がユズハを連れ去ったこと。



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