あとのまつり
ーーユズハが行ってしまう。
クロエは動けない。
ニーナもただそれを黙って見ていることしかできない。
硬直したように身体が動かない。
恐怖に釘付けにされた身体は、もはや自分のものではないようにさえ思えた。
「じゃあね」
ユズハの身体が扉の向こうに完全に消えたのを確認して、佐久間がこちらに手を振った。
「行かせるかよ……!」
どこからともなく飛び出した人影。
「おい、バカ……っ! 城戸!!」
二本のククリナイフを手にした赤いマフラーの男ーー城戸が、唐突に佐久間に襲いかかった。
「おっと」
佐久間は白い刀を振り抜き、城戸のククリナイフを受け止めた。
「わざわざそちらさんから来る? 普通じゃないよ、君」
「その通りだ、やめろ! 城戸!」
城戸の後方からポニーテールの男ーーアズマが駆け寄る。
本来、仮面の教団の管理下にあるダンジョンに手を出した城戸達は、真っ先に標的とされるべき人間である。
にも関わらず、佐久間はユズハ達を襲撃した。
城戸達からすれば、願ってもない幸運である。佐久間という教団の最大戦力が別の場所に矛先を向けていることで、城戸達がこの街から離脱できる可能性は飛躍的に高まった。
「うるせぇ!」
城戸は佐久間に猛攻を仕掛ける。
「なんとなく俺のせいで彼は巻き込まれた気がした! 他所様に迷惑をかけないってのは、俺の主義だ!」
「
「悪いな、アンタらはもう他所様じゃないんでな」
「君、面白いこと言うね」
佐久間の周りに浮かび上がる白い龍。
「“円卓の騎士”だろうが、俺にとっては通過点だ」
「本当に面白いな」
佐久間の龍が城戸に襲いかかる。
「少し、踊ろうか」
白い龍を赤いマフラーが弾くと、佐久間の周りにもう一体の龍が浮かび上がった。
白い煙のようなそれは、次々に数を増やしていく。
「おいおい、その数は聞いてないんだけど?」
シーザーの肩を噛みちぎった白龍が群れと化して襲いかかる。
全身を食らいつかれる城戸。
「城戸ォォ!」
アズマが叫ぶ。
「大丈夫だ、問題無い」
致命の一撃。
しかし、なおも城戸は死なない。
「特異点か」
城戸は体を回転させて、白い龍の群れを引き剥がすと一気に距離を取る。
無傷。
龍に四肢が食いちぎられることはおろか、咬み傷の一つすら無い。
「不死身かよ」
「アンタも似たようなもんだろ」
佐久間の口元が僅かに緩んだ。
「悪いが、時間だ。これ以上は
佐久間は言う。
「俺はいらないリスクは
「待てよ、“災厄”!」
扉へと踵を返す佐久間。
「待つのはテメェだ、城戸!」
追いかけようとする城戸をアズマが制止した。
「あの男の言う通りだ。そろそろ掃除の時間が始まる」
佐久間は扉の先へと消え、扉はそれを待っていたかのように消滅する。
「ちっ」
城戸はまだ納得のできない様子で舌打ちをした。
つい先刻に比べると、街はあまりにも静かになっていた。さっきまで戦っていた人間達が次々に撤退している。
城戸達と戦っていた“三傑”の一人、カイドウの姿ももう無い。
「お前ら、何者だ」
城戸は背後から突然かけられた声に振り向くき、即座にククリナイフを振り抜いた。
二つの刃がぶつかる。
背後を取ったのは、“善王”の孫、二宮一茶だった。
特異点【
アクティブスキル『黄昏の旅人』は、半径五メートル圏内の任意の人間を、見たことのある場所に瞬間移動させることができる。
「何が狙いだ」
「何って?」
「狙いも無しに“三王”に喧嘩を売るような馬鹿なら、今頃この世界で生きてないだろ」
双剣の応酬が始まる。
城戸は赤いマフラーを使わない。まるで、剣と剣のぶつかり合いを楽しんでいるようにさえ見えた。
「それにお前の型はなんとなく見覚えがある」
「今、同じことを考えてたよ」
城戸は言う。
「同じ師匠を持っている、とかね?」
一茶の動きが乱れた。
動揺が顕著に動きに反映された。
「アイツは、どこにいる……!!」
「さあな。生きてはいるだろうが、放浪癖は治ってないんじゃねぇか?」
城戸のキックが一茶の腹部に真面に入った。
「終いだ。流石にまだ山羊共には太刀打ちできん」
一茶は地面に転がり、「待てよ」と叫ぶ。
城戸とアズマは振り返ることなく、その場を立ち去る。
「クソ親父……っ」
一茶は地面を殴りつける。
怒りを露わにする彼の姿を、クロエは初めて見た気がした。
「ユズハは……?」
一茶の問いかけに、クロエは首を横に振る。
彼女は自らの無力さに、脆弱さに、絶望していた。
“災厄の騎士”、佐久間を前にほとんどなす術なく、ユズハが連れ去られるのを黙って見ていることしかできなかった自分に苛立ちすら覚えていた。
そして、何より自らの非力以上に、ユズハを追いかけることができなかった自分を許すことができなかった。
あの時、心のどこかで安堵してしまった自分を殺してしまいたいほどに、クロエは悔いていた。
「“災厄の騎士”に連れ去られた……」
「そっ、か……」
「そっか、って……!」
噛み付いたのはニーナ。
「アンタ達がちゃんとしてれば、あんな仲間なのに裏切るようなことしてなければ、こんなことにはならなかったでしょ……!」
一茶は顔を背ける。
「離脱が先だ。これ以上、仲間を死なすわけにはいかない」
クロエ達が気が付かないうちに、ライオが率いる獣人達と剣鬼族のウタマル、それにマリッサが合流し、シーザーの治療に当たっている。
「急げ、一茶……! もうこの街には誰もいねぇ! 奴らが来るぞ!!」
城戸が、“円卓の騎士”が、そして、“三傑”すらもが恐れる存在が、今まさに現れようとしていた。
「手遅れのようだ」
剣鬼族の剣士、ウタマルが言った。
その目線の先には、一人のシルエット。
少しずつ歩み寄ってくるその男に、この場にいる全員の全身が強張る。本能として、それがどういう存在か、刻み込まれている。
黒のタキシードに身を包んだ男の頭部は、どういうわけか、黒い山羊のそれだった。
「全員、一茶の元へ……!!!」
ウタマルが腰の刀に手を当てる。
「花風流」
刀が引き抜かれると同時に、凄まじい光が前方を飲み込む。
「ーー“威風堂々”!!!」
無数の斬撃が連なり、光の砲弾となって放たれる。
ウタマルの前方は無数の砲弾の雨に曝されたような破壊の光に包まれる。
光の通過点にいた者は、無数の斬撃に襲われ、並大抵の人間では、抗う術すら無く、その圧倒的な暴力を前に斬り刻まれる。
光が通り過ぎる。
しかし、なおもその男は立っている。
五体満足のまま、一切の傷すら負わず、何事も無かったかのように、そこに立っている。
「ウタマル、早くしろ……ッ!!」
ライオが叫ぶ。
ウタマルは男から視線を逸らさず、後ろへと跳び、一茶の元へ詰め寄る。
「飛ぶよ……ッ!!!」
一茶はウタマルが『黄昏の旅人』の範囲内に収まったことを確認して、能力を発動する。
山羊頭はそれを良しとしない。
ニーナは瞬きをしただけだった。
次に目を開いたときには、山羊頭がすぐ目の前にいた。
「え」
山羊頭の手がこちらに伸びる。
「族長!」
咄嗟に、獣人の一人が前に出た。
黒山羊の手が前に出た獣人の手に触れる。
「ロドリゴ……ッ!」
ライオがその獣人の名を呼んだ時には、その肉体は灰と化していた。
「そんなーー」
一茶達の視界が光に満ちる。
景色は移り変わり、一人の仲間を遺し、彼らは
「クソォォォォォォォ!!!」
ライオの咆哮が、ユートピア中に響く。
皆が一様に息を切らしている。自分の生を確かめるように、深く息を吸い込み、そして、また吐き出す。
「今の、あれは、何……」
ニーナの震えた問いかけに、クロエが答えた。
「ーー
ライオの手には、さっきまで仲間だった獣人の灰が握られている。
ーーあの街に、長居してはいけない。
それは、Aちゃんねるに生きとし生ける者、全てが共通した認識として肝に銘じている。
“三王”でさえも、その鉄則には従う。
その鉄則に従わなければ、人は皆、
ダンジョンの攻略以外の目的で、
そのうえ、彼らは瞬間移動のように、一瞬にして距離を詰めることができる。
さらに、彼らの手は触れたものを灰にしてしまう力がある。
そして、彼らというように、そんなチート性能の化け物は複数人いる。
能力を押し並べただけで、その脅威は口にするまでも無い。“三王”が束になっても敵わない神の使いーーそれが、
「撤退のタイミングを誤った……。僕が、ロドリゴを、殺したようなものだ」
「反省会は後だ。シーザーまで死なすわけにはいかない」
もはや虫の息といったところのシーザーをウタマルが担ぎ上げる。
「何か、Aちゃんねるに不穏な動きがあるようだ。爺様に指示を仰ぐ。マリッサ、クロエ、その女についても説明してもらうぞ」
何かが起きている。
そして、もっと大きい何かが起ころうとしている。
ウタマルはこれがその何かの序章に過ぎないことを直感していた。
「ユズハは……」
「それも後だ。教団の連中に囲われたなら、もはや我々の手に負えるレベルの話ではない」
「アンタらね……」
「反省は後だと言ったろ。あとでいくらでも謝る。シーザーを殺すつもりか?」
そして、ウタマルの予感は的中することになる。
ユートピアを巻き込み、“三王”の均衡を崩すほどの大きな渦の潮目が、このAちゃんねるのどこかで生まれようとしていた。
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