円卓の騎士、第一席
“円卓の騎士”とは、仮面の教団が擁する七人の最高幹部の名称である。
その全てが“潜者”で、一人ひとりが軍団級とも言える戦闘能力を誇る。
“円卓の騎士”には、“教皇”からそれぞれ肩書を与えられる。それは、それぞれの特性や強さに見合った称号とも言える。
目の前にいる男に与えられた称号は、“災厄の騎士”。
圧倒的な武力は時に災害にも匹敵する。ただの人間には、どうやったって抗うことのできない存在。
そんな大層な冠を与えられてもなお、その名すら物足りなくなるような、そんな逸話をクロエ達は聞かされているそうだ。
他を圧倒する“円卓の騎士”の中でも、最強の名を欲しいままにする特級戦力ーーそれが、“災厄の騎士”だ。
“三傑”にも引けを取らないと言われる最強の男が、今まさに俺達の目の前にいる。
目前の脅威として。
“災厄の騎士”、佐久間は魔導書を顕現させ、そのページに触れる。
「スペル、“水竜の戯れ”!」
先手必勝と言わんばかりに、クロエが先にスペルを詠唱した。
水の竜が滑空し、佐久間の元へ迫る。
「君らに恨みは無いし、無益な殺生なんて望んじゃいないけど」
パシャン、パシャン。
佐久間に襲いかかった水竜達がその体を目前にして弾けて消える。
目で追えていなかったわけではない。
本当に前触れも無く弾けた。
「スペル……?」
「いや、おそらく、特異点」
この男もまた、“潜者”。
時として、戦場そのものを支配するほどの力を発揮する特異点の保有者。
「悪いね。俺の直感が早めに手を打ったほうがいいって言うんでね」
佐久間がにっこりと笑う。
謝罪の意なんて、微塵もない。
視界に陰ができた。
見上げると、頭上に巨大な岩が浮かび上がっている。
巨大、と言っても、それはあまりにも巨大だ。大型トレーラーを十台寄せ集めたってあのサイズにはならない。
「じゃあな」
佐久間が指を鳴らすと、頭上の岩が重力に抗うことを止める。
規格外に大きすぎる岩が落下してくる。
「止める」
クロエが愛用する剣、“タイムキーパー”を引き抜く。
振り抜いた先にある対象物の時間を停止させる能力を持つが、果たして、あのサイズの物体にまで通用するのか。
「そうだよな、そう来るよな」
それだけじゃない。
佐久間は既に岩の落下地点の範囲内にいるにも関わらず、こちらにゆったりとした足取りで迫ってきている。
「クソ」
クロエが剣を振るうのと同時に、俺も“血剣”を振り抜いた。
頭上の岩は停止した。
クロエの“タイムキーパー”が通じたようだ。
血の刃が佐久間に迫るが、さっきの水竜と同様に目前にして、刃が弾け飛び、血溜まりとなって地面に広がった。
あらゆる攻撃が通用しない。
「何だよ、アイツ……」
「逃げる、しかない」
勝てない。
クロエはそう判断した。
そして、それは間違いない。
この場での選択肢として残っているのは、逃亡の一手だ。だが、それすらもこの男は許さないだろう。
「賢明、というか、当然の判断だな」
佐久間は魔導書のページに触れる。
魔導書から引き抜かれるのは、白い刀。
刀身も、柄も、真っ白だ。
「まあ、無理だと思うがやってみな」
俺は死ミットの“蓋”を開く。
【吸血鬼の洋館】でそれなりの経験を得たつもりだった。だが、そんなちっぽけな経験が全く無意味だと、この男の前では思い知らされる。
逆立ちしても勝てない。
ちっぽけな経験が、それだけを教えてくれている。
死ミットを暴走させる。
相手は影を操る吸血鬼、トグサを優に超える実力者だ。
何を投げ打ったとしても勝てないのであれば、投げ出せるものは全て投げ出す必要がある。
「ほう、黒い色装か」
佐久間は口角を僅かに上げた。
「俺の直感は間違ってないようだな」
「どういう、意味だよ」
声が震える。
いや、身体全体が震えている。
全身で恐れている。
「“三傑”のカイドウも、夜叉も、ネイキッドも、例に漏れず、黒い色装を扱う。“三王”もおそらく、そうだろう。黒い色装の“潜者”ってのは、出世頭だ。そういうジンクスがある」
そう語る佐久間の身体から沸き立つのは、黒い靄。
そのジンクスとやらに、この男も例に漏れず、というわけか。
黒い“色装”が佐久平から止めどなく漏れ出し、歪に大気に拡散する。
暴走させた俺の“色装”と同等の量、いや、それ以上かもしれない。
明確に連想される死のイメージ。
「勝てなーー」
何かが俺とクロエに飛びついた。
気がついた時には、佐久間がすぐそこで刀を振り下ろしている。
「目と脚はそこのお嬢ちゃんーーいや、狼娘の方が長けるみたいだな」
俺とクロエを半ば押しのける形で救ったのは、狼の姿となったニーナだった。
彼女がいなければ、間違いなく斬られていた。
「ニーナ、このまま走って」
クロエが言うと、ニーナは黙って頷き、俺達を抱きかかえたまま一直線に走った。
頭上で停止したままの岩が動き出す。
クロエが“タイムキーパー”の能力を解除したのだ。
ニーナのおかげで俺達は岩の落下範囲から逃れていた。このまま直撃を受けるのは佐久間だけだ。
巨大な岩が地面に衝突し、悍ましい轟音を立てて瓦解する。砕けた岩石が一帯に飛散し、辺りはとてつもない量の砂煙に飲み込まれる。
その様はまさしく天災そのもの。
圧倒的な物量が街を押し潰す。あの真下にいた人間は一溜りもないだろう。
本来であれば、助かるはずがない。
「悪くない」
砂煙の中から佐久間の声がする。
そう、本来であれば、の話だ。
相手は“三王”の右腕とも呼べる男。
こんなことで死ぬような人間ではない。
煙を引き裂いて、白い何かーー半月の刃のような物が飛んでくる。
クロエが“タイムキーパー”を振るい、間一髪のところで、白い刃を静止させる。
引き裂かれた砂煙の中から、佐久間が現れる。無傷だ。さっきの天変地異など、無かったかのようだ。
佐久間の刀からはモクモクと白い煙が溢れ出している。煙は龍の形を成し、彼の身体の周りを取り巻く。
「レートAの武器、“タイムキーパー”だったかな。停止時間に応じた死ミットを消費するんだよな?」
佐久間が高速で刀を振り回す。
その度に白い刃が射出されていく。
クロエもそれに合わせて、“タイムキーパー”を何度も振るった。
「どこまで耐え得るかな」
佐久間は弄んでいるようだ。
格があまりにも違いすぎる。
「クロエ! やめろ、死ミットが尽きる!」
クロエの腕に刻まれた死ミットはみるみるうちに擦り減る。
“バルムンク”の血を操る能力で盾を構成することもできるが、果たして、あの白い刃に耐え得るだけの防御力があるだろうか。
何度も刀を振り抜く佐久間の周りで変化が起きた。奴を取り巻く白い龍がこちらに向かって、物凄い速度で動き出したのだ。
白い龍が襲いかかってくる。
「あれは……停まらない……!」
クロエが言った。
ニーナは俺達をいつでも抱えられるような位置で、再び逃走を考えているようだ。
俺は“バルムンク”に血を吸わせる。
“血装”によって三人を覆うほどの巨大な盾を構築すると、その直後に凄まじい衝撃が走った。
血の盾は、呆気なく破壊され、白い龍が目の前に飛び込んでくる。
「チェシャ猫……ォ!!」
こんなときに限って、どうして出てこないのか。
次の瞬間、パシュンと乾いた音がして、白い龍が何かに弾かれた。
「お前ら、無事か!?」
魚人達の長、シーザーとその部下達だ。
「あれあれ。役者が増えてきちゃったねぇ」
シーザーが白い龍を弾き飛ばした水鉄砲を佐久間に向けて放つ。
水の暴力は佐久間の手前で悉く弾ける。
クロエの水竜を弾いた時と一緒だ。
佐久間への攻撃は全て無効化されている。
「ヨシュア! ギラン! とにかく撃ち続けろ! 奴に何もさせるな!」
魚人の三人の周りに無数の水の塊が浮かび上がる。
水の塊から放たれる水の鉄砲。
圧倒的な水鉄砲の数だが、その全ては佐久間の手前で弾けてきえる。何か見えない壁があるようにも思える。
「クロエ、逃げろ。一茶と合流して、さっさと離脱しーーっ!?」
佐久間が一瞬で距離を詰めていた。
目を離したわけではない。
だが、次の瞬間には、奴が目の前にいた。
「シーザー……!!」
シーザーは魔導書から槍を引き抜き、佐久間の刀を受け止める。
「伊達に族長やってねぇんだぜ!?」
しかし、振り下ろされた斬撃に続く形で、佐久間を取り巻く白い煙のような龍がシーザーに襲いかかった。
「ぐぁ……っ!?」
白い龍がシーザーの肩に噛み付く。
いや、噛みちぎってしまった。
「シーザーさん!!」
魚人の一人、ヨシュアが援護しようと僅かに接近した。
佐久間はそれも見ていた。
「ーー!!」
「やめーー」
シーザーが声にならないほどの声を漏らす。直後、血の噴水が舞った。
気がついた時には、ヨシュアの頭部が地面に落ちていた。
ヨシュアは、首を刎ねられた。
ものの一瞬で。
まさしく、瞬きの狭間で。
「ヨシュアァァアァ!!!」
残る一人、ギランが叫ぶ。
「ギラン、来るな……ッ!!」
また、視界から佐久間が消えた。
何が起きているのか分からない。
速いとか、そういう次元の話では無い。
刹那の先には、もう佐久間がギランの目の前にいて、横一文字に刀を振り抜いていた。
ヨシュアと同様、首から上を失ったギランが地面に崩れ落ちる。
一瞬にして、魚人の精鋭が殺戮された。
族長であるシーザーでさえ、重傷だ。
化け物だ。
規格が違いすぎる。
同じ次元で生きていない。
やはり、勝てない。
勝てっこない。
「チェシャ猫、聞いてんだろ。出て来いよ、チェシャ猫……ッ!」
何でだ。
どうして、寝ている。
こんな大事な局面で、どうして役に立たない。
「ふざけんなよ……!!」
何か言えよ。
何でもいいから、納得するような理由だけでも教えてくれよーー。
「選択肢を与えてやる」
気がつくと、佐久間が目の前にいた。
これは単純な身体能力の問題ではない。おそらく、スペルか、武器、もしくは、特異点による何らかの能力が作用している。
「“潜者”、君が大人しく付いてくれば残りの人間は生かしてやる」
佐久間の持つ刀の刀身が俺の顎先に触れる。
「ユズハ……っ!」
ニーナが心配そうな顔で俺の名前を呼んだ。
「悪いようにはしない。俺は君に興味があるんだ。君と、そのチェシャ猫に」
佐久間の目は冷たい。
平気で人を殺す人間の目だ。
この男は、俺の首を刎ねるのに、何の躊躇もしないだろう。
「断れば……」
「この場にいる全員を殺す。妙な期待はしない方がいい。仮に、今この場に“善王”が来ても、数秒あればここらの人間は殺せる」
選択の余地など、無い。
「分かった」
俺の答えを聞き、佐久間は口元を緩めた。
「ユズハ!」
「ダメ! ユズハ……!」
クロエとニーナが叫ぶ。
「悪いね。脅すような形で」
佐久間は言う。
「彼らの安全は俺が保障しよう。何、そう怖い顔すんなって。うちの教団もそう悪いところじゃないからさ」
佐久間が魔導書に触れると、あの扉が目の前に現れる。
「ユズハ!」
俺はクロエを顧みた。
「ごめん、みんなによろしく」
こうするしかない。
選択肢など、他には無かった。
「さあ、どうぞ」
佐久間が左手で俺を扉へと促す。
俺は自らの足で扉の先へと足を進める。
「約束、してください。ここにいる誰も、もう殺さないって」
佐久間は優しい笑みを浮かべ、静かに頷いた。
「俺、嘘だけはつかないから」
そういう言葉を吐く人間は総じて嘘つきだが、それでも、俺にはその言葉に縋るしか無かった。
そして、俺は扉の先へと足を踏み込んだ。
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