鉢合わせ、巡り合わせ
俺は地面に投げ出されていた。
全身水浸しだ。
爆発の直前、何か別の力で吹き飛ばされたような感覚があった。俺だけでなく、あの場にいたほぼ全員が吹き飛ばされていたようだ。
火球に焼かれずに済んだのは、その何らかの力のおかげだろう。
隣には、ニーナが転がっている。
「けほっ、けほ……ニーナ、無事か?」
「なんとか」
俺達を吹き飛ばした力により、殆どの人間が散り散りになっていた。それぞれ十数メートルは飛ばされたようだ。
「マリッサ!」
近くにマリッサを発見する。
「ユズハ! ニーナ! 無事!?」
であれば、判断のつく人間から離れないことが重要だ。
駆け寄ろうとしたところで、マリッサに襲いかかる人影が一つ。
黒いローブに身を包んだ男が屋根の上から飛びかかり、使役する影でマリッサに攻撃を仕掛けた。
マリッサも一瞬にして影を召喚し、敵の影にぶつける。
「ギャハハハハハハハ!!! 久しぶりだなぁ、会いたかったぜぇ、マリッサちゃぁん!」
下品な笑い声を飛ばす男は銀色の髪をこれでもかというほど逆立て、耳や鼻、口に眉毛の端まで、顔の至るところにピアスをしている。
「“
「知らないのか? 無知だなぁ、あまりにも無知だなぁ、マリッサちゃん」
「気安く名前を呼ぶんじゃないわよ、クズ野郎!」
影と影がぶつかる。
男の影は決まった形が無い。
アメーバのような塊がマリッサの攻撃に合わせて、その形を変異させている。
「ニーナ、援護だ!」
俺の横でニーナが頷く。
色装を発動すると、全身を黒い靄が包み込む。ニーナは腰に手を伸ばしたが、自身の愛用する銃が無いことに気がつく。
「ダンジョンの物は報酬以外に持ち込めないって聞いた。ニーナの銃もおそらく……」
「そんな……」
ニーナは悲しそうに俯く。
あの銃も使い古された形跡があった。きっとラークやエルザとの思い出がいくつもあったはずだ。
「ここで待ってて」
先のダンジョンで手に入れた武器、“血剣バルムンク”を鞘から引き抜く。
使用者の血を吸収し、力を発揮する魔剣。
使用者の意思によって、能力が起動する。柄を握り締めた手の平にチクリと痛みが走る。血の吸収が始まった。
刀身を纏う真っ赤な血液。
吸血により“バルムンク”に備わる能力は主に二つ。
一つは、刃の強化。
刃をコーティングする血液は吸血鬼達が使っていた“血装”と同じ効力を持ち、血の体積が許す限り自在に変異させることが可能だ。
盾のように広げることも、鞭のように引き伸ばすことも、あらゆる応用ができるだろう。
そして、血を纏っている間は刃はより強靭に鋭くなる。純粋な剣としての質も向上するのだ。
俺は剣を構え、ピアス男に狙いを定める。
これから使おうとしているのは、二つ目の能力。
大きく剣を振り抜く。
刀身を覆ってきた血が放たれ、半月状の血の刃として、ピアス男に向かって飛んでいく。
ピアス男は、こちらを一瞥すると、形を留めない影で血の刃を弾いた。そう一筋縄ではいかない。
俺が少しだけ距離を寄せると、弾かれて単なる血溜まりになって地面に広がっていた血がひとりでに刀身に吸い寄せられていく。
二つ目の能力は、この血の刃だ。
纏った血を刃として放つことができる。放った血は一定の範囲まで近づくことで回収することが可能だ。
「小賢しいなぁ、いや、小癪だ。あんまりにも小手先だなぁ、“潜者”! ギャハハハハハハハ、最初に殺すかぁ!?」
ピアス男が俺を敵として視認した。
引き寄せた血の刃を再び放つが、ピアス男は全身を覆い隠すほどの影で刃をガードする。
「俺の影じゃなきゃ、あるいは、って奴かもしれねぇなぁ!! でも、残念ながら、これは俺の影なんだよなぁ!」
耳をつんざくような不快な声色と音量だ。
耳障りという言葉を体現している。
「ピーピーうっさいのよ、アンタは!」
マリッサの影がピアス男を殴り飛ばした。
ピアス男は叩き飛ばされ、路地を跳ねるように転がっていくが、全身は影で覆い隠されていて、ダメージに繋がっているとは思えない。
「ユズハ! ニーナを連れてクロエと合流しなさい! コイツらに構ってる暇は無い……!」
マリッサの魔導書を顕現させ、ピアス男に対してスペルによる追撃を次々に撃ち込む。
「そんなことできーー」
「ユズハ、危ない!」
ニーナが俺を押し倒す。
直後、頭上を氷の槍が過ぎ去っていく。
氷の槍が家屋に突き刺さると、その壁がみるみるうちに氷漬けになっていく。
見上げると、空中に浮遊したままの男がこちらを見下ろしていた。
全身をマントで覆い隠した男。
マントの下には、無数の刻印が刻まれた裸体が垣間見える。ローブのフードで顔が見えないが、顎のラインはすっきりとした印象だ。
“三傑”の一人、カイドウ。
この世界で最も敵に回してはいけない人間の一人だ。
「なんで……」
その男に狙われている。
いや、違う。
この氷の槍は流れ弾だ。
赤いマフラーの男達がすぐ近くまで迫っていた。
「戦場が間延びしてる」
戦域はより広く、大規模になっている。
さっきまでは確認できなかった敵影もいくつか視認できる。
仮面、黒服、その他諸々。
ありとあらゆる勢力が、この街に入り乱れている。
戦局は複雑に移り変わり、敵意が氾濫している。
“三傑”の一人、カイドウは明らかに赤マフラーの男を狙っているようだった。いや、カイドウだけではない。この戦場の多くの人間が、赤マフラー達を狙っている。
この大混戦のど真ん中には、赤マフラーの男達がいる。
カイドウが右手に握る杖を頭上に掲げる。
「ったく、しつこいな」
赤マフラーが走る。
あろうことか、こちらに向かって。
バチバチと音がして、カイドウの杖に稲妻が集う。稲妻が生み出す光の筋が飛び跳ね、辺りは熱気に飲まれる。
杖から放たれる稲妻が赤マフラーに襲い掛かる。
稲妻は赤マフラーの肉体に直撃する。あんな雷の塊に撃たれれば、本来は即死だろう。
だが、その本来は適用されない。
赤マフラーは雷に打たれながらも、全くダメージを意に介さず、反撃に身を乗り出していた。
赤マフラーの男が地面を蹴り、跳ぶ。
カイドウとの距離が一気に縮まる。
「速い……っ」
とんでもないスピードだ。
目に追うのでやっとだ。
「スペル」
カイドウは次のスペルを発動する。
「“ノヴァ”」
煌めく閃光。
弾ける爆音。
カイドウの全身を眩い光が包んだかと思うと、一帯に衝撃波が走った。
赤マフラーの男はカイドウが生み出した爆発を受け、大きく後方に吹き飛ぶ。あろうことか、俺達のすぐ目の前に。
「伊達に“三傑”やってねぇな、化け物だ」
赤マフラーの男は地面に叩きつけられたものの、すぐに起き上がる。一見すると、外傷は見られない。
ふと、男が後方ーーつまり、俺とニーナを一瞥した。
「もしかして、巻き込んじゃったか?」
赤いマフラーの男はすぐにカイドウに視線を戻したが、その発言はどうやら俺達に向けられているようだ。
「他人様に迷惑をかけるのは、俺の流儀じゃないんだよな」
上空のカイドウは再び杖を掲げている。
次の攻撃が来る。
そして、その射程範囲には、俺達も含まれている。
「アズマ……! さっさとしろ! 人死にが出るぞ!」
赤マフラーの男が声を荒げる。
アズマというのは一緒にダンジョンに入った男のことだろうか。
「ちっ、間に合わねぇか」
赤マフラーの男は魔導書を顕現させると、そのページに手を触れる。
カイドウが巨大な炎の球を頭上で構築する。
放たれる業火球。
視界は明るく、気温が一気に上昇する。
「火だるまは勘弁だ」
赤マフラーの男がスペルを発動した。
巨大な火の球の進路を阻むように現れる巨大な盾。火の球はその盾に衝突すると、音もなく消滅する。
「おい、お前ら、ボサっとしてんな。さっさと逃げろよ」
こうして近づいて見ると、思った以上に赤マフラーの男は若かった。俺と同じくらい、場合によっては、俺よりも年下に見える。
「アンタは」
「自分で蒔いた種だ。
赤マフラーの男はそう言って、白い歯を見せた。こんな窮地の中でも、何故だか楽しそうに見える。
「い、行こう、ユズハ。クロエを探さなきゃ」
ニーナが俺の服の裾を引っ張る。
「お前ら、ユートピアんとこの連中か」
赤マフラーがもう一度こちらを見た。
「だったら……?」
「いや、大した話じゃない」
男はカイドウを見上げたまま、眉をひそめた。
「善王によろしく言っといてくれ」
「は?」
「悠長に立ち話してる場合じゃねぇ。いつかまた会えたら、そんときにじっくり話そう」
そう言うと、赤マフラーの男は地面を蹴った。
「アンタ、名前は……!?」
立ち去り際、男は名乗る。
「俺の名前は城戸。
赤いマフラーが靡く。
城戸が地面を蹴るとほぼ同時に、カイドウの身体を見えない何かが叩いた。
「アズマ……ッ! 遅ぇッ!」
近くの屋根の上にタンクトップのポニーテール男が立っていた。
ダンジョンに入る前にも使っていた巨大なガントレットを既に装備している。
「ユズハ!」
ニーナの声で我に帰る。
「ああ、行こう」
俺達は城戸とカイドウの戦闘から逃れるように逆方向に走り出した。
どこかで爆発音がした。
いや、どこもかしこも、そんな物騒な音だらけだ。
「ユズハ! ニーナ!」
視界の先にクロエを発見する。
「クロエ!」
「一茶を探さないと」
難なくクロエと合流することができた。
マリッサが心配だが、周りを気にできるほどの余裕は無い。
「ーー!!」
さらに数十メートル走ったところで、俺達はは足を止めた。
進路に巨大な扉が現れたからだ。
ついさっきまで、確かにそこには何も無かった。観測の部屋で目にした扉だ。
あの時は中から仮面の男達が現れた。
おそらく、“三王”の一人である“教皇”率いる仮面の教団が使う移動手段なのだろう。
つまり、あの扉から現れるのは、仮面の教団ーー俺達の、敵。
扉が開く。
「嘘」
クロエが言葉を失う。
扉の先から現れたのは、ラフな紫色のスーツを着た長髪の男。
髭面にサングラスで胡散臭い容姿だが、どういうわけか気品すら感じるのが不思議だ。
「“災厄の騎士”ーー」
クロエはその男の肩書を口にした。
仮面の教団において、“教皇”に次ぐ最大戦力の名を。
「ハロー、異端の方々。それから……」
男の声が俺の心臓を鷲掴みにする。
「グッバイ」
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