混戦


視界が戻ると、俺達は迷宮街セントラルにいた。クロエとマリッサ、そして、ニーナも一緒だ。


ニーナは本当にこちら側の人間になってしまったようだ。


「ダンジョンから出たら“中央”へ向かう。一茶達とそこで落ち合うの」


同じような景色の迷宮街セントラルでは、どこかで合流するとなると、“中央”しかない。当然の帰結だ。


「でも」


マリッサの視線が左右に振られる。

迷宮街まちが騒がしい。


誰かが戦っている。


「いつにも増して煩いわね」


「“中央”の方」


クロエが敵を視認したらしい。


釣られて見ると、連なる家々の向こう側で誰かが戦っている様子が見て取れた。


「どうする」


「嫌なタイミングね」


赤いマフラーの男が屋根の上に飛び乗ったのが見えた。


「あの時の」


「知ってるの?」


「ユートピアの観測室でたまたま見た。教団の管理するダンジョンに突入した男だ」


「“三王”に喧嘩売るとか馬鹿なの?」


“三王”に喧嘩を売ったとなれば、それを買うのは当然、“三王”だ。


戦っているのは、赤いマフラーの男と教団と呼ばれる組織の誰かで間違いないだろう。


「あそこに向かわないとなの?」


“中央”で巻き起こった爆発を見て、ニーナは不安そうだ。


「飛んで火に入るなんとやら、ね」


マリッサの顔は険しい。


赤いマフラーの男は赤い鎧の男と戦っているようだ。


歌舞伎でしか見ないような、ライオンヘッドの男だ。


男の周囲には、いくつもの武器が浮遊している。


空を飛ぶ様々な武器が赤マフラーに襲いかかるが、赤マフラーは二本の短剣と自在に動くマフラーの先端を使って、軽やかにそれらを退ける。


「“円卓の騎士”が出てる」


クロエが言った。


「それだけじゃないわ。あれ、“三傑”よ」


マリッサの指差す方向に、一人の男が空中に浮遊している。


全身をマントで覆った男。


「“三傑”……」


ニーナが復唱すると、クロエが答えた。


「Aちゃんねるの絶対強者。個において、“三王”にも引け取らないと言われる三人」


「“三傑”の一人、カイドウ。今や消息も分からない他の二人に比べれば、露出の多い方だけど、あんなに目立つようなタイプでは無かったはずだけど」


俺達が目指す“中央”は、混沌のど真ん中だ。


暴風雨と灼熱の炎が入り乱れ、無数の爆発が乱立している。


「あんなとこに突っ込むなんて、自殺行為だろ……」


「一茶達でさえ無理よ、あれは。外に向かいましょう」


マリッサは魔導書を顕現させると、ページを開いて何度かその表面に触れる。


「一茶、見てる?」


魔導書に備わる機能の一つ、通話機能だ。


いつしか説明してくれたように、この魔導書は端的に言い表すと、多機能万能デバイスだ。


武器やアイテム、スペルの収納から仲間との通話まで、あらゆる機能を兼ね備える。


『もう向かってるよ』


「ーー!!」


魔導書の中から一茶の声がした。

いや、魔導書の中ではない。


「見つけた」


一茶達は既に三棟先の家屋まで辿り着いていていた。


一茶を先頭に、魚人族の族長であるシーザーとその部下が二人。それから剣鬼族のウタマル。……とほぼ行きと同じ面々に加え、獣人が五人。


“善王”との謁見のときにいたライオン頭の獣人もいる。確か名前はライオと言ったか。


「早い、わーー!?」


予想外のことが起きた。


彼らは接近するや否や、俺達を取り囲み、各々の武器をその首元に向けた。正確には、俺達ではない。俺とニーナだ。


「な、何のつもりで……!」


「ちょっと黙っててもらおうか」


獣人の族長、ライオは巨大な斧の先端を首筋に突き立てる。


「何のつもり」


クロエが背中の大剣に手を伸ばしながら、問いかける。


「悪いが、当然の措置ーーというか、当然の疑念だ」


答えたのはシーザーだ。


いつもはどこかおちゃらけたイメージすらある彼だが、今の目つきは真剣そのものだ。


「本来、半日でクリアできるようなダンジョンに三日近く潜ってりゃ、何かしらを疑うさ。加えて、見知らぬ女まで連れて出てきた」


ダンジョンが変異していたことや、その他諸々のイレギュラーを彼らは知らない。


そういった警戒はある意味、当然と言えば当然かもしれない。


「心配かけたわね。アタシ達なら大丈夫よ。武器を下ろしなさい」


「そうはいかねぇ。コイツは“潜者”だ。何だってあり得る。例えば、このガキの特異点でお前ら二人が洗脳されている、とかなぁ」


マリッサの頭に血が上ったのが分かった。


「アンタねぇ……!!」


突然、頭から大量の水が降ってきた。

そして、水は形を保ったまま、俺を包み込む。


見ると、ニーナも同様に風呂一つ分ほどの水に包まれている。


まずい。

溺れる。


水に覆われて、声が聴こえない。


だが、クロエ達が何やら言い争っているようことだけは分かる。


今はそんなことをしている場合じゃない。早くここを立ち去るべきだと、そんな当たり前の言い争いをしているのだろう。


そして、それは間違いのない事実だ。

今は一刻を争う。


俺は水の中で溺れながら、視界の先で“それ”が迫るのを見ていた。


巨大な火球がこちらに向かってきている。


水が阻害して、声を出そうにもちゃんとした音にならない。火球はみるみるうちに、こちらに近づいてくる。


ようやく接近する火球に気がついたウタマルが刀を引き抜くと、凄まじい閃光ーー光の斬撃とも呼ぶべき一閃を飛ばし、迫り来る火球を二分する。


二つに分かれた火球をシーザーら魚人族が水の鉄砲で迎え撃つーーが、直後、大きな爆発が辺りを飲み込んだ。

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