情報屋
ユズハ、クロエ、マリッサが【吸血鬼の洋館】に潜っているまさにその頃、シュウゾーはとあるダンジョンにいた。
建物の輪郭も残っていないような廃墟の跡があちらこちらに見られるダンジョン。
地面は
ダンジョン名、【荒廃したアトリエ】。
シュウゾーはこの地に一人の“潜者”を訪ねて来ていた。
「対価じゃ」
瓦礫の上にポツリと置いてある天秤。
この世界観には不釣り合いな、違和感の塊のようなその黄金の天秤の上に、シュウゾーは手を添える。
シュウゾーがその手を退かすと、天秤の片方にぼんやりとした光が灯された。
しばらくすると、廃墟の物陰から少年が現れる。白いシャツに白いズボン。人形のように無機質な表情をしている。
「ご所望は」
少年は言った。
一切の感情を切り捨てたような声色だ。
「天狗が行方不明じゃ。所在を知りたい」
少年は答えない。
代わりにどこかから声がする。
「天狗が最後に入ったダンジョンは【三匹の仔豚ダンジョン】や」
代わりに聞こえた回答は関西訛りが特徴的な男の声だった。
Aちゃんねるの住人から“情報屋”と呼ばれるこの男は、殆どの場合にその姿を現すことは無い。
“蝶”と呼ばれる白シャツの子供達を多数抱え、Aちゃんねる中の情報を物にする。
姿形も定かではないこの男の影響力は、“三王”や“三傑”と呼ばれる伝説級の猛者達に次ぐとさえ言われる。
「何をしに?」
天秤が傾いた。
「対価が足りへん」
シュウゾーは舌打ちを鳴らすのを堪え、もう一度天秤に手を
〝情報屋は対価を重んじる〟ーーそれは、“情報屋”と接するために最も、そして、唯一必要とされる掟だった。
応じた対価さえ支払えば、“情報屋”はどんな情報も差し出す。
当然、その情報の希少性によって、支払うべき対価もより大きくなる。
「天狗はんは、天城リュウという男を探しとった。わてはその場所を教えたまでや」
天城リュウという人物に心当たりは無い。
「誰じゃ、そいつは」
「対価が足りひん」
「ちっ」
シュウゾーは今度は舌打ちをして、天秤に再び手を差し出した。
心なしか、天秤に灯る光が大きくなった。
レートSに分類されるアイテム、“女神の天秤”は、あらゆる取引を可視化させ、公正な取引を可能にする。
本来であれば、受け渡しができない死ミットも、この天秤を通すことで取引することができる。
“天秤”の片方に乗せた対価が、“情報屋”の差し出そうとしている情報と等しいか、“天秤”が正確に判断する。
対価が足りない場合、“天秤”は傾く。
「“潜者”の青年や。【泣いた赤鬼ダンジョン】で遭遇したみたいやな」
ダンジョンで出遭った“潜者”を追って、【三匹の仔豚ダンジョン】に入った、というのが、天狗の最後の痕跡らしい。
「十分じゃ。また頼むの、情報屋」
「全ては対価次第や」
シュウゾーが天秤に背を向けると、白い扉が現れる。
「おおきに」
シュウゾーが白い扉のドアノブに手をかけたところで、「あ、そうやった」と男が呼び止める。
「お節介かもしれへんが、気いつけなはれ。なんだかキナ臭い動きがあるみたいやで」
「おめぇさんがお節介とは、そっちの方がキナ臭いのぉ」
「オタクら、常連さんやからな。死なれても堪らん」
シュウゾーはこれまでに何度かこの男とやり取りをしてきたが、“天秤”による取引以外で、話を持ちかけられたことは一度も無かった。
不穏な空気を感じる。
「“善王”が死ぬかもしれへん」
「ジジィが?」
「わてから言えるんは以上や」
シュウゾーは不穏な空気を感じつつも、「有り得ない」と切り捨てる。
“三王”と呼ばれる三人の覇王の中でも、ユートピアを守る“善王”二宮の力は別格だ。他を圧倒している。
今や、他の“三王”でさえ、“善王”に喧嘩を売ろうとは思っていない。
そんなことはAちゃんねるの常識だ。常識という概念が確立されていない世界で、数少ない常識なのだ。
そんな常識を無視して、“善王”の首を本気で狙っている愚か者がいる。
「そいつに勝機はあるんか」
「はて。わてには分かりまへん。ただ……」
どこからか“情報屋”の声がする。
この声は、空間全体を包むようで、不気味だとシュウゾーはここに来るたびに思う。
「当の本人は勝てる見込みがあるんとちゃいますか」
それから“情報屋”の声はぷつりと消えた。
“蝶”の少年も、“女神の天秤”も、いつのまにか無くなっている。
廃墟と、足元を侵すほどの水面と、白い扉だけがこのダンジョンに残っている。
シュウゾーはドアノブにもう一度手をかける。この扉もおそらく、何らかのアイテムやスペルによるものだろう。
ダンジョンと
“天秤”にせよ、扉にせよ、“情報屋”が持つアイテムはどれも希少だ。
逆説的に言えば、希少なアイテムを手にするだけの実力を、この男は持っている。
侮れない、とシュウゾーは常々思う。
“三王”や“三傑”に次ぐ影響力を持つという話はあながち誇張では無い。
“善王”の首を狙っている人間というのは、この男なのではないかーー。
シュウゾーの頭に一戦交えることさえ過る。この男は危険だと、本能が告げる。いつか、この男はユートピアにとって脅威になるかもしれない。
「もう少し泳がしちょる」
シュウゾーはドアノブを回した。
その外は
背後から「おおきに」と聞こえたような気がした。
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