ニーナ・ベオ・ワーウルフ


気がつくと、白い部屋にいた。

隣には、クロエとマリッサがいる。


「え」


マリッサが珍しく拍子抜けた声を漏らした。


「あ、なんで……」


彼女の隣には、ニーナがいた。


「ここは? ……パパは?」


ニーナは状況が掴めていないようだ。


いや、彼女だけではない。

ここにいる全員が何が起きているのか分かっていない。


本来、ダンジョンをクリアした場合、上層から来た人間だけがこの白い部屋を経由して、上層へと戻る。


下層民であるニーナ達はダンジョンに残されることになる。


しかし、ニーナはここに来てしまった。


「普通なら有り得ない」


クロエも無表情ながら、首を傾げる。


上層うえで下層民なんて見たことないわよ」


マリッサも続ける。

やはり、前例は無いようだ。


「パパはどこ……?」


「ダンジョンに取り残された……というのが、一般的ね。ラークはおそらく、あの洋館にいる」


「そんな……。も、戻り方は!? あるんでしょ? あの洋館に戻る方法が!」


ニーナが藁にもすがるような気持ちでマリッサに掴みかかる。それに答えるマリッサの顔色は優れない。


「ダンジョンはクリア後にしばらく封鎖される。上層に出てもすぐには同じダンジョンに入れない。それに……」


言いづらそうだ。


ニーナにとっては残酷な現実を口にしようとしているのだと分かった。


「変異したダンジョンをクリアした場合、再びダンジョンが開放された前例は無い」


ニーナはその意味をまだ理解できていないようだった。


「つまり、洋館に戻る術は無い……そういうことか?」


俺は改めて問い直す。

マリッサは黙って頷いた。


「なんで、私だけこっちに……。あのままじゃ、パパが死んじゃう」


ニーナは涙を流し、マリッサの前で崩れ落ちる。


想定外の事態ばかりが続いている。

正直、俺にはどうしたらいいか分からない。


彼女になんて声をかけてあげるのが正解かも、まるで頭に浮かんでこない。


「ここでウジウジしてても何も変わらない」


やはり、こんな時に頼りになるのはーー誰よりも先に想いを言葉にできるのは、クロエだ。


「上層へ戻らないことには何も分からない。Aちゃんねるには、何だって起こり得る。封鎖されたダンジョンに戻る方法だって、必ずどこかにあるはず」


その通りだ。

この世界では、何が起こっても不思議ではないのだ。


ニーナがここに来てしまったように、逆もまた然りだ。あり得ないことなんて、あり得ないのがAちゃんねるなのだ。


「そうね」


マリッサは言う。


「ニーナ、自分を強く持ちなさい。アンタが本気で戻るつもりなら、アタシ達は協力を惜しまない。約束する。アンタを必ずあのダンジョンに連れて行くわ」


マリッサがニーナの身体を抱き締める。


ニーナはマリッサの胸の中で泣いた。

声も出さずに、静かに泣いた。


俺はそれをただ見守ることしかできなかった。

 



* * *




報酬の箱は、二つだ。

細長い箱と、正方形の箱。


いずれもこの純白の部屋に溶けそうなほどの白色だ。


「その細長い箱は形からして武器でしょうね。ユズハ、アンタが貰いなさい。武器、壊れたんでしょ」


マリッサがぶっきらぼうに言った。


「それからもう一つはスペルかしら。ニーナ、『顕現』って言ってみて」


「え、えっと……けんげん」


ニーナの頭の横に魔導書が現れる。


下層民は本来、魔導書を扱うことはできない。つまり、上層のルールが彼女に適用されていることになる。


「腕は?」


クロエの問いに一同はニーナの腕に視線を向ける。


やはり、だ。

そこには、四桁の数字が刻まれていた。


魔導書と同様、死ミットも適用されたということだ。


この瞬間から、ニーナもまた、命の消費期限を引き延ばし続けるという呪縛ルールに従い続けなければならない一人となった。


「概ね、予想の範疇ね。ニーナ、その箱の中の物はアンタが貰いなさい」


「えっと……?」


「ダンジョンの管理人を倒したアンタには、それを受け取るだけの資格がある。それでいいでしょ? クロエ」


クロエは黙って頷く。

ニーナは戸惑いながらも箱に近づいた。


俺とニーナ、それぞれが箱の前に立ち、ゆっくりとそれを開ける。


細長い箱の中には、刃が真紅に染まった剣と黒い鞘が収められていた。


その柄に触れると、例によって目の前に光の文字が浮かび上がり、脳内に武器の情報がインプットされる。


王牙二色おうがにしきを手にした時にも経験したが、本当に不思議な感覚だ。


【血剣バルムンク】

レート:A

吸血鬼の一族に代々伝わる宝剣。

使用者の血を吸うことで真価を発揮する。


俺は箱から剣と鞘を拾い上げる。紅の刀身は思わず見入ってしまうほど美しく、魔性的にさえ見える。宝剣と呼ばれるだけのことはある。


剣を鞘に収め、腰のベルトに差し込む。


「“血装”……」


ニーナは箱から赤い宝玉を取り出していた。


「スペルね」


後ろからそれを見ていたマリッサが声をかける。


「スペルの宝玉は魔導書のスペルページにことで力を発揮する」


彼女はニーナの横に立ち、魔導書の該当ページを手短に伝える。


ニーナはマリッサに言われるがままに宝玉を魔導書のページに押し込んだ。


宝玉が魔導書に吸い込まれ、ページの中に刻印が刻まれる。雫を模した赤い刻印だ。


ニーナはこの刻印に触れるか、スペル名を詠唱することで、スペルを扱うことができるようになった。


「報酬は手にした。これでアタシ達は上層に戻る」


マリッサは俺とニーナを交互に見た。


迷宮街セントラルの状況は出てみるまで分からない。だけど、抗争が起きている可能性は十分にあり得る」


彼女は続ける。


そうしているうちにも、部屋には亀裂が入っていた。もうすぐ、この部屋も崩壊する。


迷宮街セントラルでは生き残ることだけを考えて。一茶達が迎えに来るまで、決して死なないことが大事」


視界が霞む。

やがて、意識は遠のいていく。


「ニーナ、ここから先はアンタの知らない世界よ」


マリッサの声も、また消えいる。


「でも、アンタは一人じゃない。いい? 絶対に生き残るよ」


そして、視界はホワイトアウトした。




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