目覚めるとシャンデリア
目を開けると、天井に吊り下がる煌びやかなシャンデリアが視界に入った。
「ここは……」
見覚えがある。
洋館だ。
このダンジョンのスタート地点。
ゾンビ達の姿は無く、壊れていたはずの箇所も修復されているようだ。
「ユズハ」
クロエの声で慌てて起き上がる。
体の疲労感は抜け切っていないが、傷は癒えている。“灯台”で治療してくれたようだ。
クロエ、マリッサ、それに、ラークとニーナ。全員、揃っている。
「よかった」
クロエが俺の体を抱き締める。ちょっと照れ臭いが、悪い気はしなかった。
夢じゃない、よな。
「よかった……」
クロエの言葉を反復するように、俺は言う。
「みんな、無事なんだよな」
「ああ、とりあえずはな」
そう返答したラークの体には、夥しい数の包帯が巻き付けられている。
“灯台”による治癒を受けられないため、応急処置しかできないのだ。
「あの後、何が……?」
「アンタがナイト級を倒してから奴らの増援が止まった。そこから何とかってところね」
本当にギリギリだった。
昨日もそうだったが、全滅しても不思議では無かった。全員が限界に達していたはずだ。
「癪だけど、アンタのおかげよ。……ありがとう」
マリッサはそっぽを向きながら言った。
何となく気恥ずかしいのと、実感が湧かないのとで俺も俯いてしまった。
「動けるか? お疲れのところ悪いが、差し迫っている」
ラークの言葉に頷き、ゆっくりと立ち上がる。
倦怠感は少し残るが、あれだけの傷を負ったにしては十分だ。
「状況を説明してもらえますか?」
「あの後、必死の思いでオレ達は洋館の入り口に辿り着いた。グレムリンの群れが蔓延る回廊を抜けて、このエントランスに到る。ちなみに、オレの背中がこんなんだからな、お前をここまでクロエが背負ったんだ」
俺はクロエを見た。
彼女はいつも通り無表情だ。
「ありがとう」
「お礼を言うのは、こっち。君がいないと、みんな死んでた」
「いや、俺は、できることをしただけだ。ただ夢中で」
面と向かってこんなにお礼を言われることはないので、なんて返していいか分からなくなって、ちゃんとした返しができなかった。
「でも、あの力は使わない方がいい。死ミットが暴走してた」
「たまたま気絶したから良かったけど、あのままだと暴発した死ミットを抑え込めなくなって、そのまま死ミットを消耗し切っていたはずよ。気をつけなさい」
クロエの言葉足らずを、マリッサが補足する。
そんな危険なことになっていた実感はなかったが、あの状態の色装をコントロールできていたかと言われると、答えは間違いなくノーだ。
あの時は後先のことを考えてはいられなかった。
後悔はしていないし、間違った選択を取ったつもりもない。
だが、マリッサが言う「
「最初に遭遇したゾンビとやらは確認してない。だけど、このダンジョンの管理人を目指すなら、この階段の先ーー二階に進む必要がある」
「ちなみに、二階からは腐敗臭がする。おそらく、ゾンビの放つ臭いだろうな」
嗅覚が鋭いラークが言った。
ダンジョンに突入した直後に襲われたゾンビの群れはエントランスの二階から溢れ出てきた。今回もあの扉の先には無数のゾンビが群がっている。
「動きこそ遅いけど、レベルで考えるなら吸血鬼よりも格上。それがあの数となると、無策での突破はまず無理ね」
無策での突破は不可能。
それについては完全に同意だ。
あのゾンビの群れに押し込まれれば、何一つ身動きが取れないまま、殺されてしまうーー最悪、ゾンビの一人になってしまうだろう。
だが、策を講じろと言っても、妙案が浮かぶわけではない。そもそも得体の知れない群衆に対して、有効な策なんてあるのだろうか。
「策なんてあるのか」
俺の問いかけに返答は無い。
ラークは呆れたように首を横に振る。
「ギヒヒヒ」
そんな中、俺の腹部から笑い声が漏れた。
チェシャ猫だ。
いつの間に、俺の体内に戻ったのか知らないが、口だけを刻印から出しているようで、その笑い声は直接鼓膜に届いた。勿論、他の仲間にも聞こえているようだ。
「策ならあるぜ」
一同の視線が俺の、俺の脇腹に集まる。
「何だよ、チェシャ猫」
「ユズハの刀を使う」
「俺の刀? さっきへし折られたばっかりだろうが」
“王牙二色”。
自身の手元に刀を引き寄せることができる【赫】と、自身が刀に引き寄せられる【蒼】の二つの能力を有する刀だが、これはさっきのナイト級との戦闘で破損している。
「ギヒヒヒ、忘れたかァ? 刀身こそ失ったが、能力自体は健在だったろうに」
ナイト級の最後の攻撃を受けられたのも、この刀の【赫】の能力が生きていたからだ。だが、能力が生きているからと言って、何が策に繋がるというのだろうか。
「この刀の引き寄せの力を使って、強引にゾンビの群れを素通りする」
チェシャ猫の言わんとしていることが何となく予想できた。
「ゾンビの群れの先にこの刀を投げて、一気に群れを突破する」
予想通りの回答だ。
だが、その策には欠点がいくつかある。
「そんなやり方、ゾンビに捕まるだろうし、それで突破できてるのは俺一人だけだろ」
「思慮が浅いなァ、ご主人」
チェシャ猫が俺の腹部から頭を、そして、体を乗り出す。あっという間に不気味な全身が露わになる。
「全員を抱える」
チェシャ猫の身体がみるみるうちに膨らんでいく。
ほぼ球体に、そして、本来の十倍近くのサイズに肥大化したチェシャ猫は「これでな」と得意げに言った。
これは最初にナイト級に遭遇したときに、俺を覆い隠して守った時の形態だ。
「それで仮に運べるとして、アンタは大丈夫なわけ? 毒とか」
「ギヒヒヒヒヒ、並大抵の毒には耐性がある。正直、やってみねェことには分からんがなァ」
チェシャ猫は改めて言う。
「テメェらで決めろ。乗るか、そるか」
俺は各々の顔を見た。
答えなんて決まっている。
というか、選択肢なんて他にないだろうに。
「やる」
クロエが言う。
「やろう」
俺が続くと、ニーナとラーク、そして、マリッサが頷いた。
「決まりだな」
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