箱庭攻略④


ニーナは泣きながら、父の背中に深々と刺さっている赤い刃を取り除いていた。隣には母、エルザも一緒だ。


前方では、クロエとマリッサがナイト級を相手取り、攻防を繰り広げているが、明らかに劣勢だ。


最後の一本を引き抜くと、ラークが「エルザ、頼む」と浅い呼吸をしながら言った。


エルザは黙って頷くと、腰のポーチから弾丸を一つ取り出し、ラークの背中に当てる。


その血に塗れた大きな背中が凍りついていく。乱暴な応急処置ではあるが、これで一応の止血になる。


「痛みも幾分かマシだ」


ラークは礼を告げると、後方を一瞥する。


後方では、ユズハがナイト級と一対一で戦っている。


驚異的な反応速度を見せているが、おそらく、あの歪な剣に何か秘密があるのだろうり


「こっちも、そろそろ反撃と行こうか」


ラークが苦しそうに笑う。


戦える身体じゃない。

もうやめてほしい。


そう叫びたくなるのを必死に堪えて、ニーナは頷いた。


ラークは全身をブルっと奮わせると、地面を蹴って走り出した。その背中は大きい。何度もあの背中に助けられてきた。


ナイト級はクロエとマリッサに対し、血装で構築した鞭を使っていた。本来、鞭は叩くことに特化した武器だ。だが、あれは違う。斬れる。鞭というよりは、しなる刀剣と言ったほうが正確かもしれない。


この斬れる鞭の切れ味はこれまでに見てきたどんな武器よりも優れている。大木をも斬り倒し、触れれば即座に四肢を切断する。


ナイト級は敵味方関係なく、この恐ろしい凶器を振り回す。辺りに散らばっているソルジャー級はいとも簡単に首や胴体を切り離され、大地を血で濡らしている。


ナイト級はラークの接近に気づくと、その凶器を振り抜く。鮮血の鞭がその巨躯に伸びる。


ラークは手負いであろうと、俊敏だった。


一見して変速性の無い鞭の軌道を完全に見切り、軌道の外へと掻い潜ると、一気に距離を詰め寄る。


「死を」


ナイト級が呪文のように死を口にすると、今度は鞭が飛散して、弾丸となってラークに向かって飛んだ。


「パパ!」


ニーナが叫ぶのと同時、血の弾丸が停止する。


クロエの剣ーータイムキーパーの能力が、その弾丸を停めていた。


ラークはナイト級の間合いに踏み込む。

その距離、僅か二メートル。


ナイト級の赤いマントが波打つと、それは刃となって牙を剥く。


ラークは左手で襲いかかってきた刃を掴む。手の平に血が滲むのも厭わず、その右の拳をナイト級の顔面に打ち込んだ。


バキバキと歯が折れる音がした。


それでも、ナイト級の目は見開き、ラークの姿を視界から離さない。次の一手を、この瞬間からもう考えている。


血の鞭が収束していく。

瞬く間に、鞭はサーベルに変質する。


「死を」


ナイト級がサーベルを振り上げようとしたところを阻止したのは、背後を取ったマリッサだった。


彼女の黒く、大きな手がその身体を鷲掴みにする。ナイト級は全身を束縛されたまま、もがく。


「死を」


ナイト級は赤いマントを変質させる。


触れたものを傷つけるハリネズミの表皮のように、無数の棘を張り巡らせ、黒い手の束縛を解こうとしている。


しかし、マリッサの影に痛覚やダメージの蓄積は無い。


「死を、死を、死を」


「このまま握り潰す……!!」


「死を!」


最初に異変に気付いたのは、エルザだった。


地面が脈打っているように見えた。


彼女は、すぐに脈打っているものが正確には、地面に流れた吸血鬼達の血液であることに気がつく。


「皆、跳んで……!!!」


エルザは叫ぶ。

同時に、最愛の娘に向かって走った。


彼女の声に反応して、ラークが、マリッサが、クロエが、条件反射的にほぼ同時に跳んだ。


それにコンマ数秒遅れて、血に塗れた大地が浮かび上がった。


地面から湧き上がる血の棘。


「ニーナ……ッ!!!」


エルザは反応の遅れたニーナに跳びつくとーー娘に代わって、その血の棘に全身を貫かれた。


「エルザァァアアァァァッ!!!」


ラークが叫ぶ。


ニーナは血だらけの母に抱きかかえられたまま、放心している。


「マ、マ……?」


エルザは最期の言葉を口にする間も無く、絶命していた。


「クソ、が……ッ!!!」


ラークは着地するよりも早く、マリッサに拘束されたままのナイト級の首を手刀で刎ねた。


切断部から血の噴水が噴き上がる。返り血を嫌ったマリッサが拘束をようやく解いて、後ろへ引き下がった。


地面に広がる血の棘がただの血の海に戻ったのを確認して、ラークはエルザの元へ駆け寄る。


その目には、大粒の涙が止めどなく溢れる。


クロエとマリッサは悲しみに暮れる間も無く、もう一人のナイト級との戦闘に意識を移す。


戦いは佳境を迎えていた。


「本当にアレが同一人物ユズハ?」


二人はその光景に目を疑っていた。


先程まで一本の剣だったはずのチェシャ猫は、その名前が表す通りの猫の姿になっていた。


頭がアンバランスなほどに大きく、顔いっぱいにギザギザの歯が耳の手前まで伸びている。


頭を含めた全身に水面のように移り変わるマダラ模様が広がる。


両手の先は歪な形の刃と化していて、尻尾は渦巻いて、バネのようだ。


チェシャ猫はバネのような尻尾を、まさにバネように使って、地面を飛び跳ねる。右へ、左へ、縦横無尽に移動しながら、ナイト級を撹乱する。


しかし、クロエとマリッサが驚いたのは、そこではない。見違えるほどの、ユズハの動きだ。


黒い色装を纏ったユズハは愛刀を手に、ナイト級と真っ向から斬り結んでいた。


チェシャ猫の援護があるとは言え、グレムリンたった一匹に手こずっていた人物と、同一人物であるとは、とても思えなかった。


ナイト級とほぼ互角。

いや、むしろーー優勢だ。


「ギヒヒヒ、そろそろ片すぞ、相棒……!!!」


チェシャ猫がナイト級の体に絡みつく。


その直前には、ユズハは既にトドメの一撃を構えていた。まるで、チェシャ猫がこのタイミングで敵に絡みつくことを察知していたように。


ナイト級の首に突き刺さる刀。


「死、を」


ナイト級の口元から血が溢れ出す。


崩れ落ちるナイト級を見下ろしながら、ユズハは自身の身体に違和感を覚えていた。


自分の肉体が、自分のものではないような、違和感を。





















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