箱庭攻略①
この箱庭の吸血鬼には、階級がある。
ちなみに、全てラーク達からの受け入りだ。
大きく分けて、階級は三つ。
俺達が最初に襲撃を受けた吸血鬼は、その中でも最も弱いとされる階級ーーソルジャー級だ。
次に、ウイング級。
ウイング級の特徴は、奴ら特有の能力“血装”により、飛行性能を有した翼を生成することにある。
加えて、自らの“血装”で武器を作るソルジャー級と違って、彼らは武装している。
そして、要注意なのが、ナイト級。
現在、ラーク達が確認しているナイト級は、全部で二人のみ。だが、そのどちらも規格外の強さで、ラーク達でも逃げ帰るのでやっとだったらしい。
ナイト級は、黒い鎧と赤いマントをしているらしい。
ウイング級以上ーーつまり、武装している吸血鬼と出会した場合は、逃げることも想定すべきだというのが、ラークの考えだ。
武装した吸血鬼が三人以上いた場合は、ラークですら、戦闘は回避する。ナイト級であれば、一人だろうと逃げの一手だ。
ーーにも関わらず、俺達は現在、森に出て、ナイト級の捜索をしている。
ラークを先頭に、クロエ、エルザ、ニーナ、俺、マリッサと続く。
ナイト級とは戦うなーーという鉄則は、これまでのこと。
ラークは、クロエ達が戦力に加われば、ナイト級とも勝負になると判断した。
ダンジョンの管理人と思しき影を操る吸血鬼を打倒するためにも、敵の戦力を削る必要があるのだと、ラークは言った。
影の吸血鬼とナイト級が同時に現れたら、全く太刀打ちできないと、彼は確信している。
森を歩き、十五分ほどが経過したが、まだ吸血鬼との遭遇は無い。数の多いパーティーに警戒しているのか、洋館から距離があるためなのか。今のところ、不気味なほど静かだ。
「影の吸血鬼はどこで遭遇したんですか?」
沈黙に耐えられなくなって問いかける。
「洋館の中だ」
「中? 入口は無いんじゃーー」
「一月に一度か二度、箱庭は霧に包まれる」
質問に答えたのは、エルザ。
「その日だけは、洋館に扉が現れる」
今度はニーナがそれに続いた。
不安げな顔は、何かを思い起こしているように見える。母が左腕を失った日のことを。
「霧のかかった日に私達は森の探索に出たの」
エルザは物憂げな顔立ちで俯く。整った顔立ちは、ハリウッド映画で目にする女優みたいで、思わず見惚れてしまいそうになる。憂げな表情すら絵になる。
ブロンドのウェーブが掛かった髪は、金糸のようにさえ見える。
「それで、アイツに会った」
ニーナの目には、憎しみだとか、怒りだとかの負の感情が渦巻いている。
アイツ、というのは、影の吸血鬼その人だろう。
「アイツはママの腕を斬り落として、挙げ句の果てに、ミーを殺した」
「ミー?」
「私達が飼っていた狼。狩りも手伝ってくれる優秀な子だった」
狼男の家族が狼を飼うというのもまた奇妙な話だったが、何にせよ、彼らは大切なものを吸血鬼に奪われたのだ。
「私が仇を取る」
ニーナは強い口調で言う。
その強い眼差しは、両親の面影を感じる。
彼女はまだ十五歳で顔立ちに幼さが残っているが、エルザの血は色濃く引き継いでいる。
すうっと通った鼻筋と淡い桃色の薄い唇。そして、大きな目は明らかに母親のそれだ。父親譲りの銀色の髪と赤い瞳、それから尖った歯は、エルザの名残に違和感がなく溶け込んでいる。
「お喋りはそこまでだ」
ラークが静かな声で言った。
人差し指を口に当てている。静かに、という意味だろう。吸血鬼が近くにいるようだ。
気配は感じない。ラークは狼男というだけあって、嗅覚が鋭い。臭いで敵を察知したのだ。
「それなりに数がいるな」
さっきよりも声が小さい。
敵は、近づいているのだ。
ラークが足を止める。
それに合わせて、全員が立ち止まり、身構える。ラークの肉体から毛がぶわっと生え広がる。
各々が武器を取り出した。
俺も背負っている刀を引き抜く。
エルザの武器は、フリントロック式と呼ばれる古式銃で、扱いに癖があるらしい。ニーナの武器はピストルで、二人とも銃弾に特殊な細工をしていると聞いた。
「来る。三時の方向」
クロエが言った。
見ると、木々の狭間に人影が確認できた。
数は不明。
だが、何となく多い。
五人、いや、六人以上はいる。
「空にもいるわね」
空を仰ぎ見ると、マリッサの言った通り、森の上空に二つの人影が滑空している。赤い羽根を広げ、その手にはそれぞれ剣を携えている。武装し、空を飛ぶことができる吸血鬼ーーあれが、ウイング級か。
「空の連中は私とニーナが殺るわ。マリッサ、私達の護衛をお願いしていいかしら」
「ええ」
「オレ達は地上の奴らを蹴散らす。オレは勝手にするから、オメェらも勝手にしろ」
俺とクロエは互いに頷き合う。
俺達の間で、段取りは予め決めてある。
ラークが圧倒的な個の力で、大立ち回りを演じている間に、俺とクロエが二対一の状況を作り出し、確実に各個撃破していく。
三対多数ではなく、二対一に持ち込む。大まかにはそんな戦術だ。
『そう上手くいくもんかねぇ、ギヒギヒ』
役立たずは黙ってろよ、と口から出そうになって押し止める。チェシャ猫の声は俺にしか聞こえない。ここは我慢だ。
『ギヒヒヒ、賢明だなァ』
チェシャ猫の笑い声を皮切りにしたかと錯覚するようなタイミングで、戦闘が始まった。実際の皮切りは、二発の銃声。エルザとニーナの銃が火を吹いた。
上空の吸血鬼にどちらかの銃弾が命中する。
直後、空を舞っていた吸血鬼の体がじわりと凍りついた。
「あれが、細工……?」
地面に落ちていく吸血鬼を傍目に、俺はラークとクロエに後続して走る。いつものことだが、もはや人のことを気にしているだけの余裕は無い。
ラークが踏切をつけて跳ぶと、凄まじい速度で吸血鬼との距離が縮まる。
先頭にいた吸血鬼は“血装”を発動する間も無く、地面に叩きつけられていた。頭部と首がひしゃげ、ほぼ即死だろう。周りを取り囲んでいた三人の吸血鬼がそれぞれ“血装”を発動し、血の槍を生成する。
吸血鬼達は一斉に攻撃を仕掛ける。
ラークは刺突の雨を巨躯のわりに軽やかに受け流すと、吸血鬼の一人の顔面を鷲掴みにした。吸血鬼の頭蓋が割れる音がした。仲間の吸血鬼がもう一度突きを繰り出すと、ラークは鷲掴みにした吸血鬼ーー既におそらくは死体ーーを盾にする。
「あっちはいい」
そこまで見入ったところ、クロエの声で目の前に意識を向ける。自分でも嫌になる程、注意力が散漫だ。彼女は標的を定めたらしい。
「いくよ」
彼女の言葉に俺は頷く。
死ミットの蓋を外し、目に見えざる命の灯火に油をかける。
黒い靄が俺の全身に纏わり付き、体が軽くなる。世界が遅くなる。
色装、発動。
前方には吸血鬼。
一人、孤立している。
作戦通り、二対一を常に維持するためには、何よりもスピードだ。
他の敵が仲間のフォローに入る前に、標的の息の根を止める必要がある。
クロエがスペルを発動し、水竜を放つ。
前方の吸血鬼は血装で盾を形成し、それを防ぐと、今度はその盾を大きな剣に変えてみせた。周りの吸血鬼よりも体が一回り大きい。当たり前の話かもしれないが、吸血鬼にも体格や能力に個体差がある。ウイング級とは言わないが、あの大きい吸血鬼はそれなりにできるレベルの個体かもしれない。
吸血鬼が大剣を大きく振りかぶる。
クロエは剣を頭上に構える。
受け切るつもりなのか、あれを?
「クロ……っ」
余計な心配だった。
彼女は一瞬だけ構えるような素振りを見せただけで、吸血鬼が剣を振り下ろすと同時に、横へと跳んだ。吸血鬼の攻撃を誘った形だ。
大剣の先端が地面に突き刺さる。
クロエは即座に吸血鬼の懐に入り込んだ。
キィンと鋭い音が爆ぜる。
吸血鬼は新たな血の盾を瞬時に生成し、クロエの攻撃を受け止めた。
そうこうしているうちに、俺は吸血鬼の真横に入り込んでいた。
吸血鬼はクロエに夢中だ。なるべく死角に入り込み、刀を突き出す。ーーが、金属音がまた響く。手に振動が伝わる。吸血鬼はさっき振り下ろした大剣を再び盾に変えていた。奴らの血液は本当に変幻自在で感心してしまうほどだ。
「死を」
吸血鬼は盾を押し付け、俺達を払い退けると、その盾を再び武器へと変える。今度は大きな斧だ。二本の大きな斧を吸血鬼は軽々と振り回す。滅茶苦茶な振り回し方だが、あれでは近づけない。
「うわっ」
斧が刀身にぶつかり、手元から刀が飛んだ。
間合いを読み違えた、わけではない。
勿論、油断していたわけでも。
乱暴に振り回しているように見えて、奴の動きは精密だった。奴は巧妙に武器を取りこぼしに来た。狙いが的確だった。
「死を」
奴の手が動きを止める。
武器を失った俺に、標的を完全に定めた。
吸血鬼は俺に一気に詰め寄る。
「【蒼】!!!」
咄嗟に叫んだ。
前回のダンジョンで手に入れた刀ーー“王牙二色”には、二つの能力がある。
一つは、手元から離れた刀を引き寄せる能力。刀身が赤く光る【赫】。これは何度か使って、慣れ始めている自覚がある。そして、このタイミングでは【赫】による引き寄せは間に合わないと判断した。
今回使ったのは、もう一つの能力。
刀身が青く光る【蒼】。これは【赫】とは全く逆だ。
つまり、俺が刀に引き寄せられる。
二メートルほど後方ーー正確には七字の方向の地面に転がっている刀が青く光ると、俺の体が何かに引っ張られるように、刀に向かって浮かんだ。
俺の顔のすぐ目の前を斧が通り過ぎていく。
吸血鬼は予想だにしない動きに戸惑ったが、すぐに次の展開に意識を向けざるを得なくなる。背後にクロエが迫っていた。
「ーー!!」
吸血鬼は間一髪のところでクロエの斬撃を斧で受け止めた。
そのまま、吸血鬼とクロエは何度も武器をぶつけ合う。
俺は刀に引き寄せられるがままに地面に転がると、すぐに刀を握り直す。初めて使ってみたが、これは回避にも追撃にも使えるかもしれない。
吸血鬼は俺に背を向ける体勢になった。しかし、あの吸血鬼は手練れだ。背中に目でもついているようにさえ思える。接近すれば、俺に対する応戦にも抜かりがなく翻るだろう。
「だったらーー」
俺は刀を振りかぶりーー投げつけた。
少しばかりは期待していたが、期待を裏切って、吸血鬼は投げつけた刀に対しても。しっかりと反応した。
右手の斧を盾に変質させ、クロエの剣を受けると、半身を逸らし、もう一方の斧で俺の刀を叩き落とそうとした。ーーが、そこから先は、俺の予想を上回った。
「ーー!!」
吸血鬼の表情に動揺が滲んだのは、俺の刀が奴の手前でピタリと止まったから。ほんの数秒だけだったが、タイミングがずれた。
クロエの時を止める能力だ。
刀が奴の肩に突き刺さる。
吸血鬼は短い呻き声を上げる。
「【蒼】!!!」
俺はもう一度叫ぶ。
体が吸血鬼に突き刺さったままの刀に引き寄せられる。
クロエも畳み掛ける。
無我夢中で刀を、剣を振るう。
クロエの剣筋が吸血鬼をようやく捉える。
吸血鬼は左腕を斬り落とされると、悲鳴をあげた。
俺は背中に一太刀を浴びせる。
吸血鬼と目が合う。血走った黄色い目に気圧される。
反撃が来る。
執念の反撃が。
血の気が引くのを感じた。
敵も必死だ。
自らの死を悟ってなお、俺を道連れにしようとしている。
今の吸血鬼に失うものはない。ほとんど死に体のこの吸血鬼は何だってする。どんな手を使っても、俺を殺そうとするだろう。そう思った途端、急に恐怖が全身を雁字搦めにする。
防御の構えを取る。
それとほぼ同時に、クロエの横一文字が吸血鬼の首を刎ねた。
「次、行ける?」
クロエの言葉に俺は動揺したまま頷いた。
言葉が頭に入ってこなかったが、次に何をすべきかは知っていた。
「行こう」
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