影の吸血鬼
ラーク・ベオ・ワーウルフは俗に言うところの狼男である。
ちなみに、一部の逸話で語られるような満月を見ると暴れるとか、そういう類の狼男ではないらしい。
彼は、お揃いの赤ポンチョを羽織った二人と一緒に暮らしている。妻のエルザ、そして、娘のニーナ。
俺達は彼らの住む一軒家に身を預けていた。
小さな畑付きの平屋は三人で暮らすには、少しだけ手狭に思えたが、ラーク曰く、それがちょうどいいのだとか。
「椅子が足りなくてすまんな」
俺達は六人にはかなり手狭な室内で机を囲んでいた。
四人掛けのテーブルで、椅子が二つ足りないので、俺とクロエは部屋の隅のベッドに腰をかけさせてもらっている。
屈託のない笑みを浮かべるラークを見ていると、吸血鬼達を瞬く間に蹴散らした狼と同一人物だとはとても思えない。
「さて、この庭の話をしようか」
ラークはそう切り出すと、淡々とこのダンジョンの情勢を教えてくれた。
ーー吸血鬼の箱庭。
ラーク達はこの森を便宜上そう呼んでいるらしい。
俺達の推測通り、この森は洋館に四方を囲われているのだと言う。そして、不思議なことに洋館には出入口が無いとも。
「有り得ないわ。アタシ達は洋館のエントランスを経て、この森に出た。少なくとも、エントランスに続く扉はあるはずよ」
ラークが困ったように顔を歪める。
「戻って見たら分かるわ。扉は消えているはずよ」
ラークの代わりに、妻のエルザが答えた。
「この森には、吸血鬼の魔術が働いている。私達の家も、最初はこんな場所に無かった」
「どういうこと?」
「あの洋館はある日突然現れたんだ。洋館が先にあったんじゃねぇ。森が先にあって、それを囲うようにして、いつの間にか洋館が建っていた」
意味が分からない。
そんなことが起こり得るのだろうか。
あんな巨大な洋館が四方を取り囲むように建設されたら、“いつの間にか”なんてことになるのだろうか。
よほど家に引きこもっているような事でも無い限り、現実的では無いのではないか。いや、だから魔術と言ったのか。
「変異による影響ね」
マリッサが言った。
「どこかのタイミングで、このダンジョンで変異が起こった。その変異がこの森に洋館を出現させた。もしくは、洋館の中庭にこの森を出現させた」
理屈は分からないけど、それから辻褄は合うでしょ、と彼女はぶっきらぼうに続けた。
確かに理屈は分からないが、ダンジョンの変異が彼らの周りで起こった怪奇現象を引き起こしたことは容易に考えられる。
「その変異とやらか何だか知らんが、兎にも角にも、あの不気味な館に囲われてから、奴らが現れるようになった」
「吸血鬼ね」
ラークは頷く。
「オレがオメェらを助けた理由は二つ。一つに、猫の手も借りたい」
ラークは強い。圧倒的だ。
奇襲だったとは言え、俺達が苦戦していた吸血鬼をものの一瞬で亡き者にしてしまった。
一部始終を見ていたわけではないが、エルザとニーナにしても、僅かな時間であの数の吸血鬼を倒してしまったのだから、それ相応の実力はあるのだろう。
この最強の親子を持ってしても、手に余る。吸血鬼の箱庭はそういう場所のようだ。
そして、もう一つ。
ラークは続ける。
「あの黒い手ーー影のことを聞きたい」
「アタシの影?」
多勢に無勢の吸血鬼も脅威であることは間違いない。だが、あの戦いっぷりを見るに、ラーク達を悩ませている主要因は別にある。
「吸血鬼の親玉と思われる野郎が、オメェの
「ダンジョンの管理人がアタシ達と同じ能力を……」
影を使役し、操ることができる異能を有する種族ーー影鬼。
ラークが言うには、影鬼と全く同じ能力を持つ者がこのダンジョンの管理人らしい。それも、その管理人は影を操るくせに、立派な吸血鬼でもある。
偶然の一致か、それとも、何らかの必然か。それはマリッサにも見当がつかないようだが、影鬼と敵対してきたマリッサ達だからこそ、対策は打てる。
ラークが俺達を助けたのも、マリッサの影を見ての判断だったようだ。
「一度遭遇したが、手に負えねぇ。あれはそこらの吸血鬼とは別格だ」
ラークはエルザを一瞥する。
「奴は影をタコみてぇな触手にする。しかも、そのどれもが恐ろしく切れる。エルザはそれで左手を失って、十日間も生死を彷徨った」
よくよく見ると、彼女の左腕は義手のようだ。鎧の籠手のようにも見える。
「吸血鬼どもは無限に湧く。おそらく、奴を倒さない限りは永遠にな」
吸血鬼の襲撃を終わらせるためには、ダンジョンの管理人を倒すしかない。その糸口をラークは探っているということのようだ。
しかし、この恐ろしく強いラークでさえ、どうにもならない相手というのは、正直なところ、想像を絶する。
「手伝ってくれるか、嬢ちゃんがた」
「望むところよ。アタシ達もその親玉の首を取りに来たわけだしね」
利害は一致している。
断る理由は無い。
ラークはそれを聞くと、屈託のない笑顔を見せた。垣間見えるギザギザの歯は、彼を唯一狼男だと証明する証のようにも見えた。
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