抗争

脳に直接映し出される光景は鮮明だ。


まるで、自宅で日曜ロードショーでも眺めているような気分になる。とんだスプラッター物になりそうな予感ではあるが……。


赤マフラーとポニーテール、二人の男の前に現れた扉からは、続々と仮面を被った男女が姿を現す。


人が死ぬ。

どちらかが、間違いなく。


仮面の男女は全部で三人。


目の穴以外には何も描かれていない白い仮面の男。そして、『發』と『中』の漢字が一文字だけ刻まれた仮面。『白』『發』『中』ーーつまり、麻雀牌を模した仮面のように思える。


三対二。


数的には赤マフラー側が不利に見える状況だが、数の優位だけで勝負が決まる世界では無い。多勢に無勢だろうが、たった一人の強者の存在が全てをひっくり返す。強さこそが全て。それがこの世界の大前提だ。


二つの影と、三つの影が間も無く接敵する。


赤マフラーが腰に挿さる二本の短剣を引き抜く。婉曲した刃が特徴的なそれはククリナイフと呼ばれる。その横を並走するポニーテールは魔導書を傍に顕現させ、ページに触れる。現れたのは、男の頭よりも大きいガントレット。


「私らの領土シマだって、理解しているのか。君らは」


「そういうの、嫌いなんだよね、俺ら」


相対する麻雀牌の仮面達もそれぞれ魔導書を顕現させる。


この世界における戦い方の基本は、シュウゾーから教わった。元の世界で主戦力となっていた銃器はこの世界の戦いの中心にはいない。この世界に存在するありとあらゆる能力は、ミサイルも爆弾も、弾丸の雨も凌駕する。


この世界で戦う術はいくつかある。


一つは、それぞれの種族に生まれついて備わっている特殊な能力。異能とも呼ばれる力だ。ハーピィーが空を飛んだり、魚人が水を操ったり、そういう類のもの。マリッサが後背に召喚する黒い手も、その一つらしい。


俺のような“潜者”に発現する特異点と呼ばれる力も、分類するならば、この異能に当たるようだ。


もう一つは、ダンジョンで報酬として手に入れることができる武器やスペル、アイテムだ。先のダンジョンで俺が手に入れた刀のように、ダンジョンの報酬には、不思議な力が宿っている。この世界で戦う人間は、ダンジョンで手に入る強力な力を魔導書に収納し、自らのものにするのだ。


「スペル、“テンペスト”」


赤マフラーの男が唱える。


魔導書に収納されたスペルを発動する方法は二つ。赤マフラーのように、スペル名を口にする詠唱方式と、魔導書のスペルページに刻まれた刻印に触れる魔導書方式だ。前者は魔導書を顕現させる必要がなく、手が塞がることはない一方、発動のタイミングが敵に気取られてしまう。後者はその逆で、どちらもメリット・デメリットがあるーーというのは、シュウゾーの受け売りだ。


「ーーっ!」


赤マフラーの詠唱により、仮面の集団の進路に大きな竜巻が巻き起こる。

仮面達は散開し、竜巻を避けるとそれぞれが魔導書に触れ、スペルを発動した。


『中』仮面の周囲に黒い針が無数に浮かび上がり、『發』仮面の手には、紫色の光が宿る。白い仮面の背中には、蜘蛛のような甲殻の足が四本伸びた。


赤マフラー達は横に転がり込んで、針の雨を難なく躱す。その間に白い仮面が接近していた。白い仮面が魔導書から細身の剣を素早く取り出すと、すぐに二つの刃が火花を散らした。


赤マフラーは二本のククリナイフを巧みに操り、レイピアの刺突と蜘蛛の足を退け続けるが、手数の差が顕著に現れている。どちらかと言うと、赤マフラーが劣勢か。


白い仮面と赤マフラーが斬り結んでいる間に、『發』と『中』は地面に仰向けに倒れていた。何があったのかと疑問に思う隙も無く、ポニーテールが倒れている二人に追撃を仕掛ける。


「所詮は三下だな」


ガントレットを纏った大きな拳が『發』の顔面に落とされる。仮面が砕け、その下の地面までもが砕ける。じわりと血溜まりが広がり、すぐに『發』はぐったりと動かなくなった。


「貴様……っ」


仲間の死を前に、『中』が憎しみに満ちた声で漏らす。


「悪いね、ここはそういう場所だろ」


ポニーテールの拳が空を切る。

何も無いところに不可解な右ストレート。


直後、見えない何かが『中』の体を押し倒した。


流れるような動きでポニーテールの男は卒倒した『中』に迫り、迷うことなく拳を振り下ろす。ゴツンと鈍い音が、『中』という一人の人間の終わりを告げた。


白い仮面と赤マフラーに意識を戻す。既にこちらの戦闘も終局を迎えているとすぐに理解できた。白い仮面は蜘蛛の足をぎ取られていた。劣勢に見えた赤マフラーは形勢を逆転させ、白い仮面を追い詰めていた。


「くそ、くそ、くそっ」


我武者羅にレイピアを突くが、もはやその攻撃が届く気配すらない。勝敗を決めたのは、おそらく、あのマフラーだ。


「キッド、さっさと決めろ」


ポニーテールにキッドと呼ばれた男ーー明らかにアジア系の顔立ちに見えるがーーは、赤いマフラーを手足のように動かしていた。


赤マフラーはその先端が人の手のような形に変形しており、あたかもそれが彼自身の腕であるかのように自在に動いている。蜘蛛の足を引き抜いたのも、あの赤いマフラーに違いない。


「ぎゃあぁあ!」


そう思った傍から、赤いマフラーの先端が最後の蜘蛛の足を掴み、その背中から引き抜く。これで白い仮面の得物は、レイピア一本を残すのみとなった。


「ああ」


そこからは一瞬だった。


まず突き出されたレイピアの一撃を身を屈めて躱すと、逆手に持ち替えた左手のククリナイフを頭上に振り抜いた。その一閃は、男の右腕を斬り落とす。


そして、男が悲鳴を上げるよりもずっと速く、右手のククリナイフがその喉元目掛けて突き出された。思わず、目を背けてしまったが、恐る恐る目を向けたときには、白い仮面の男は血溜まりに沈んでいた。


「奴らは?」


これは“こちら側”の一茶の声だ。


「データにはありませんね」


「“死王”のところじゃないのか」


「“三王”に喧嘩を売ったとすると、消去法でそこしかありませんが……聞いたことがありません」


会話の内容は要領を掴めないが、なんだか穏やかじゃないことが起きているようだ。脳内に浮かび上がる画面の中では、三人の仮面を瞬く間に蹴散らした赤マフラー達が立ち去り、目的のダンジョンへと進入したところだった。


「教団も読み違えたみたいだし、教団側むこうも奴らを認知していなかったって考えた方がいいかな」


「あれだけの実力者で今まで潜伏してきたと言うのは、どうにも腑に落ちませんけど」


話に割って入るタイミングを完全に見失っていると、一茶が「もういいよ」と俺の肩に手を置いた。


「これ、爺ちゃんに報告しておいて」


「承知です」


「ユズハ、行こう」


俺は黙って頷き、一茶に続く。


「あ、ありがとうございました」


時の間にいる面々に一応の礼を伝え、俺達は部屋を後にする。


「今のは何が?」


「ダンジョンは戦局的に見ると、大きく分けて二つ存在するんだけど」


戦局的に見ると、と言う前置きが気になったが、黙ったまま一茶の話に耳を傾ける。


「“三王”の管理下にあるダンジョンと、そうでないダンジョン」


一茶は続ける。


「前者はうちを含めた“三王”がダンジョンの開放時間を観測して、開放と同時に常に進入を試みているダンジョンのこと。これからユズハが攻略する【吸血鬼の館】もそのうちの一つ。他の“三王”の勢力も同じようにそれぞれのダンジョンの一部を管理しているんだ」


つまり、迷宮街セントラルのある無数のダンジョンのうちのいくつかは、“三王”と言う絶対的強者によって、ある意味での領土化されていると言うことか。


仮面の連中が領土シマと呼んでいたのは、ダンジョンのことだったのだろう。


「“三王”が管理しているダンジョンには基本的には手出ししない。この世界に生きている人間にとっては、それは定石セオリーだ。生き残るために」


領土そこに手を出せば最後、待っているのは“三王”という圧倒的な力による報復。


先ほどのように進入する際の襲撃が最後ではない。ダンジョンを出た後も、“三王”に敵として認識され、執拗なまでに命を狙われることになる。“三王”の庇護下にいない人間は、普通ならそのリスクを背負わない。


「あの街には“三王”の観測を受けていないダンジョンだって山ほどある。“三王”に喧嘩を売るより、よっぽどそっちに手を出した方が安全だ。それこそ、奴らほどの実力があれば、よほど難易度が高いダンジョンか、情報が無いダンジョンを除けば、容易にクリアできるはずだ」


ーーにもかかわらず、彼らはあえて、“三王”の一人である仮面の教団の王、“教皇”に喧嘩を売った。


それが意味するものは、無謀か、もしくは、策謀。


何か意図があるはずだと、一茶は言う。そんな無謀をするような人間が、あれだけの実力をつけるまで生き残り、“三王”に認識されることなく潜伏を続けて来られたはずがないのだと。


「とりあえずは静観するしかないと思うけどね。どうせ、仮面の連中が報復するだろうし」


一茶は最終的にはそう片付けた。

今のところは、対岸の火事に過ぎないらしい。


「はれ?」

「あれ?」

「……」


通路を抜けると、正面から新しい登場人物に出会した。


俺達の前に立ちはだかるのは、三人の子供。子供と言っても、一茶よりもずっと幼い。まだ十歳にもなっていないのではないか。


「誰だ、お前」

「知らない人ー」

「……僕も」


野球帽を被った溌剌はつらつな男の子とその横で目をパチクリさせるおさげ頭の女の子。そして、大人しそうな眼鏡の男の子。


「ユズハだ。今日から仲間になる」


「新入り!」

「下っ端だ!」

「仲間……」


三人は思い思いの大袈裟なリアクションで笑う。女の子は前歯が無い。どうやら、乳歯が抜けたばかりのようだ。


「自己紹介は?」


一茶が促すと、三人は順々に名乗った。


野球帽のアメリカ少年がジョニー。お下げの紅一点がアン。物静かな眼鏡の少年、太一。


一茶の説明によれば、彼らの境遇は様々だが、共通していわゆるところの孤児、という存在なのだという。


ジョニーは物心ついた頃にはこの街に住んでいたし、アンはたった一人で迷宮街セントラルに流れ着いた。太一は家族でこの世界に来て、両親を目の前で殺された。


この世界にいる子供は総じて不幸だと、一茶は呟いた。そして、それが当たり前だから苦に感じていないとも。


ちなみに、子供に死ミットは発現しないらしい。


個人差はあるようだが、十歳から十二歳の年頃になると、突然死ミットが腕に刻まられるだそうだ。


その点では安心だが、彼らの年齢を察するに、死ミットが現れる日もそう遠くないのではないかと思うと、少し胸が苦しくなった。


「また後で遊んでやるから外に行ってろ」


「えー」

「今遊んでよー」


ごねるジョニーとアンに溜息を漏らしつつも、「分かったよ」と一茶は返した。


「そういうことだから。悪いけど、後の案内はクロエかマリッサに頼んで」


一茶はそう言い残すと、三人の子供たちに引き摺られ、テントの外へと駆り出された。


肝心のクロエとマリッサの居場所が分からず、テントの中を彷徨っていると、見覚えのある顔に出会した。


「おっ」


青い肌の男。魚人。上半身は赤いチョッキを羽織っているだけで、筋肉質の青い肌が惜しげもなく見えている。


黒いバンダナを頭に巻き、天然パーマの掛かった金色の髪をなびかせる彼は、俺の存在に気がつくと白い歯を見せ、爽やかな笑みを浮かべた。


彼は“善王”との謁見のときにいた十人の亜人の一人だった。


「少年、案内人はどうしたよ?」


彼は不信感も示さず、気さくに問いかける。


「一茶が子供たちに連れて行かれてしまって……」


俺は事の顛末を正直に話す。


「ははっ、あのワンパクどもか。じゃあ仕方ないな。じゃあ、俺が案内してやる」


「え、えっと、いいんですか」


「ああ。クロエが認めたんなら、君はもう仲間だ。仲間には親しくする。当たり前のことだろ?」


彼はまた、白いを歯を見せる。こんな爽やかな人間、元の世界でも見たことがない。


「俺の名前はシーザー。こう見えて、魚人の族長を務めさせてもらっている」


魚人の族長、つまり、ここに住む魚人を束ねるリーダーを務めるシーザーは礼儀正しく自己紹介をすると、「それでは、どこを案内すればいい?」と首を傾げた。


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