第48話 この人、怖い

「さて。聞かせて貰おうか」

 暖炉に火が入り、その前に置かれたローテーブルとそれを囲む三人掛けのソファにミウとサラ。一人掛けのソファにシェルディナード達の父。

 シェルディナード達はその近くに立たされていた。

 ローテーブルの上にはバロッサ達の魂を込めた球体が置かれていた。

「あー……。えっと、だな」

「要点は簡潔に報告しろ」

 父の言葉にシェルディナードが嫌そうに顔をしかめる。

 やがて言われた通りに事のあらましを報告し終えると、シェルディナード父はゆったりと脚を組んで片方の肘置きに頬杖をつく。

「それで、お前はどう処分する」

「…………」

 シェルディナードの顔には、「だから嫌だったんだよ」と書いてある。

「シェルディナード」

「兄貴達には領地の警護と運営の補佐業務を振り分け、一から学んで貰おうかと」

「却下だ。生ぬるい。本気で言っているならお前からまず叩き直す必要があるな」

「即かよ……」

 非常にやり辛そうな顔のシェルディナードとは裏腹に、サラはミウの手当てをしながら、じとり……とその様子を見つめている。

「ち、父上、私達の話を」

「黙れと言ったのが聴こえなかったのか。それとも、理解する頭も無いか」

 ぐっと言葉に詰まり悔しげにバロッサは引き下がった。ガラルドに至っては怯えて口もきけない有り様だ。

「シェルディナード。私は常日頃、言い聞かせてきた筈だな? 家と領地の害悪となる可能性の芽は早々に摘み取れ、と」

 シェルディナード父の眼がバロッサに据えられる。

「バロッサ」

「は、はい……」

「お前の婚約者殿から婚約解消の申請を受け取った」

「なっ」

「生理的に無理だそうだ」




     ◆ ◆ ◆ ◇ ◆ ◆ ◆




 ――――あ。やっぱり皆そう思うんだ。


 サラの手当てを受けつつ、聴いていた会話にミウは納得の顔をする。それにしても婚約者がいたのか。その婚約者すごい災難だとミウは思う。

「ま、待って下さい! そんな……何故!」


 ――――いや、何故って……。この人、本気で言ってるのかな……。


 バロッサは心当たりの欠片も無いという顔で父親を見る。

「前々からろくに家の仕事もせず、横柄かつ差別意識と自尊心の塊である事から絶対に解消したいと思っていたらしいが」

「言いがかりだ! 私ほど」

「こと、今回に至っては少女を誘拐、傷害を与えた上、貴族のなんたるかを履き違える勘違い野郎に、ミレイ殿も心底嫌悪感が募ったと言っていたぞ」

「そんな、事はっ」


 ――――え! 婚約者ってミレイさん!?


「げ。ミレイ、親父に言ったのか……」

 シェルディナードが「マジかよ」と疲れた顔になった。

「そうそう、お前達が最近シェルディナードに行っていた嫌がらせと今回の件については数々の証拠も私の手元に一緒に届けられた。……ミレイ殿は貴族の結婚の意味を充分理解しているご令嬢だ。そのミレイ殿がそれでも無理と言う意味、よもやわからぬ訳はないな?」

 シェルディナード父の鋭い眼がバロッサを見遣る。

「婚約者の心ひとつまともに得られず、婚約解消を模索されても欠片も気づかない。よくもまあこれだけ家の顔に泥を塗れたものだ。思わず感心しそうになった」

「う、嘘です! そんなのはデタラメでっ」


 ――――いや、この状況でよく嘘とか言えますね?


 ミウは呆れてものも言えない顔でバロッサを見た。サラなどもう汚物でも見るような目だ。

「ほう。流石だな。状況把握にまで異常をきたしているか」

「そ、そこの小娘の事なら、身分を理解していない態度を取ったので教えるために」


 ――――ひぎゃんっ!? うわぁぁぁぁぁぁぁ!! 何かとり、鳥肌! シェルディナード先輩!? サラ先輩!?


 バロッサの一言に表面上は変わらぬシェルディナードと、顔からしてもう絶対こいつ殺すという感じの呪い人形になっているサラから、鳥肌モノの殺意が流れ出た。

「そもそも貴族のなんたるかを私がわかっていないなどあり得ません!」

「ふむ。ならば検証してみよう」

 そう言ってシェルディナード父がパチンと指を鳴らす。

 部屋の隅から小さな蛇がチョロチョロと這い出てきて、シェルディナード父の脚から片手の掌へと上がって何かを吐き出した。

 六角柱の結晶ようなそれの表面を一撫ですると、結晶が淡く赤く光って先程まで繰り広げられていた場面の音声が再生される。


 ――――ひ、ゃ!? あ、わわわわ!


 はっきりくっきりそこにミウがバロッサ達に吐いた暴言も入っているわけで、間違った事は言ってないし悔いもないが、冷静になって聴くと貴族相手に言っていると認識して青くはなる。

 しかもシェルディナードの父がいて聴かれているのだ。

「なるほど? 貴族は全てを踏みつける権利があると。流石はろくに貴族としての役目も果たさず生粋のご令嬢から婚約破棄を請われる出来損ないだな。脳みそが入っていないとみえる」

 ハッ、と笑うシェルディナード父の言葉の方が辛辣しんらつなわけだが。

 バロッサとガラルドの顔色が青を通り越して白い。

「身分とはシステムだ。貴族とはそのシステムの単なる歯車。そして歯車は互いに動かねば回らない。それを理解していないからこその考えだな。実に嘆かわしい」

 完全に石化したバロッサを放置して、シェルディナード父の視線が、スッとシェルディナードにスライドする。

「シェルディナード。これはお前の責任でもある」

「いや、これは俺じゃねーだろ。何で弟が兄貴達の教育しなきゃなんねーんだよ。どっちかっつーと親父の仕事だろ」

 おかしくね? と腕を組んでシェルディナードが笑顔で首を傾げて見せた。

「お前が次期当主として兄達の首根っこを押さえ屈服させておけば良かっただけの話だ。だというのに私が何度その事を言っても聞く耳もたず……父は悲しいぞ?」

 なんたる親不孝か! とわざとらしく落胆した様を見せるシェルディナード父。

「いや、次期当主とかならねーし。ぜってーヤダ」

 悲しいとか欠片も思ってねーだろこのクソ親父。シェルディナードのそんな心の声が聴こえた気がしたミウである。

「ま、待って下さい父上! シェルディナードを次期当主に!? どういう意味ですか!?」

 心底嫌そうに言うシェルディナードよりも激しくその言葉に反応したのは、衝撃で石化の解けたバロッサだ。

「寝言は寝て言え。お前達は自分達が次期当主に相応しいとまさか思っていたのか? まぁ、思っていたのだろうな。本当にどこまで愚かなのか」

「そんな!」

「父様は何故いつもシェルディナードばかり優遇するのですか! 不公平です!」

「不公平?」

 ガラルドの言葉にシェルディナード父がわらう。シェルディナードが「言っちまったな……」と言う顔をした。


 ――――うわ。シェルディナード先輩より凶悪そう。


 獲物をいたぶる気満々の猫のように、シェルディナード父は酷薄な笑みを浮かべる。

「私が不公平だと言うか。ならば問おう。領地の警護、領主の補佐業務諸々、私はシェルディナードも含めてお前達三人に『平等に』振り分けた筈だ。では、何故それを全て今現在、シェルディナードがやっている?」

「そ、それ、は……」

「う。あ、その……」

「答えなど簡単だろう。何故詰まる。やりたくないからやっておけと、シェルディナードに放り投げたからだ。お前達は自ら責務を放棄した」

 全て事実であるだけに、言い返せる筈もない。

「次に、優遇というのは黒陽ノッティエルードとの引き合わせも含めていそうだな?」

 シェルディナード父の視線がチラリとサラへ向けられ、バロッサ達に戻される。

「黒陽への引き合わせはバロッサから順番に行ったはずだが? その上で、黒陽がバロッサとガラルドには目もくれなかったのは事実。シェルディナードが友人として迎えられた後も、もう一度お前には会う機会をやったな? その結果は」

 サラが半眼でバロッサ達を見た。

「ウザい。無理」

「だった筈だ。こればかりは機会を与える以外に私に何を望む? まさかまさか、親に友情を取り持って欲しいなどと言わぬだろうな」

 実に楽しそうに自らの息子達を詰めていく。怖い。

 それからシェルディナード父は表情を消す。アイスブルーの瞳が凍りそうな色で煌めいた。

「使えるものは有効に使う。それだけの事だ。これだけ役に立たぬもの、私が判断するならとっくに廃している」


 ――――ひっ。この人、怖い…………。


 眼が本気だ。脅しではない。

「だから此度の事はシェルディナードの責任だと言っている。シェルディナードがまだ様子を見るだとか、当主に相応しくなるには時間が掛かるだとか甘い事を言ってろくに躾もせずにいたから、こいつらが増長した。違うか」

「あー……。まぁ、それ言われっと……」

「わかったか。お前達はとっくに末弟に庇われその命を拾っていただけだと。さらに言うと、だ」

 既に精神的に打ちのめされ屍のような風になっていたバロッサ達がその言葉に縮こまる。

 シェルディナードがまだ言うのかという顔で、自分達の父親を見た。

「他人に聖句箱を見つけられるなど論外だ。シェルディナードの聖句箱をお前達は見つけられず、シェルディナードはお前達の在りかを既に検討をつけていた」

 愚か者が。そう止めを刺され、バロッサ達はがっくりとその場に膝をつく。

「さて、ようやく馬鹿息子どもが各々理解した所で。シェルディナード、どうするつもりか聞かせてもらおうか」

 はあ、と。シェルディナードが溜め息をつく。

「…………サラ」

「なぁに? ルーちゃん」

 シェルディナードがローテーブルの上に置かれた球体二つを見遣る。

「兄貴達のそれ、預けるわ」


 ――――あ。サラ先輩、笑った。

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