第49話 いや、壊すの無しな
「いや、壊すの無しな」
「え。何で」
「サラ先輩、真顔で言わないで下さい」
いや、笑って言われても怖いけど。
シェルディナードが実に嫌そう、というか往生際が悪そうに見えるわけだが。
「何か今度やらかしたら、サラの好きにしていい。けど、それまでは壊すな」
サラがコテンと首を傾げる。
「……ちょっと、ひび、入れる、とかは?」
「ダメ」
「つまんない……」
「つまるつまらないじゃないですよ」
シェルディナード父がギロリとシェルディナードを睨み付けた。
「シェルディナード」
「いや、その上で兄貴達は第一階層の警護。大体百年くらい? 雑務兵として派遣すっから、任期明けるまで他の階層に立ち入り禁止な」
バロッサ達が顔を引きつらせて固まった。雑務兵ってその名のごとく雑用係だったはずである。
――――何か一気に叩き落とされたって感じだよね……。
貴族から召し使いになったのと同じような感じかなー、とミウは思う。ざまぁ、と思わないわけではないが、少しだけ哀れだ。
「それに……」
シェルディナードは消し炭のようになっている兄達を見てゆっくり瞳を細めた。
「自分の魂と命が誰かの手にあるって方が、殺されるよりキツイんじゃねーの?」
――――あ。やっぱシェルディナード先輩も悪魔だ。
怖い。
なんて思いつつ、ひとまずこれで一件落着……と思ったミウの背筋が、何故かゾクッとした。
――――え!? なに!? いやあぁぁぁぁ! なんか、何か悪寒!
バッと悪寒の
「ひうっ」
「ん? どうかしたかな? お嬢さん」
出所、シェルディナード父だった。
アイスブルーの瞳が、バロッサ達とは違った意味で値踏みするようなものに思える。
ミウの様子でその異変に気づいたのか、シェルディナードがさりげなく父親とミウの間に立って、ミウをその視線から隠そうとした。
「時にシェルディナード」
「何だよ」
「お前、今回はやけにミスや手抜きが目立ったな」
「…………」
ミウからシェルディナードの顔は見えない。が、シェルディナード父がニヤリとほくそ笑むような表情を浮かべた事から、恐らくシェルディナードは反対方向の顔になっているのではと予測される。
小さく「こっちに飛んで来やがった」とシェルディナードの呟きも聴こえたのでそんなに間違ってないと思う。
「らしくないなぁ? ミレイ殿の話が直接私に届き、事情を聴取出来た上に、私が帰ってくるのを妨害する措置も取られていない。おかげで長年の問題もあと一つを除いて全て片付けられて、私は今、とても気分が良い」
「うん。良かったな。黙ってくんね?」
あくまで上品に、ニヤニヤと愉しそうな笑みを浮かべるシェルディナード父と、言葉の裏に「このクソ親父」とありそうなシェルディナード。傍目には見えない不可視の火花がバチバチ散っている。
「こんなに穴だらけとは。よほど、急ぎの案件があったと思うのだが……」
「親父には関係ねーから」
「そんな事は無いだろう」
クックックとシェルディナード父が喉を鳴らして笑い、ゆっくりと会心の笑みに変わった。
「お前のミスの原因は、この場に」
「親父。とっとと消えろ」
「酷い事を言う。父は傷つくぞ?」
「ふざけんな。もう用はねーだろ」
「ふむ? だがな。私は掃除のやり残しはとても気になる
スッとシェルディナード父が立ち上がり、シェルディナードの肩越しにミウを見る。
――――ひっ!? あたし!? え。殺される!?
一歩、シェルディナード父がミウの方へ踏み出そうとした。
「親父。やめとけ。サラも動くぞ」
「……ほう」
――――サラ先輩!?
サラがぎゅっとミウの頭を抱き締める。あげない、と言うかのように。
「なるほど? ますます興味深い。が、そうだな。
諦めたかと息をつきかけ……。
「だが、黒陽も常時ついているわけにはいかないだろう?」
「…………」
ピシッと空間に緊張が走る。
そして瞬時にサラが優しく、かつ絶対聴かせないというように両手でミウの耳を押さえて塞ぐ。
「痛っ! サラ先輩、痛いです!?」
「我慢、して」
――――いや、切れてるから痛いんですよ!! ほんとに!
「親父」
「お前と、黒陽。利用価値はいくらでもあると、そう思わないか?」
「や・め・ろ」
マジで喧嘩売ってんのか。そんな感じでシェルディナードが言うが、シェルディナード父は笑みを浮かべたままだ。
「面白いなぁ、シェルディナード。お前のその甘さは欠点だが、こういう時はそのままでいてくれて本当に良い。可愛いげがある」
「いつかあんたの聖句箱見つけてやっから楽しみにして待ってろよ」
「ハハハ。出来るかな? ずっと探してまだ見つけられていないようだが」
愉しくて仕方がない。そんな笑みを浮かべるシェルディナード父と、聴こえなくても顔が見えなくてもミウが怒気を感じられるシェルディナード。
「それにな、考えても見ろ。お前の兄達に領地が回せるか。そこに住まう者が、あやつらが当主となった時にどうなるか」
「…………」
「黒陽が手にしていれば安心か? だが取り戻されれば? もしくは何かの拍子に逆に処分されれば。どのみち、シェルディナード。お前しか残らん」
シェルディナード父が囁くように言う。
「今、私は気分が良い。これで最後の問題が片付けば、もうこの娘について関わらないと約束しよう。何なら保護しても良いぞ」
不意に、シェルディナードの肩から力が抜ける。
「…………親父、お袋でも第一でも良いからもう一人作れよ。そんでそいつに渡せ」
「考えておこう。だが、当面はお前だ」
「…………わかった」
「契約成立だ。良い取引きだったな」
◆ ◆ ◆ ◇ ◆ ◆ ◆
ミウの耳からサラが手を離す。
「ああ、そうだ。お嬢さんのお友達がいらしているようだぞ。ケル君が何やらなだめて応接間に留めていたようだが、そろそろ限界ではないか?」
「え」
「あー……。そりゃまずいな」
エイミーだろ? とシェルディナードがミウに苦笑する。
「今のミウ見せたら十中八九、兄貴達殺されるわ」
死なないが、気が済むまで何度も殺られるな。なんて物騒な事を言う。
「だろうな。ミレイ殿も後から来ると言っていた。出迎えの準備をせねばなるまい」
「うわ。来んの。……仕方ねぇか」
若干シェルディナードが疲れたように呟く。
「シェルディナード。お嬢さんは我が家の迷惑を被ったのだ。治療して差し上げるべきではないか?」
「……言われなくてもそのつもりだ。クソ親父。さっさとミレイ迎える準備にでも行け」
「ハハ。ではそうしよう。ついでにケル君達に事情の説明もしておいてやる。感謝することだ」
とても上機嫌でシェルディナード父が従者達にバロッサ達を連れて広間を出るよう指示する。迅速の指示は全うされ、広間にはシェルディナードとサラ、ミウだけが残された。
「はぁ。……サラ、アルデラも心配してんだろうから、事情伝えに行ってくれっか?」
「うん。良い、よ」
「サンキュ。助かるわ」
シェルディナードのお願いを快諾して、サラは転移石でその場を後にする。
二人以外居なくなり、シェルディナードはソファに座って自分を見上げているミウを見た。
「そんじゃ、始めっか……」
「はい?」
シェルディナードはミウの隣に腰を下ろし、そのままひょいとミウを自身の膝の上に乗せて抱えた。
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