第47話 駄々っ子ですか!

「何で。ルーちゃん。どうしてダメなの」

「いや、どうして、つってもなー」

 バロッサ達に命は取らないが責任は取ってもらうと、シェルディナードが言った事に対する驚愕きょうがくの表情を浮かべたサラと、それに対するシェルディナードのやり取りである。

「サラ先輩……」

 イヤイヤ! とでも言うように、ミウの隣で一緒に座っていたサラは潤んだ瞳でシェルディナードを見上げる。

 可憐な美少女にしか見えない。が。

「何であいつら、殺しちゃダメなの」

 ダメに決まってるだろう。

 バロッサ達はシェルディナードが自分達の魂を手にしていることもそうだが、サラがしきりに自分達を殺したいと訴えている事に一番恐怖して固まっているようだ。

 サラとバロッサ達では個人の立場も家の格も違う。

「サラ先輩、ダメですよ」

「なんで」


 ――――なんで、じゃないですよ! 駄々っ子ですか!


「さっきまで、ルーちゃんだって、その気だった、でしよ?」

 なのにどうして? そう言って悲しそうにうつむく様子はまるでこちらがいじめているような錯覚すら起こさせる。

「……さあな。でも今は違げーし」

 少しだけ困ったような笑みを浮かべ、シェルディナードがサラに諦めるようにと言う。サラはぶすっとした顔で尚も拒否しているわけだが。

「サラ先輩、駄々こねてシェルディナード先輩困らせたらダメですよ」

「……なんで」

「へ?」

 きゅっと一度唇を引き結んでから、サラがミウに怒ったような顔を向けた。


 ――――ひえっ!? なんでこっちに!?


「さ、サラ、先輩……?」

「何で、ミウが、止めるの」

「何でって」


 ――――いや、普通に人殺しそうになってたら止めますよね!?


「こんな、こと、されたのに……」

 サラの藍色の瞳が揺らぐ。

 そこに映るのは、夜会の時が嘘みたいなみすぼらしい姿。

「……そりゃ、あたしもあの人達、生理的に無理なレベルで嫌いですけど」

「だったら」

「それでも、ダメです。サラ先輩。シェルディナード先輩、困ってますよ?」

「ルーちゃん」

 うるうると潤んだ宝石みたいな藍色の瞳でシェルディナードを見上げるサラに、シェルディナードが手を伸ばして頭を撫でる。

「アハハ。うっかり許可しそうなくらい可愛いけど、ダメな」

 うっかり許可、の辺りでバロッサ達がビクッとしたのがわかって、ミウは少しだけ溜飲を下げた。


 ――――そりゃ、嫌いですけど、それでも命まで奪えませんよ……。


 あちらは多分、命を奪う気でしかいなかっただろうけど、ミウはそれをする気にはなれない。

 サラの気持ちも、少しはわかるけど。


 ――――サラ先輩の恨みって根深そうだし、シェルディナード先輩にあの人達が酷いことしてそうなのはわかるから、もうちょっとくらい酷い目に合わせてもいいかな、とかは思うけど!


 あと、我慢できてるけど、痛い。片耳の半分以上切り取られたんだから当たり前だ。血は止まってきているけど、痛い。

 そんな事を考えていたら、サラがそっとミウの頬に指を触れさせる。

「痛っ! 痛いです! サラ先輩!」

 何するんですかもぅー! と叫び掛けて、ミウはゴクリと息を飲んだ。




     ◆ ◆ ◆ ◇ ◆ ◆ ◆




 綺麗に根本から改善した緑の髪。深くて艶を帯びて、光の輪までできるようになったのに。

 今は赤黒い乾きかけの血でカピカピで、無惨に無造作に切られ、引き千切られたような痕跡まである。

 肌もしっかり化粧をして親友の隣に並ぶのに相応しく仕上げて、自分でも良い出来と言えるレベルまでにしたのに。汚れと擦り傷、片頬には切り傷。

 ドレスはボロボロ、両足の裏は多分皮がずり剥けたのだろう。テーピングしてあるが、それも血に染まっている。

 どこにも、夜会の面影など無い。

 サラは静かに自分も手を貸して仕上げた『親友の彼女』の姿を目に焼き付ける。

「…………」

 何でダメなの? こんなにボロボロにされたのに。

 じわりと、身の内で何かが蠢く。

 大好きな親友の頼みを、完璧に遂行した自負があった。

 勿論、ミウの頑張りだって見ていた。シェルディナードに釣り合うのは無理だと言いながらも、出来ることは全力でやっていたのを、サラは見ていた。

 サラだけではない。ミウの努力の結果でもあったのに。

「さ、サラ先輩?」

 そんな怯えた目を向けないで欲しい。

 でも、それも、これも、全部……。

 サラの瞳が暗く、けれど強く光る。

「サラ」

 呼び掛けに顔をあげた。

 ポン、と。

 親友シェルディナードが目の前にしゃがんで、サラの

頭に手を置く。

 そのまま内緒話をするように、サラの耳に唇を寄せた。

「ミウを理由にすんのは、ミウが傷つく」

 藍色の瞳が、見開かれる。

「……ルーちゃん」

 でも、と。言い掛けるけど、サラはミウとシェルディナードを交互に見て、くちをつぐんだ。

 わしゃわしゃとサラの頭を撫でて、シェルディナードは立ち上がる。

「殺すのはダメだけど、きっちり責任は取って貰わねーとな」

 俺だって今回ばっかはお咎めなしで見逃す気ねーんだよ。そう言って、シェルディナードが笑う。爽やかとすら言える笑顔だ。

「とりあえず、親父に見つからない内に処分を決めてぇし」


「私がどうしたと? シェルディナード」


「げ…………何で」

「父上!」

「父様!」

 シェルディナードが呻くように声の方を見る。

 蹴破られた広間の入り口に、壮年の男性が立っていた。

 ダークグレーのスーツを着こなし、白い髪を品良く整え、アイスブルーの鋭い切れ長の瞳を光らせている。やや冷酷そうな雰囲気とそれに相応しい顔立ちだが、整っていると言えるだろう。

 強いて言うならバロッサ達の方が似ているのかも知れないが、伸びた背筋と威厳がまったくそう感じさせない。

 コツコツと硬い靴音をさせて、シェルディナード達の父親は近づいてくる。

「父上! シェルディナードがっ」

「黙れ」

「!」

 バロッサがその一言で怯えたように黙って後退る。

「シェルディナード」

「あーっと……」

 父親の鋭い眼光に、シェルディナードがバツ悪そうに視線を逸らす。

「説明と処分をどうするのか聞かせてもらおうか」

 そして父親はバロッサ達を一瞥いちべつして。

「フン。だから早く始末をつけておけと言っていたものを……」

 そう呟いた。

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