第38話 ある日そこに、ぬいぐるみが落ちてきた

 親友と二人だけの世界はとても心地好くて、穏やかで。

 大好きな親友と、大好きなお人形達に囲まれて、満ち足りて微睡まどろむ日々。

 でも、ある日そこに、ぬいぐるみが落ちてきた。

 騒がしいぬいぐるみで、すぐ壊れそうなもろい造りで。

 だから親友もサラ自身も、大切に、大切に扱った。

「……うん」

 手入れをして、補強して。

 微睡んでいた日々は騒がしくて忙しい日々になった。

「カンペキ」

 いつの間にか、ぬいぐるみの置き場が出来て、相変わらず騒がしいけど、ぬいぐるみにも愛着が湧いて。

 でも。

「ルーちゃん。できた」

 それもそろそろ、おしまいの時間が近づいている。




     ◆ ◆ ◆ ◇ ◆ ◆ ◆




「お。できた?」

「ひえっ」

 サラが呼ぶと、シェルディナードが控え室のドアを開ける。

 声はいつものごとくなミウだったわけだが……。

「うっわ。すげーじゃん。流石サラ」

 ミウを見たシェルディナードは文句なしという笑顔を浮かべた。

「ちょっと雰囲気、変えて、みた」


 ――――サラ先輩、あたし確認してないんですけど!?


 何か色々いじられた事しかわからない。

「なんつーか、どっかの少し気が強そうなご令嬢って感じ?」

「何ですかそれ!?」

 いや、確かにドレスにはその方が合うのかも知れませんけどね!? とミウは自分の身に纏っているドレスを見下ろす。

 ノースリーブの膝丈Aラインワンピースに近い形をしていて、ホルターネックのようになった首からデコルテまでには黒いドット入りの透けるレース。切り返して以降は裾まで暗紅色の無地。

 片方の側面に胸下あたりから裾までスリットが入っていて、スリットからはオーガンジー風の黒いレースが見える。それがパニエのような役割をしていて、ふんわりと上品に裾を広げているようだ。中には黒いペチコートを穿いているので防御も完璧。

 靴もドレスの色に合わせ、ヒールはやや太めで踵に掛かる圧力を抑えている。脱げないようにストラップがついており、留め具は金色。足の爪先には滑り止めを兼ねてインソールが入っている。手の爪も綺麗に整えられ、淡い紫を基調とした落ち着いたネイルデザインがされている所までは確認できた。

 そしてミウの確認出来ていない部分。チークやリップはやや抑え目にしつつ、いつもと印象を変えるように目許はグレーのグラデーションシャドウでクール系にまとめ、緑の前髪は軽く分け、前も後ろも小さな金晶雪華の小花とパールで上品さと可憐さを演出。いつもよりも大人びつつ所々に可憐な要素を出す絶妙な感じなのだが、確認出来ていない当人に知る術はない。

 いつもと変わらない様子でシェルディナードがミウに近寄り、手を伸ばす。

「ひゃ!?」

 伸ばされた指がおとがいを掬い上げる。

「可愛いな。似合ってんじゃん」

 そんな言葉をさらっと言われ、ミウは瞬時に固まった。

「……さぃ」

「ん?」

 固まったミウの唇だけが僅かに動いて言葉を紡ぎ、シェルディナードは聞き返すように首を傾げる。

「汗かいてお化粧流れそうなので触らないで下さい」

「…………っハ」

 シェルディナードが自分の口許を押さえ、ミウの頤から指を離す。そして腹を抱えて笑い出した。

「ハハハハッ!」

「う、ぁ……うぅ! わ、笑わないで下さいぃぃぃぃ!」

「クッ……ヤバ、ツボった」

 クックッと肩を震わせ、シェルディナードは涙が出たのか目許を拭う。

 サラはじとっとした目でミウを見ている。

「…………ハリボテ」

「サラ先輩!?」

「あははは!」

 サラの言葉にシェルディナードが更に笑う。

「せ、先輩達のバカァァァァ!」

「わ、悪りぃ。ククッ……」

 シェルディナードの笑いようにミウはぶすっと膨れ、そっぽを向いた。

「ミウ、悪かった。機嫌直せよ」

「…………」

 そっぽを向くミウの頬はうっすらとチークよりも赤くなっていて、自分でもそれがわかっているからミウはシェルディナードの方を直視できない。


 ――――うあぁぁぁぁぁ! なんであたしこうなの!? もっと別の言い方あったでしょ!? 何でよりもよって汗ー!!


 可愛くない、色気もない、恥ずかしい。そんな三拍子の言葉しか咄嗟とっさに出なかった自分を呪いながら、ミウもちょっと涙目だ。こちらはシェルディナードと違って恥ずかしさで。

 そんなミウの後ろにシェルディナードは歩み寄り、その首に手を伸ばす。

「ふぎぁ!?」

「ハハ、ほんと面白い声出すよな。ミウ」

「シェルディナード先輩!? って……これ」

 スルッとミウの首にチョーカーがつけられる。

 首の後ろで蝶々結びにされる暗紅色の天鵞絨ビロードリボン、喉元に軽く当たる金の金具が繋ぐのは、透かし彫りの薔薇バラとそこから零れたような薄紅石榴石ピンクガーネットの雫石。

 透かし彫りの薔薇には濃淡様々な石榴石ガーネットが嵌め込まれ、ステンドグラスのように光を透かしている。

「やるよ。頑張ったご褒美」

「えっ、いえ、何か凄く高そうで貰えないんですけど!」

「高くねーって。それ、俺の手作りだし」

「は?」

 この先輩また何言ってんの? という顔にミウがなった。

「趣味でやってる彫金。素人の作ったもんだから気にすんなって」

「あの、どう見ても素人仕事の品に見えないんですけど!?」

 そんなやり取りを見つめ、ミウに聴こえないくらいの声でサラが呟く。

「ルーちゃん、資格、取ってなかった、っけ……?」

 手作りには違いないけど。その言葉はミウには聴こえず、断ろうとするミウをシェルディナードがひょいっと抱き寄せて姿見の前に立たせる。

「うひゃ!?」

「な? 似合ってるだろ? もらっとけって。でないと、俺コレ捨てるけど?」

 捨てる!? と信じられない顔をしたミウに、シェルディナードが微笑みながら聞く。

「どうする?」

「……っ! ……あ、ありがとう、ございます」

「良し。解決だな」

「うぅ~……」

 唸るものの、ちらりと見た姿見に映る首を飾るチョーカーに、ミウはくすぐったいような微笑みを浮かべて頬を染める。

 それを見てシェルディナードも楽しそうな笑みを浮かべた。

「ほんとは耳飾りと額飾りもと思ったんだけどな。ミウ、付けづらいだろ?」

「そうですね…………え」

 ピシッと石化したミウは、やがてゆっくりとシェルディナードを見る。

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