第39話 馬鹿、なの?

 この世界には様々な種族がいる。単眼モノアイだったり、全身鱗に覆われていたり。獣化じゅうか出来たりなど。

 そして見た目にわかるものもいれば、言わなければまずわからないものもいるわけで。

「ミウ、カーバンクルだろ? 幻獣種の」

「な、なんっ、何で」

 よろけながらミウがシェルディナードから距離を取った。

「いや、特徴そのまんまじゃん。な? サラ」

「緑の、髪」

「髪に紛れてっけど、そこに長い耳あるし」

 パシッと両手で思わず耳のある場所をミウが押さえる。

「あと、額の薄紅色の魔石。色味が珍しいけど、他は全部カーバンクルの特徴じゃん。すげー逃げ足も速ぇし」

 幻獣カーバンクル。額に紅玉のような魔石を有し、全身緑の毛に覆われ、やや長めの垂れ耳ですばしっこい小動物の姿で言われる事が多い。祖先はそうだったのだろうが、現在ではその姿がとれるものはほぼ居なくなっていると言われている。

「ミウ、わりと魔力も多かったし、中間レクリエーションでの身体強化も適性高かったろ? アビリティ使いこなしてたじゃん。あと、ミレイの魅了も無効化してただろ」

 シェルディナードの言葉に、ミウがふるふると処分を待つ動物のような顔で震えた。

 一般的に、種族を隠す必要はない。余程知られるとまずい事がなければ。

 そう。ミウ……カーバンクルの場合、知られるとまずい要因がある。幻獣なんて言われるほど数が減った要因が。

 サラはそんなミウの様子を見て、呆れたような顔でシェルディナードの袖を引いた。

「ルーちゃん」

「ん?」

「ミウって、馬鹿、なの?」

「ちょ、サラ先輩!?」

 ジト眼でサラがミウを見て、シェルディナードの腕に軽く抱きつく。

「ルーちゃんと、オレ、が、何かすると、本気で思って、る?」

 返答によっては怒るよ? という声が聴こえそうな面持ちで。

「…………!」

 その言葉にミウはブンブンと激しく首を横に振った。

「ま。警戒すんのはわかるけどな」

「今さらでしょ」

 まったく、と頬を膨らませ、サラはシェルディナードの腕に頬を寄せる。

「ちなみにケルも知ってるぜ? ミウ、一回最初の頃ぶっ倒れて俺が保健室に運んだ事あったろ?」

「あ……」

 運んでいた時に額の魔石が見えたのだとシェルディナードは言う。

「知ってる、から、髪型も、前髪、軽く避けるだけに、したのに」

「す、すみません」

 カーバンクルの額に生じる魔石は特別で、魔力の貯蓄量が桁外れに高く非常に硬い。蓄えられる魔力の質も素晴らしく、繰り返すが素材としては最上級だ。故に、昔から魔族以外にも人間の魔術師など魔石に価値を見いだす輩に狙われ続けてきた。

 元々、種族としては温厚で争いを好まない性質であり、実際問題弱いためその数はどんどん減っていったのだ。

 長い時間を掛けて徐々に周囲に溶け込む術を得て、捕まらない為にひたすら逃走系を磨いて現在がある。

「けど、まー、確かに将来は俺より魔力量多くなるかも知れないから、その時はどうするかわからねーよな?」

 クツクツとシェルディナードが意味深に笑う。




     ◆ ◆ ◆ ◇ ◆ ◆ ◆




「その時はどうするかわからねーよな?」


 ――――…………。


「え。無いです」

 考えるより先に、口が開いていた。

 でも。口を押さえる必要は、感じなかった。

「へえ?」

 シェルディナードが面白そうに首を傾げ、サラが目を瞬いてそっとシェルディナードから腕を離した。

「何でそう思うー?」

 腕を組んで、シェルディナードは笑う。

「だって、シェルディナード先輩、絶対しませんもん。そんな事」


 ――――無い。シェルディナード先輩は絶対。


 カーバンクルの魔石は第二の心臓のようなもの。

 無くなったとしても生きてはいけるが、額に埋まっているような形であり、取り出すのはつまり抉り出すということ。

 大体は本体に用はなく、魔石が目的なので殺してから取り出すのが手っ取り早い。まさに密猟である。

 そんな事を、この目の前の人がするか? ミウは即答した。無い。と。

「確かに、シェルディナード先輩なら、今すぐでも殺さなくも取れると思いますけど」

 やる気なら、それこそ最初に気を失った時に出来た。それ以外にも機会なんて幾らでもあるし、そもそも身分的にミウなんていつ処分してもシェルディナードには何一つ問題無い。

 虫の居所が悪かったから殺した、で庶民一人殺してもお咎めなしで済むのがこの世界の貴族だから。

「シェルディナード先輩から、そういう意味で危険を感じたこと、無いです」


 ――――セクハラ的な危険とか、娯楽というか玩具的な危険はわりと感じたこと多いけど。


「そりゃ、今は俺の方が魔力量多いし? でも、将来ミウが俺より魔力量多くなったり、今だって枯渇こかつ状態になったらどうなるか、わかんなくね?」

「しませんよ」


 ――――だって…………。


 ふらりと一歩、ミウはシェルディナードの方へ踏み出し、覚束なかった足取りは容易に身体を傾けた。

「っ、と」

 すかさずシェルディナードが前に出て、転びかけたミウの身体を腕に抱きとめる。


 ――――ほら。


 抱きとめられた格好のまま、ミウはシェルディナードの顔を見上げ、その赤い瞳を覗き込む。

「シェルディナード先輩は、シェルディナード先輩ですもん」

 赤い赤い、血よりも赤い。

 魅了チャームさえもはね除けるカーバンクルの抵抗力をもってしても、惹き込まれてしまうその瞳。そこに映ったミウが浮かべるのは、なんの憂いもない笑顔だった。

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