第7話 私刑(デート)ですね。わかります。

「…………」

 落ち着いた調度品に彩られた自室エリアのリビングにて、床やローテーブル、ソファの上に散乱する服や靴を見下ろして、サラは難しそうに眉根を寄せた。

 非常に難しい問題だ。何故なら、

「…………服に、負ける」

 却下きゃっか

「…………絶対、コケる」

 そもそもヒールなんて履いた事ないんじゃないだろうか。あの『彼女』は。

 見渡し、溜め息を吐く。

 自身の自慢の『彼女達おにんぎょう』はどんな服も靴も難なく着こなす。

 当たり前だ。彼女達は完璧。サラがそう造ったのだから。

「…………合うのが、無い」

 サラはきつく唇を噛む。

 まさか、こんな簡単な所でつまずくなんて。

 どの服も親友の『彼女』に着せたら、中身が服に負ける。

 手持ちの靴は到底あの『彼女』には履きこなせない。

 綺麗な服も靴も、アクセサリーも、不釣り合いなら浮いてしまう。着こなすと着られるは違うのだから。

「合うの、探さないと……」

 今まで感じたことの無い無力感を胸に、サラは深く、深く再び溜め息をこぼした。




     ◆ ◆ ◆ ◇ ◆ ◆ ◆




「あら。ラブラブねー。うふふ」

「違うよ!? エイミーちゃん!」

 のほほんとしながら微笑ましそうに、シェルディナードとミウを見て、灰色の髪と瞳の少女がそう言ったのを、ぶるぶると首を横に振りながらミウは悲鳴に近い声で否定した。

「ひっでぇな」

 否定する事ないじゃん? なんてシェルディナードは面白そうにクスクス笑っていたりするのだが。

「シアンレードの若様。お初にお目にかかります。エイミー・ピセス・ガーディアスですわ」

「アルデラ・ハルピュアス、です」

「よろしく。エイミー、アルデラ。俺はシェルディナードな」

「はい。よろしくお願い致します」

「あんまよろしくしたくないんで、失礼します。限界……」

「悪りぃ、今度気を付けるわ」

「そうして下さい。切実に……」

 ちゃっかりシェルディナードは退出したアルデラの席に腰掛ける。


 ――――あたしの平穏がぁぁぁぁぁぁ!!!!


 心の休まる場所がどんどん失われていく。

 半ば涙目でミウはシェルディナードに恨みがましい視線を向ける。この先輩に関わってから日常が遠ざかっているのだ。このままでは心労ストレスで死ぬ。

「どうしたー? ミウ」

「…………お願いですから、放っておいて下さいぃ」

「ヤダ」


 ――――このっ鬼畜きちくぅぅぅぅぅう!! ドS! 人でなしぃぃぃぃぃー!!!!


 絶対ひとの反応みて愉しんでるこのドS!!

 そう心の中で絶叫するミウに、シェルディナードは愉しそうに微笑みながら、提案する。

「今、ミウが思ってる事を口に出せるなら考えてやっても良いぜ? この場で俺の顔見て言ってみ?」

「ナニモカンガエテオリマセン」

 出来るわけあるか。無理。

 流石に自分の死刑執行許可証に署名サインなんてしたくない。

「ま。冗談はこれくらいにして」

「…………」

 冗談だったの? ねえ、冗談で人の寿命縮めるの、やめてくれません? ねえ! そんな心でミウは死んだ魚の目をシェルディナードに向ける。

「今度のデートだけど」

 私刑デートですね。わかります。執行は正午でしたっけね。

 顔色すら土気色になりそうなミウに、シェルディナードがわずかに苦笑するような色を表情に混ぜた。

「サラが困ると思うから、ミウの普段行く洋服屋、教えてやってくれねぇ?」

「…………は、い?」

「サラって基本的にオーダーメイドで専属の仕立てしてるんだよ。既製品きせいひん売ってる量販店チェーンなんて行ったことねぇはずなんだよなぁ」

 テーブルに片腕で頬杖ついて、シェルディナードはそう言う。

「リブラの若様ですものね。確かになさそうですわ。あら? でもシアンレードの若様は足を運んだ事がありますの?」

「シェルディナードでいいぜ? 俺は特にそう言うの気にしねぇし、時々行ってる」


 ――――そういえば、シェルディナード先輩やけに買い食いとか慣れてたよね……。


「……サラ先輩が困るって」

「ミウの服買いに行くのが目的だからな」

 待て。何でだ。

「何でですか」

「言ったろ。サポートにつけてやるって。それとも、諦めてこのまま彼女でいる?」

 シェルディナードの言葉にミウが詰まる。

「それは遠慮しますけど……」


 ――――え。なに? つまり、服がダメってこと!?


 そんなダメ!?

「サラは見かけに関してしかサポートできねぇけど、その辺は妥協しねぇなからなぁ」

 特に、俺が絡んでると。なんて笑顔でいうその顔に投げつけるパイとか無いかな?

 ミウの思考があまりの事に自棄やけの方向に向かう。

「いや、服なら手持ち……」

「ミウ、全部同じような感じじゃねーの?」

「ミウはおとなしめの格好が多いものね。たまには華やかなのも良いんじゃないかしらぁ」

「エイミーちゃん裏切る!?」

「あらヤダ。ただもっとミウの違う雰囲気も見てみたいだけよ。うふふ」

 思わぬ方向からも退路を塞がれる形になった。

 もう何も信じられない。

「ま、居心地悪くなりたくねぇなら、行きたい店は言った方がいいぜ。高級店ブランドショップ連れて行かれたくないならな」

「わ、わかりましたよぉ……」

「ついでに下着屋も行く?」

「それだけは絶対拒否します!!」

 クツクツ笑っている事からして、冗談らしい。完全にからかい倒す気としか思えない。

「あの、でも買って貰うのは本当に遠慮します。それなら自分で買います」

 流石に自分が望まないものだとしても、本当に彼氏でも友人でも誕生日プレゼントでも何でもない他人と日に、物を買ってもらうのは無い。

「ふーん……。ま、いいけど」

「ミウらしいわぁ」

「え? シェルディナード先輩? エイミーちゃん?」

 何で二人してやけに温かい眼差し……。

「うふふ。この際だから迷惑料って考えて買って貰えばいいと思うけど、それをしないのがミウよねぇ」

「もうちょいしたたかじゃねぇと苦労するぜ?」

「出来ませんよ!? そんな事!」

 そんなやり取りを経て、週末はやってくる。

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